横の繋がり
私はアリスの手を引っ張りながら、走っている。
「おっかさん、あたし一人でも走れるよ?」
そんなことはこの世界でアリスを一目見た時から知っている。
「……おっかさん?」
トウカを過去の世界に残してきた。この事実がずっと頭の端にこびりついたまま剥がれずにいた。
何度も何度も振り払おうとしたものの、頭の中の記憶域から姿を消してくれることはなかった。
今アリスの手を離すと、トウカのようにまた離れ離れになる可能性を考えてしまう。
だから、手を離せずにいる。たとえ自分の足で走ることができようとも、目的地が同じであろうと、娘が側にいない時間を過ごすのはもううんざりだ。
「いいから、このままでいて」
私の気持ちがアリスに伝わってなくてもいい。
これは私のエゴだから。
絶対に離さない。
私が次、アリスの手を離す時は、ヤイチたちと再開でき、アリスがヤイチに飛びかかる時になるだろう。
それまでは、何が襲ってこようとも、アリスが離して欲しかろうと、私は絶対に離さない。
「このままじゃ走りにくいよ」
それは私も同じだ。
「この状態でも走りやすい走り方を見つければいいのよ」
そんな走り方、習わないとわからない。
「わかった!やってみる!」
アリスは私とは違って、常に前を向いている。
過去を捨てたはずなのに、記憶の中には過去が棲みついている。
私はなんて、弱い人間なのだろうか。
「ちょっと、あんまり暴れないで……何やってんの?」
繋がれた手が上下左右に暴れ出し、視線をアリスに向けると、どう見ても踊っているようにしか見えない。
「知ってる?速く走るコツって腕を大きく、速く動かすことなんだよ?」
「それで?」と、続きを求める。
「手繋がれてると、片方の腕は使えなくなるから、片方の腕でその分動かそうとしてるんだけど、うまくいかなくて」
私の知ってる速く走るフォームは、肘を肩の高さまで上げることが大事だと聞いたことがある。
アリスはと言うと、肘を肩の高さを突き抜けて、もはや腕を回し始めていたのだ。
繋がれた手が暴れているのは、アリスが腕を勢いよくぶん回しているのが原因である。
「大きく動かしすぎもよくないわよ」
視線を前方へ向けて呟く。
「えっ!?そうなのっ!!?」
それくらいはわかってて欲しいものだ。
アリスのこういう素直すぎるところは、心配することもあるけど純粋に羨ましいなと思う。
「全速力で常に走れるわけないんだし、これくらいの速さがちょうどいいわよ」
アリスは若いしバレー部に所属していたから体力はあるとしても、私は……いい大人が全速力で走るのはちょっと、ねぇ……
「でも、あたし、リミットが」
アリスが弱々しく呟く。
「じゃ、じゃなくて!トウカは!?トウカは無事なの!!?」
弱々しさを跳ね飛ばすように、トウカの安否を訊いてきた。
「トウカは無事……多分」
コトリのことを信じていないわけじゃない。ただ、確証を持てないから「多分」を付け加えただけだ。
「トウカの反応がなかったから、どうしたんだろうと思ってさ」
「トラブルが発生してね、私のリミットが原因で先にいける人たちだけでこっちに来たのよ」
人生うまくいくことの方が少ない。今思えば、あれは不幸中の幸いだった。
私が扉から遠ざけられていたら、今頃ソウルターミナルに強制移送されていて、綿加シドウの元で捕らわれていただろう。
「でも、おっかさんとヤイチだけでも安全だってわかってよかった。トウカもそのうち来るんだよね?」
その問いには、肯定も否定もできない。
「トウカのことはコトリに任せてある。彼女の頑張り次第──」
「ねぇ、おっかさん、信じてあげて?」
手の中で、アリスの手がモゾモゾと動く。
「トウカの友達でしょ?絶対に大丈夫だから。コトリのこと、よくは知らないけど、友達ってのはおっかさんが思ってる以上に強く繋がれてるんだよ?私も友達いてさ、久々に会うことができたんだけど、やっぱり友達っていいね」
それは私だって知ってる。
私にも友達くらい……一人しかいないけど。
どこまでも自由で、都合が悪くなるとヒス状態に陥ることもあるけど、それでも私を見ると笑顔になってくれる人。
元々鮫だとは思えないほどにどこまでも人間らしくて、感情豊かで、まるで妹のような友達。
そんな友達が、私にだっている。
だから、知っている。友達との関係は強く結ばれていることを。
「そうだね、友達っていいものよね」
改めて思う。横の繋がりのありがたみを。
家族、友達、仲間、恋び……コホン、コホン。
色んな人と関係を築いてきたけれど、上下の繋がりより、横の繋がりの方が温かくて優しいものばかり。
「ごめん、さっきの言葉訂正させて」
でも、その人たちと離れてみないとその事実はわからないままだ。
ずっと一緒にいると、それが当たり前となり、有り難みが徐々に薄れていき、やがてなくなってしまう。
その時を見計らって、繋がりに綻びが生じる。
そこでようやく気づく。その人の大切さを。自分の愚かさを。
「トウカは、無事よ。いずれこの世界にやってくる」
まさか娘に大切なことを思い出させられるとは思ってもみなかった。
「じゃあ、私たちはトウカが来るまで待たないといけないねっ!!」
アリスは元気よく言う。
「ちなみにリミットは?」
私が尋ねると、アリスではなくデネブの声で答えが返ってきた。
「トウカと会える可能性は限りなくゼロに近いのだ」
「それほどまでに迫ってるの?」
鼓動が重く、加速する。
「迫ってるというレベルじゃない、もう、すでに過ぎてしまっているのだ」
記憶の中を探るも、アルタイルからそんなことを聞いた記憶はどこにもない。
「まさか、デネブ、あなた……」
アルタイルが表に出てくる。
「仕方ないことだったのだ。せめてシロコたちと顔を合わせるまでは、ソウルターミナルに行ってはならなかったのだ」
「それはそうじゃが……」
アルタイルは小さく唸っている。
「まぁいい、今はレジスタンスのアジトへ急ぐのが先決じゃ」
どういうことなのかわかることがないまま、その話題は幕を閉じた。




