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楽しかった?

 施設に来て三ヶ月が経った頃だったかな。

 晴れてあたしにも、一緒にいて楽しい人、通称"おともだち"ができた。

 できたと言っても、一方的なものかもしれないが、あたしがそう思うんだから間違いなくおともだちだ。


「なにしてるの?」


 一緒にいて楽しい人が他の人といても、あたしは構わずに何をしてるのか尋ねる。


「あっち行こー」


 その子を引き連れ、みんなが一斉にどこへ向かう。


「えっ?」


 みんなが他の場所に向かうからって、その子までそこに向かう必要はない。


「あなたもあっち行きたいの?」


 その子にとってあの子たちが友達なら、この手は離そうとした。


「……ううん」


 その子は首を横に振った。


「じゃあ、あたしと一緒にいようよ」


 どうしてかここの人たちはあたしのことを避けている。それが不思議で不思議で仕方がなかった。


「どうしてみんな、あたしから離れてくと思う?」


 ブロックを積み上げながら、その子に尋ねる。


「一緒にいて、楽しくないから?」


 誰とも一緒にいたことないのにそんな風に思われてるのは心外だなぁ。

 せめてお話くらいすればあたしのことわかると思うのに。まぁ、あたしはあたし自身のことよくわかってないけど。


「あなたは、楽しいと思う?」


 離れないで一緒にいてくれるその子のことだし、きっと同じ考えでいてくれてるのだと思っていた。


「楽しくは、ない」


 なんとも思わないけど、自然とため息が漏れてしまった。


「あ、ごめん、つい」


 あたしのため息に動揺したのか、積み上げていたブロックが勢いよく崩れていく。

 その子は焦りながら同じように積み上げていく。


「あの子たちといた方が楽しい?」


 比べたところで意味はないが、楽しさに優劣があるのかが気になった。


「他の人といても、楽しくないよ」


 あたしにとってのおともだちは、やはり一方通行だったようだ。


「どうしたら楽しくなれるの?」


 あたしはその子と一緒にいて、少しは楽しいと思った。

 今も少しばかりの楽しさを感じている。


「誰ともいない時、かな」


 人には人の楽しみ方があり、その子は一人でいる時に楽しさを感じるようだ。


「じゃあ、空気がおともだち?」


 誰ともいない時に楽しさを感じるということは、その空気感を友達として認識しているのかと思った。


「違うよ?」


 違ったようだ。


「私には友達なんていないの。いなくていいの」


 その子は寂しそうに呟く。


「今も楽しくないの?」


 その子は首を縦に振る。そして、積み上げていたブロックを丁寧に崩していく。


「何してるの?」


 その子の行動が理解できずに、手を止めさせて尋ねる。


「振り出しに戻すの」

「どうして?」

「完成しちゃったら、終わっちゃうから」


 私の中に眠る好奇心が、一斉にその子に向かう。


「ど、どういうこと!?」


 その日、施設に来て以来、初めて大きな声を出した。


「び、びっくりしたぁ」


 その子の両手首を押さえながら、全身で覆い被さる。


「完成しちゃったら、終わっちゃうの?」


 その質問に取り憑かれたように、何度も尋ねる。


「完成したら、終わりだよ、普通は」


 じゃあ、おともだちの終わりは?あたしの終わりは?人間の終わりは?世界の終わりは?


「終わったら、どうなるの──」


 無我夢中で次から次へと気になることを訊き続けていると、あたしの体は宙に浮き始めた。


「コラ、何やってるの」


 眉間に皺を寄せたお姉さんに、首根っこをつままれ、持ち上げられている。


「終わったら、どうなるの?」


 同じ言葉を繰り返すようプログラムされたAIのように、あたしは答えが返ってくるまで尋ね続ける。


「ハストちゃん、何してたの?」


 ……ハストちゃん?


「ハストって言うの?名前?」


 あたしは人生で初めて、他人の名前を耳にした。


「アリスちゃんは静かにして」


 あたしはその子の名前を知ることができた喜びが抑えられず、じたばたしてお姉さんの手から解放されようと試みた。


「ちょ、アリスちゃん!!!」


 お姉さんが大声で怒鳴るも、あたしには関係ない。

 あたしを大人しくさせようと、もう片方の腕が伸びてきたタイミングで、シャツをスルリと脱ぐ。


「ハストちゃん!」


 お姉さんの手から解放されたあたしは、ハストちゃんの両手をガシッと掴む。


「名前、あるじゃん!」


 この日、あたしは生まれて初めて笑ったと思う。


「名前、あるけど、もうなくなるの」


 ハストちゃんが泣き出したのに驚き、あたしは手の力を抜いてしまった。


「あっち行ってなさい!!」


 静かな怒りを含んだ言葉を投げかけられたのと同時に、あたしの体は後方へ勢いよく投げ飛ばされた。


「いっっっ」


 背中が壁に当たって受けた衝撃が痛すぎて、言葉にもならない音が口から飛び出る。


「だから!」


 頭がクラクラしながらも、誰かの声だけは聞こえてくる。


「アリスちゃんだけは!」


 あたしの名前を呼ぶのはお姉さんくらいだ。


「私の名前!」


 でも、あれは間違いなく怒ってたし、今あたしに声をかけてくるのはタイミング的におかしい。


「忘れないで!」


 頭の中で三つの言葉がプカプカと浮かんでいる。

 『忘れないで』

 『私の名前』

 『アリスちゃんだけは』

 あたしは一体、誰に名前を忘れないでほしいと頼まれたのだろう。


 ──ポツポツ、シンシン


 今日の天気は雨か。水溜りに堕ちる雨の音が、心地よく耳の中で跳ねている。

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