ジェットコースター
私たちがこの世界に来た時にいたであろう場所を通り過ぎ、少ししてからのことだった。
「やっと着いたよぉ」
私のことを思ってなのか、アリスはわざとらしく疲れた振りをしながら呟く。
どうして振りなのかがわかったのかと言われれば、疲れたような姿勢にも関わらず、声がハキハキとしているからだ。
「おっかさん、大丈夫?」
私は大丈夫に決まってる。
「ねぇ、酸素ちゃんと吸えてる?」
ちゃんと吸えてるでしょ、ほら。
「全然話してくれないじゃん」
うるさい、ちょっと待ってくれたら話せるようになるから。
「ゼェ、ゼェ、ゼェ、ハハハ」
呼吸が乱れすぎて、まるで肺から声を出してるみたいになってしまう。
「何その悪役みたいな笑い方」
別に私は笑ってるわけではない。
「カッカッカッ……ペッ」
走ってるうちはなんともなかったのに、目的地に辿り着いたことで、分泌されていたはずのアドレナリンが切れてしまった。
そのせいで私は絶賛、疲労困憊中である。
「うわ、きったね!」
くそっ!死んだ後だからもう歳を取らないせいで、アリスにこの気持ちを味わわせることができないなんて悔しすぎる。
「し、失礼ね」
喉が渇きすぎてベッタリくっついてしまっていたが、唾を飲み込むことでなんとか言葉が通るくらいには潤ってくれた。
「まさかおっかさんが人前で唾を吐くような人だとは思ってませんでしたわ!」
なんだその似つかわしくない語尾は。そもそも私たち以外に人なんかおらんやろがい。
「仕方、ないでしょ。こんなもの飲み込みたくないし。そもそも体が外に出そうとして口の中まで上げてきたものを返す方が間違ってると思うんだけど」
言葉を吐き出すと、肺は酸素を求めるように体へ深呼吸をしろという信号を送ってくる。
「ゲ……ゲ……吐瀉物と一緒?」
例え方最悪だけど、間違ってはいない。
それに、なんだか言葉を選んでくれたみたいで、こういう一面からも大人らしさを感じる。
「ゲロロロロロロロ」
前言撤回。
「何してんの?」
「おっかさんの真似」
アリスと真正面からまともに会話をしてはいけない。気が付けばアリスの土俵に立たされ、いいように弄ばれてしまう。
「んで、着いたとは言ってたけど、でっかい扉の向こうに出るの?」
ため息をついてから、アリスに尋ねる。
「いいや?」
目の前に現れたのは門と呼ぶ方が相応しいほどに大きな扉だった。
私はてっきりこの先にまだ道が続いてるのだと思い、落胆寸前だったがどうやら違うらしい。
アリスはマンホールのように円形をした地面をツンツン触っている。
「ツンツン……?」
ツンツンは音と速度を増していき、ドンドンに成り変わっていた。
「ゴリラの真似でもしてるの?」
「違うわ!」と、ドンドンしながら背中で否定してきた。
「あれ、おっかしいなぁ」
アリスが独り言を呟く。
それにしても全く風景の変わらない空間だわ。
こんな世界に幾日も身を置いてたら頭おかしくなりそう。
まぁ、生きていた頃も景色はそんなに変わらないものだったから「未来の世界」がこんな姿になっているのは、皮肉みたいな意味合いも含んでるのかもね。
「強引に開けるしかないのだ」
不自然な声が耳に入ってくる。
「でも、外から開けられないって言ってたよ?」
いつもの声が聞こえてくる。
未だに二人の声の入れ替わりには慣れないでいる。
「ハァ、だ、誰だ?」
突如、アリスが叩いていた床から、荒い息とともに声が聞こえてきた。
「その下、人がいるの!?」
アリスの肩に手を置いて尋ねる。
「人っていうか、この下があたしたちの行くべき場所なんだよ」
この世界もまた、"地下"であるのか。
「その声、アリスなんだろ?」
床下から聞こえる声は私の知らないものだ。
「それから、炬燵先生、ですよね?」
久々にその呼び名を耳にしたせいで、少しだけ顔の火照りを感じる。
「ということは、あなた生徒さん?」
「一応そうです」
床下から肯定の声が飛んでくる。
「そ、そんな場合じゃなくて、開けるから少し離れてて!」
言葉通り、私たちは円形の床から少し離れる。
「さ、早く入って!」
開いた穴から顔を出してきたのは、文字通りの好青年だった。
「詳しい話は中に入ればわかるので、さぁ、早く!」
好青年は私たちを中に入れることをとても急いでいる。
「アリス、この子信じていいの?」
穴に入るため一歩踏み出したアリスを止めながら尋ねる。
「大丈夫!」
アリスの自信満々な瞳が答えてくれた。
「でも、おっかさんには少しだけ過激すぎるかもね」
か、過激……?
