白銀
そんな気はなかったものの、騒ぎを大きくしすぎたせいか、周囲の人たちが知らず知らずのうちに寄ってきていた。
私たちのことをけん制しているようで、何か声をかけてこようとはしてこない。
「何か言ったらどうなのよ」
あんたが何も喋るなって言ったんでしょうが。
「私はヤイチの実の親じゃない」
アイさんは私の口から手を離してくれた。
アリスが小さく「おっかさん……」と呟いたのが耳に入ってくる。
「だから、ノゾ……キボウは親権をあんたに譲るって言ってんの」
「どうして?」
私にはそこがずっとわからないでいる。
「別にわかりたくもないけど、どうして赤の他人に親の立場を譲れるの?あなたのお腹から生まれた子でしょ?最初に泣き声を聞いたのはあなたでしょ?そこに"愛"は一ミリもないって言うの?」
周囲の視線に意識が向き始めてから、自然と声のボリュームが抑えられていく。
「おっかさん、俺は大丈夫だから」
見えない障壁を破って入ってきたヤイチが、私の肩に手を添える。
「ヤイチが大丈夫かどうかは関係ない。私がわからないから訊いてるだけ」
ヤイチには申し訳ないけど、今は腹の虫の機嫌をとらないと頭がどうにかなってしまいそうだ。
「……ないでしょ」
アイさんは握り拳を作り、静かに言葉を発している。
「何も聞こえないけど」
私は腕を組んで発される言葉を待つ。
「そんなわけ……ないでしょ!!!!」
突然、アイさんが私の胸ぐらを掴んできた。
「アイっ!!!」
キボウさんが止めようとするも、その手がアイさんに触れることはなかった。
「勝手なこと言わないでよ!!子ども産んだことないくせに!!」
再びアイさんを止めようとしたキボウさんの手を、確か探索家のベリという女性が止めていた。
「産んだことないけど?それが?」
私は、子どもを赤の他人に譲れる神経がどうなってるのかを知りたいだけだ。
「どれだけ私たちが苦しい思いをして!辛い思いをして!ヤイチを手放したのか知らないくせに!この口は何でもかんでも好き放題言いやがって!私だって……ヤイチと一緒に……」
胸ぐらを掴む手がスルスルと崩れ落ちていく。
「じゃあ、どうして……」
私はその先が知りたいのに。
保健室で生徒のご両親と面談した時もそうだった。
自分の子どもが辛い目に遭ってるのに親は二人ともヘラヘラしながら、ただただ子どもの自慢話をするだけで、根本的な話は一度も出てこなかった。
両親がどう思ってようが私の知ったこっちゃない。私が一番に知りたいのは、子どもがどうしたいのか、だ。
転校するも良し、このまま保健室通いするも良し、勇気を出して教室に向かうも良し。親子共になって現状の答えを出して欲しかった。
アイさんもキボウさんもヤイチのことを想っていたことはわかった。
だから尚更、ヤイチを手放してまで何がしたかったのかがわからない。
「シロコさん、ごめんなさい」
ベリという女性が目の前に現れ──
「……え?」
私の頬をはたいてきた。
「ベリさんッ!!?」
アリスが叫ぶ。
「ごめんね、アリスちゃん」
アリスに謝りながら、ベリさんは私の頬に手を添える。
「親と言うのは、親である前に一人の人間です。あなたと同じ、人間です。わかってあげてください。理解しようとしてあげてください。そして、親ほど子どもを愛している存在は、どの世界にも存在していません」
ベリさんは小さく頭を下げ、アイさんの元へ向かった。
「おっかさん……」
アリスが私の元へ寄ってくる。
「私、わからないの」
わかろうとしてなかったのが原因なのか、私には何かが欠如していたのか、良くない状況を生み出してしまった自分自身に深く後悔している。
「わからなくていいんじゃない?」
膝が無気力に地面へ向かう。そんな私にアリスが答えてくれた。
「あたしだって、なんたらの方程式とか、なんたら関数とか、なんたら集合とかよくわかんないんだけど」
全部数学じゃん。
「わかんないままでも、成績良い方だしね」
アリスは私の顔にピースサインを寄せてくる。
「どうしてもわかりたいんなら、わかるまで待てば?」
アリスは加えて指を一本立てる。
「あたしは炬燵家に来てから今までも、そんでこれからもおっかさんの娘だよ?」
アリスはさらに指を一本追加する。
「トウカなんて答え聞かなくてもわかるし、ヤイチだって……きっと……」
アリスの手が目の前から消えていく。
「親の気持ちがわからないのは、おっかさんがまだあたしたちを本当の子どもだと思ってないからなのかなって」
「違うッ!!」
私は顔を上げて、咄嗟に否定する。
「それだけは違う!私はいつだって三人のことを本当の子どもだと思って……!!」
アリスは、泣いていた。
「じゃあ、わかりたくないなんて顔、しないでよ」
私の頭では、大雪警報が鳴り響いている。
白銀の世界が一面に広がっていて、その中で答えを探そうとしている。
そんなことは無謀だ。
ならば、雪が止むまで待てばいい。アリスはそう言ってくれた。
でも、私は待つのが怖い。雪が解けても尚、答えがどこにも見つからなかったら、私はただ時間を浪費しただけ。
はぁ、答えが見つからないことを考えてる時点で、私はダメかもしれない。
「おっかさん、私ね、実は……」
アリスは耳元で小さく告白してくれた。




