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神の親

 私たちは実の親子ではないから、いちいち子どものことを気にかけるのを赤の他人が見ると、気持ち悪いとでも思うかもしれない。

 そもそも赤の他人を血縁関係だと思い込むのは相当その子に思い入れがあるか、頭がイカれてるかのどっちかだと思う。

 当然、私は後者だ。

 そもそもトウカたちを家族として招き入れたのは、私を使って神の心を持つ者を一つの場所に集めるという綿加シドウの狙いだった。

 元々そこに私の意思なんかは存在していなかった。

 けれど、時間というのは残酷なもので、日が経つにつれて偽物は本物に成り代わろうとする。

 ご覧の通り、娘の手を離したくないほどに、アリスたちに心酔してしまっている。

 事情を知らない赤の他人は、私たちのことをれっきとした家族として見てくれるだろうが、事情を知ればその視線には冷ややかなものが加えられる。

 私たちを異質なものだと言わんばかりに、上から見てくるだろう。異質なのは私だけで十分なのに。


「おっかさん……?」


 手を繋いでいた時は前後になって走っていたが、今やアリスとは横に並んで走っている。


「どうかした?」


 考え事をしていたためか、アリスに声をかけられる。


「眉間に皺が」


 耳にタコができそうなくらいに、最近はその話が多いわね。


「そう言うあんたも、ほっぺた膨らませっぱなしよ」


 アリスの頬を指でつつく。


「……あれ?萎まない?」


 アリスの口を開いていて、私が頬を指でつついているのに、空気が抜ける気配が全くない。


「おっかさんってたまにデリカシーなくなるよね」


 あんたにだけは言われたくないセリフだわ。


「何か食べる必要があるわけでもないし……まぁ、ここ何日かは体を入れ替えられてないからエネルギーが不足するのもわかるけど、そんな太るほど何か食べてたの?」


 尋ねると、アリスはわざとらしく口笛を鳴らし始める。全く音出てないけど。


「死んだのに太るって可哀想ね」

「死んでも老いるって可哀想だね」


 盛大なカウンターを喰らってしまった。


「おい!逃げんな!」


 アリスはさらにギアを上げ、私との距離をどんどん離していく。


「まじで!時間ないから!早くしないと!」


 デネブに心で何か言われたのだろうか。

 私も負けじとアリスに追いつこうとするも、距離は一向に縮まる気配はなく、ただただ背中を追いかけることしかできない。


 ──大きくなったわね。


 アリスと出会ったのはアリスが中学生の頃。

 アリスの時間は高校二年生で止まってるから、出会ってからだと三年しか経っていない。

 なのに、あんなに背が伸びて、全体的に丸みを帯びて、出るとこは出て、女の子らしくは……やんちゃすぎてあんまり感じられないけど。

 私の親は今頃悲しんでるんだろうな。娘である私の成長を目の前で見られずに、悲しんでるんだろうな。娘の声を、匂いを、温もりを感じられずに、悲しんでるんだろうな。

 いや、悲しめ。盛大に悲しんでろ。そんで、後悔してろ。不幸になれとは言わないから、私を捨てたことを後悔してろ。

 それで私に何か恩恵があるわけではないけど、少しだけ私の方が有意義な生活を送っているという実感を抱くことはできる。

 でも、世界は残酷だ。クソな人間ほど充実した暮らしをしやがる。クソな人間ほど金にも時間にも余裕がある。

 本当に、世界はクソだ。


「あんまり世界の悪口を思わん方が良いぞ」


 アルタイルが表に出てきて呟く。


「どうして?」


 口にするのはダメだと思うけど、心の中で思うのは自由だと、私は主張する。


「わらわが辛くなる」


 突然、心の中で突風が吹く。


「アルタイルは世界じゃないでしょ?」


 世界というのは、私たちが住んでる時間軸や空間軸のことを指すのであって、召使いや綿加シドウのことを言っているわけではない。

 どっちにしろ、アルタイルが辛くなる理由はどこにもないと思うのだけど。


「わらわは神じゃ。しかし、わらわたちにも親というものは存在する」


 アルタイルが心の内を曝け出してくれそうになってくれているこの状況に、なんだか秋晴れのような温かさを感じる。


「わかりやすいやつじゃな」


 まぁ、私の感情は全てアルタイルに筒抜けなんですけどね。


「わらわの親は、召使いじゃ」


 アルタイルは寂しそうに言った。


「召使いって、過去の世界で四肢がもがれた?」


 言葉にした後で、こういうところがデリカシーないと言われる所以かもしれないと悟った。これからは気を付けよう。


「あれはクローンじゃ」


 召使いにはクローンが存在することは知っているが、私はクローンでない召使いを見たことがない。


「神はクローンから生まれたってこと?」


 アルタイルは私の舌を噛んできた。


「いったいなぁ」

「そんなわけあるか」


 怒られました。


「クローンはあくまでクローンじゃ。製造者権限を綿加シドウに完全に乗っ取られておる」


 クローンはオリジナルの命令に従うのだから、どこかにいる召使いのオリジナルの命令に従って動いているはずなのだが、召使いのクローンはどうやら違うらしい。


「乗っ取られてるって、じゃあ、召使いのオリジナルはどこにいるのよ」


 アルタイルはため息を一つしてから、口を開く。


「わらわたちも知らない。まだ探している最中じゃ」


 アルタイルは静かに唸っている。


「じゃが、綿加シドウが世界と成っていないのに、世界が生まれたり消えていったりしていることから、どこかに存在していることは確実じゃ」


 アルタイルは咳を一つする。


「まぁ、わらわたち親子の話をするのは今ではない。とにかく、世界の、召使いの悪口を言うと、その、わらわが悲しむから言わないで欲しいということを伝えたかったのじゃ」


 アルタイルは神という割には人間のように感情の起伏が感じられる。


「私なりに頑張ってみるよ」


 他者の嫌がることをする必要はない。

 たとえ、世界がどれだけ残酷で、醜くて、胡散臭くて、横柄な態度だったとしても──


「わざとやってるの?」


 私にはデリカシーのデの字も持ち合わせていないらしい。

 これはきっと親譲りのものだ。これからは世界のことを憎むのではなく、実の親のことを憎むことにしよう。

 対象が不明確なものだから、誰も不幸にならない。万事解決だ。

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