「ちょっと!私はそんなこと許した覚えは──」
娘が大丈夫だと言うものは信じてあげたいけど、過激って何よ、過激って。
そんなことを考えていると、私の体は何故だか浮遊感に襲われている。
──扉……?
世界を移動する際に感じるものと全く同じだったため、私が落とされた穴を扉だと脳が錯覚している。
私の推測を、眠っているアルタイルが速やかに否定してくる。
「いぎゃぁぁぁぁあああああああ!!!!」
好青年くんが登ってきたであろう穴からゆっくり入ってくんじゃないんかい!!突然足元に穴が現れるのは反則じゃろがい!!
お恥ずかしい限りだが、絶叫系は大の苦手だ。
連れて行ってもらったことがないからそもそも乗ったこともないのだが、食わず嫌い的な感じで無理なんだろうなと思っていた。
その考えはズバリ的中しており、悲鳴を上げずして落下するのは絶対に不可能だ。
「ああああああぁぁぁぁぁ……あ?」
てっきり固い地面に打ち付けられるのかと思っていたが、柔らかいクッションが私の体を包み込んでくれた。
それからボヨンボヨンと何度か跳ねた後で、ゆっくりと私の体はクッションに沈んでいく。
「あ、どうも」
え、この数々の冷ややかな視線は私のせいなの?この静寂を作り出したのは私が原因なの?絶対におかしいよね?やばい、頭がクラクラしてきた。
「今だッ!」
超絶イケボが聞こえて耳が孕んだのも束の間、静寂は一瞬にして消え去ることとなる。
「進め進めーっ!!!」
制御できていない暴れ牛の上に乗っているのはカンナだ。
ノリノリで暴れ牛の首元を掴んでいる。
「これ、二人の力でどうにかできませんか?」
ゆっくりと降りてきた好青年野郎が私たちに声をかけてくる。
おんのれ、頼みを乞う相手に絶対に必要のないドッキリみたいなことをさせやがって。私は絶対に許さないぞ。
「私はあんまり協力したくない」
子どもみたいだと思いながらも、頬を膨らまして明後日の方向を向く。
「おっかさん、そんなこと言ってる場合じゃないよ」
アリスが私の頬を指でつつきながら言ってくる。
アリスはなんともなかったのか、普段通りの態度でいる。
「あんなことされるとは思ってなかったし」
「ごめんごめん」と、アリスが両手を合わせて謝ってくる。
謝って欲しいのはそこの好青年野郎なんだけどね。
「そのためにもおっかさんを連れてきたんだしね!」
私の脳はこのカオスな空間を徐々に認知し始める。
「これ、何が起こってるの?」
一言では言い表せないほどにカオスになっている。
カンナがヤイチの背中に飛び乗り、ヤイチは混乱しているのか、この空間を暴れ回っている。
そんなヤイチたちを止めるべく、何人かの人らが協力している。
なんなのよ、この状況は。
「ボーッとしてると近づいてくるから気をつけ……き、来てるーっ!!?」
現状をただただ傍観していると、ヤイチの進行方向がこちらを向く。
「チワワちんは逃げて!!」
ん?チワワちん?チワワちんって誰?
「あとは任せた!!」
あぁ、好青年野郎のことか。じゃあ、あんたはこれからちくわマンだ。




