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娘の成長

 太陽のような爽やかで温かな香りが、私の鼻をくすぐってくる。


 ──私が見ない間に、成長したんだね。


 私の目の前に現れたのは、娘のアリスだった。

 アリスはワタガシの背後に回り、片手でワタガシの両手を掴んで離さずにいる。


「どうしてここが?」


 ワタガシが口を開く。


「おっかさんが来たことに気づかないほど、あたしは鈍感じゃない」


 アリスが答える。


「じゃあ、さっきの変な音もお前の仕業なのか?」


 ワタガシのこの問いに、アリスは少し首を傾げる。


「音……あたしは音を立てることなく来たつもりだったけど」


 私は牢獄の扉をゆっくりと開け、アリスに触れようとする。


「おっかさん、久しぶりだね」


 成長したアリスは、私の知っている無邪気さを失っていた。

 哀しくもあり、嬉しくもある。これが"親"というものなのかもしれない。


「うん、久しぶり」


 私たちの会話は少しおぼつかなく、妙な緊張感を纏っている。

 娘なのに、数年間一緒に暮らしてきた仲なのに、私もまた変わってしまったのだろうか。

 アリスに触れようとした手は、行き先を失ったまま、宙を彷徨っている。


「あれ、おっかさんシャンプー変えた?」


 突然、重かった空気が一気に軽くなる。


「シャ、シャンプー?」

「それか柔軟剤?なんか、匂い変わった気がするんだけど」


 アリスはワタガシをそっちのけにしたまま、私と会話している。

 それなのに、ワタガシの両手は一切動くことができずにいる。


「いや、変えてない……というか、この体になってお風呂とか洗濯とかする必要なくなったというか……」

「あぁ!そうじゃん!そういえばあたしもそうだったわ!じゃあ、なんで匂い変わったんだろう……」


 「むむむむ……」と言いながら、アリスは鼻をヒクヒクとさせている。


「私の匂いよりも、ワタガシのこと先に対処した方がいいと思うんだけど」


 そう言うと、アリスは咳払いを一つしてから、ワタガシのことを柔らかく抱きしめた。


「大丈夫だよ、よく頑張ったね。でも、君のことだからこれからも頑張っちゃうんでしょ?その時はちゃんと休むんだよ?眠るんだよ?頑張りすぎちゃったら、気づいたら起きられないほど眠っちゃうんだからね?」


 アリスはワタガシの両手を離し、その手で頭を撫で始める。


「あたしの意思に従う必要もないし、君は君のやりたいように、自由に生きればいいと思う。けれど、他人を下に見たり、自らが上に立とうなんて考えだけはやめてね。あたしが傷ついちゃうから。よしよし、泣かなくていいからね」


 完全なAIには基本的に表情の変化は見られない。ワタガシは異例で、軽い表情の変化は見られたものの、喜怒哀楽といったわかりやすい感情を表に出すことはなかった。

 ただ、あの時の一度だけ、たった一度だけ、ワタガシは笑っていた。どうしてあの時、異変に気付かなかったんだろう。

 多分、あまりにも自然な笑顔すぎたが故に、私の脳はそれをおかしなことだと受け取ることができなかったのだと思う。

 そんなワタガシは今、泣いている。

 静かに泣いている。

 蛇口を二回回して出るくらいの量の水を、瞳から流している。


「私は……私は……!!」


 ワタガシは抗っているのか、歯軋りをし始める。


「それが君の本音なのなら、あたしは否定しない。けれど、少し痛い目を見ることにはなるよ?」


 アリスはゆっくりと、ワタガシから離れる。


「おっかさん、走る準備して」


 そして、静かに私の手を握って引っ張る。


「アルタイル、いい加減置きるのだ。さすがに寝すぎなのだ」


 アリスの口から、アリスとは違った声が飛び出てきたため、踏み出そうとした足を空中で止めてしまった。


「今のは?」


 ワタガシに聞かれないように声を押し殺してアリスに尋ねる。


「わっちはデネブ……ファスト?まぁ、どっちでもいいのだ。シロコ、久しぶりなのだ」


 西の神、デネブだった。


「ファストってのは?」


 デネブは知っているものの、ファストという名は初めて聞いたと思う。


「その話はおいおいということで」


 アリスの声で言われる。


「ファストの力でも癒すことはできないのか」


 アリスは、小さくもがいているワタガシに視線を向けて呟く。


「何をしようとしたの?」


 アリスに尋ねる。


「AIってのは被害者だから、ファストの力で救うことができるはずなんだけど……もう手遅れみたい」


 アリスの言う"手遅れ"という言葉の意味を深くは理解しないまま、話を続ける。


「ここに放置しておくの?」


 アリスは首を横に振る。


「そんなことできないでしょ!こんなに苦しんでるのに!」


 アリスは声を大にして叫んできた。


「ご、ごめん」


 アリスはワタガシのことを被害者だと言っていたし、私自身もそう思っているのに、確かに放置はないな、と発言を悔やむ。


「なんじゃ?騒がしいのう」


 突然、アルタイルが私の口から言葉を吐き出してきた。


「アルタイル……!!」


 アリスの声色が変わった。


「……あぁ、状況は把握した」


 アルタイルがそう言った途端、苦しんでいたはずのワタガシが静かになった。


「な、何をしたの?」


 危険な状況だったはずなのに、一瞬にして治まった現状を見て、尋ねずにはいられなかった。


「あれ、おっかさん、アルタイルの力知らないの?」


 少しだけ考えた後で、首を縦に一回振る。


「そっか……今みたいなやつがアルタイルの力ね!」


 それだけでわかるかい!説明省きすぎだろ!!


「完璧にはわかってないけど、なんとなくはわかったわ」


 冷静になって考えてみると、見張りのAIといい今のワタガシといい、対象の指揮をとることなんじゃないかという考えに至った。

 アルタイルは今、ワタガシに「落ち着かせる」という信号でも送ったのだろう。

 見張りのAIたちには、確かに「なんとかして」という投げやりな信号を私から送っていた。

 実際になんとかはしてくれたものの、途中でワタガシに指揮権を奪われてしまった。

 つまり、指揮権を持つ者同士の上下関係が重要となってくるようだ。だからあの時、ワタガシは私の首を締め上げたんじゃないのか?

 現状だと、正常じゃなくなったワタガシの立ち位置が私の立ち位置より少し下がったことで、ワタガシを指揮することができている、ということか。

 過去の出来事でざっくりとしかわからないけど、まぁこんなところだろう。細かいところはあとでアルタイルに聞くしかない。


「あ、ヤイチには会った?」


 パッ!と表情を明るくさせてから、一瞬でアリスの顔は雲に覆われた。


「来てることはわかってたんだけど、ちょうど入れ違いになった……」


 握られていたアリスの手を握り返す。


「じゃあ、急ご!ヤイチもアリスに会いたがってるから!」


 ワタガシに「私たちについていく」という信号を送り、私たちはヤイチたちの元へ向かう。

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