噛み合わない
ちくわマンが望んでいるのはこの場を鎮めること。そして、私たちはそのために急かされている。
この場の誰にも止められなかった暴れ牛を止められるのは私じゃない。彼女だけだ。
「ヤイチーーーーっ!!!!」
目には目を、歯には歯を、暴れ牛には暴れ牛を。
「ア、ア、ア、ア、ア!!!!!????」
暴れ牛の進行経路に立ちはだかるように、アリスは両手を大きく広げている。
「ア、ア、ア、ア、ア!!!!???」
アリスの存在に気づいた暴れ牛は、瞳を大きく潤わせている。
「やっと会えたね!!!!ヤイチ!!!おいで!!」
愛犬との久々の再会を果たしたかのように、アリスは暴れ牛を迎え入れようとしている。
「止まるでなーい!!!」
私の仕事はそんな暴れ牛の背中で意気揚々と楽しんでいるバカ友人の目を覚まさせることだ。
「コホンっ!!!」
この空間いっぱいに響き渡るほどの咳を一つ放つ。
「ゲエっ!!?」
わかりやすく嫌そうな声が聞こえてくる。
「ヤイチ!ストップ!話が変わった!!」
操縦士が止まるよう指示を出すも、暴れ牛にそんな言葉が届くわけがない。
「ヤイチ!!!」
飼い主を前にした牛は、周りを見ることができなくなる。もちろん、音さえも聞こえなくなる。
「ヤイチ……止まって……」
操縦士であるカンナが今にも泣き出しそうな表情で訴え始める。
「ま、その行為だけは褒めてあげるわ」
カンナの訴えは虚しくも、暴れ牛には効いていない。
聞こえてないと思うけど、最後の最後まで悪ふざけを貫き通そうとしなかった点を含めて、説教はいつもの三倍くらいにしておいてやるか。
「ア、アリ、アリアリアリアリ!!!」
私の存在をカンナに気づかせたところで、暴れ牛であるヤイチが止まることはないと鼻っから思っていた。
一縷の望みにかけて止まってくれたらいいなと思っていたが、やはりそんなに容易くはなかった。
「ヤイチヤイチヤイチヤイチ!!!」
私が誰かと恋仲に辿り着いたことは一度もない。そもそも同年代の異性のことをよく知らない。
よく言えば箱入り娘、悪く言えば世間知らずだった私には、全くと言っていいほど興味は湧かなかった。
そんな興味のなさがこの歳になって響くとは思ってなかった。
生きているわけではないから、今更恋愛をしたところで生物としてはなんの意味もなさない。
だから、私は傍観するだけ。娘と息子の、最愛の存在同士の感動の再会を。
「アリス!!!」
「ヤイチ!!!」
ヤイチはカンナを振り払い、アリス目掛けて突っ込む。
「さっき振りね」
フワッと宙を舞いながら、カンナが私の胸に飛び込んできた。
「お手柔らがに、お願いじまず」
もう怒られることを考えているのか、カンナは震えた鼻声でそう懇願してきた。
「そんなことが叶うと思うなよ、クソガキ」
今の私は少々ご機嫌が悪い。いや、多々ご機嫌が悪い。
これもどれもちくわマンが悪いはずなんだけど、この迷惑な空間を作り出したカンナにも多少なりとも非はある。
そもそもこんなカオスが生まれてなければ、私たちは落ち着いてこの場に降りたてたかもしれない。
周囲の人にも迷惑をかけたカンナに対して、私は一才配慮してはいけない立場なのだ。
「説教はまとめてしてあげるから、今後は私のフラストレーションを溜めないように、ね」
説教の度合いは基本的に私の匙加減で決まる。
「ケチんぼ」
はい、今ので四倍説教にランクアップしました。
「もう口を開かないほうがいいわよ」
感動の再会を前にして、妹のような友達に叱るようなことはしたくない。
それに、ついさっき友達という存在がどれほど大事だったのかを、アリスから悟らされたばかりだ。
今は私たちが共に存在し、共に過ごしてきたことに感謝しよう。
「まけといてあげるから」
ぐすりと、カンナは鼻をすする。
「ほら、自分の足で立てる?」
カンナを立たせ、頬の涙を掬う。
「立てる」
冷静になったカンナはとてもかわいい。いや、元からかわいいんだけど、ほら、素直な子どもほどかわいいものじゃない?それに似たものを感じるってわけよ。
「……ん?」
カンナは隣に立つ私を見上げながら、頭上にクエスチョンマークを浮かべる。
「私の手、温かい?」
アリスに言われた言葉を思い出し、カンナに尋ねる。
「皺し──」
言葉を遮るように、握る手に力を加える。
「スベスベ デ アタタカイ デス」
やはり、素直な女の子は可愛い。
「ねぇ!ヤイチ!今まで何してたの!」
「アリスこそ!過去の世界のアリスは……あれ、どうなったんだっけ?」
久々の再会だからなのか、若干会話が噛み合ってないように聞こえる。
「なにそれ!他のあたしに浮気してたっての!?」
「違うって!俺は……頑張ってたんだよ!そう!色々とね!」
そして、焦っているお互いの表情をまじまじと見つめてから、二人は吹き出した。
「ぷはっ!あたしたち歯車噛み合ってなさすぎ」
「俺は変わってないからな?変わったのはアリスじゃないのか?」
スーッと心の穴を通り抜ける涼しい嫌な風を防ぐため、左胸に手を添える。
ここにトウカがいたら、完璧なのに。
「ありがとう、アリス、助かったよ」
水を差すように、ちくわマンが二人の会話を遮る。
「というか、なんでああなってたわけ?」
なるほど、これが百合と百合の間に入ろうとする男というやつか(違う
「成り行き……的な?」
「違うでしょ、気分がハイになって制御できなくなっただけでしょ」
「おっかさん……!!?」
え、私のこと気づいてなかったの……?
「俺、おっかさんのこと何も知らなくて、それでそれで」
「知らなくて当然よ。私から何も言ってなかったんだから。今はそんなこと考えずに、アリスとの再会を喜びなさい。そんで、あんたは二人の関係に茶々入れようとしないの」
初対面の相手に"あんた"呼びしてしまうくらいには、ちくわマンのことを好みとして受け入れられない。
「俺だってそうしたいですけど、そうも言ってられない状況なんですって」
この場が落ち着いたのを見計らって、何人かが奥からゾロゾロとやってくる。
見知った顔とそうでない顔が半々くらいと言ったところか。
「シロコ、さんですね?」
超絶イケボさんが私に声をかけてきた。
「あ、はい」
自分でも吐きそうなほどにかわいく作った声で答える。
「ありがとう、ございました……!!」
突然、隣にいた女性と共に頭を下げてきた。
「え、なになに?なんなの??」
私は何も答えられず、ただただ二人の後頭部を見つめることしかできずにいる。




