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夢の箱

 どうしてこうなってしまったんだろうって、ヤイチと離れ離れになってから思うようになった。

 そんなこと、炬燵家に来てから一度も思わなかったのに。あたしの元からみんながいなくなってから、頭の中でグルグルと泳いでいる。

 あたしはやっぱりみんながいないといけなくて、一人でいるとあの頃感じていた孤独を思い出してしまう。

 炬燵家に招き入れられるまで、あたしは見えない孤独に襲われていた。


 あたしの最も古い記憶は、三歳の頃、誰かの手を握りながら"夢の箱"と呼ばれる場所に連れてこられたことだ。

 手を握っていた相手も、時間も日にちも何もかも覚えてないけど、その時に見た光景が頭から離れずにいる。

 "夢の箱"にはたくさんの子どもがいた。

 当時のあたしにとっては、自分より目上の子ばかりだったが、自分と同じような子どもがたくさんいることが衝撃的だった。

 そもそも外に出るのがその日初めてだったような気がする。以前の記憶がないため、なんとも言えないけど。

 施設に一歩踏み出すと、重圧と緊張の乗った視線が一気にこちらを向いた。


「今日からみんなのお友達になる──」


 私の手を引き継いだ女の人が何かを話している。


「おとも……だち?」


 もちろん、そんな存在は知らない。


「友達知らねぇの?」


 二回りほど大きい体の男の子が視線を元に戻しながら言った。


「ともだちって、なぁに?」


 手を繋いでいる女の人に尋ねる。


「一緒にいて楽しい人のことだよ?」


 以降、あたしの頭の辞書に、『友達とは一緒にいて楽しい人』だと刻み込まれた。


「あたし、ともだち?」


 後日、二回りほど体が大きい男の子に声をかけてみた。


「なわけねぇだろ、あっちいけ」


 どうやら違ったらしい。

 あたしの見解では、あたしに対して声をかけてくれた、つまり興味があるのかと思っていたが、どうやら勘違いだったようだ。

 周囲の視線が痛々しく突き刺さってくる。


「大丈夫?」


 あたしの手を引き継いでくれたお姉さんが心配して声をかけてくれた。


「なにが?」


 あたしには何をそんなに心配してるのかわからなかった。


「嫌なこと言われなかった?」


 嫌なこと……あっちに行けと命令されただけで、嫌なことではないような。


「いわれなかった」


 今思えばあたしをハブろうとしていた発言だが、コミュニケーションをまともに取れなかったあたしにとって、奥に眠る感情を読み取ることができなかった。あたしは言葉の意味をそのまま素直に受け取っていた。


「何でも、嫌なこととか不安なこととかあったら話すんだよ?」


 お姉さんはあたしの頭を撫でてから、そそくさと掃除に戻った。


「ぽか……ぽか……」


 朝七時に目覚め、指示された身支度を済ませる。

 それから各々の自由時間が始まる。

 でも、大体の子たちはどこかへ出掛けている。

 あたしも続いて後を追おうとするのだが、毎回お姉さんに見つかって、進む方向を変えられる。


「みんなどこいくの?」


 尋ねると、お姉さんは一瞬だけ嫌な顔をした後に答えてくれた。

 施設に来て二ヶ月ほど経った頃から、お姉さんとの間に"距離"を感じ始めた。以前ほど気軽に声をかけることができなくなり出したのもこの頃からだ。


「学校よ」


 素っ気なく答えると、お姉さんはため息とともに施設の奥へと消えていく。

 学校……また知らない単語だ。けれど私にはそれを知る術はない。まぁ、知らなくても良さそうな言葉の響きだったし、あまり興味は感じなかった。

 同じくらいの歳の子は本を読んだり、テレビを見たり、おもちゃで遊んでいる。

 あたしも同じことをしようとしたのだが、あたしがそこへ向かうと、自然とそこにいた子たちがいなくなってしまうのだ。

 あたしはみんながやってることをしたいわけじゃない。一緒にいて楽しいかどうかを確かめたいのである。

 つまり、一人で何かをしたとしても、あたしには友達ができるわけではない。


「ぽか、ぽか」


 だからあたしは、太陽を見つめる。

 外に出ることを禁止されてるから、施設の中からただただ太陽を見つめる。


「お昼ご飯よ〜」


 そんなに時間が経ってないはずなのに、お姉さんがみんなに呼び掛ける。


「もうこんなじかん」


 時計は雰囲気で読めるようになった。

 そんなに経ってないと思っていた時間は、十二時を過ぎていた。


「いただきます!!」


 大きな声で挨拶する周りの子に隠れて、あたしは小さく口を開く。

 料理はどれも美味しい。ほっぺたが崩れ落ちるほど美味しい。涙が出るほど美味しい。

 ここへ来たばかりの時は本当に涙をこぼしていた。

 けれど、味に慣れてくるにつれて、頬には一切雨を降らさなくなった。


「フワ……フワ」


 午後からも自由時間。太陽を見ようとしたのだが、雲に隠れてしまっている。


「何してるの?」


 座るあたしの顔を一人の女の子が覗き込んできた。


「だれ?」


 誰なのかを訊いても意味がないのに、咄嗟に言葉が飛び出てしまった。


「私ね、名前ないの」


 名前がない人がこの世にはいるんだ。


「じゃあ、なんてよばれてるの?」


 あたしにはアリスという名前がある。ここに来てからも、ここに来るまでもあんまり呼ばれたことはないけど。


「呼ばれたことないよ?」


 不便そうな子だなぁ。


「どうしてあたしの顔見つめてるの?」


 段々と近づいてきた顔に対して尋ねる。


「私と似てるのかなって思って」


 その子は顔を上げて、あたしの隣に座った。


「何を見てたの?」


 あたしは空に指を差す。


「どうして?」


 何もすることがないから、と言おうとしたが、それは空に対して失礼かと思い、他の解を探すため少し頭を悩ます。


「……空の向こうに、帰る場所があるから」


 何を言っているのか自分でもよくわからず、隣の子に視線を移すと、自分と同じような表情をしていた。


「へぇ……」


 その子はあたしから視線をずらすことなく、静かに後ずさって行った。


 ──少しだけ、楽しかった。


 だから、あの子は友達……なんだと思う。名前も知らないけど。

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