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謎の音

 ワタガシにどれだけの時間を使わせられるのかわからない。

 向かったAIのことはヤイチたちに任せるしかないとして、私はどうやってワタガシから離れようか考えなくてはならない。

 さっきからそうなのだが、アルタイルが目を覚ましさえしてくれれば、順調なことばかりなのに、神はどうしてこうもマイペースなのよ。

 アルタイル頼りに作戦を考えるのは良策とは思えない。けれど、単身でワタガシから逃げ出すのには相応のリスクを背負う必要がある。

 私やアリスのリミットが近づけば間違いなくアルタイルは目を覚ます……はず。

 確証はないけど、それはアルタイルたちにとっても良くないことだから。

 そのタイミングまでは様子を見よう。どうしてもな状況になったら強行突破をすることも視野に入れておく必要がある。


「私から逃げられると思わない方がいい」


 ヤイチたちが向かった方とは反対方向に向かて、私はワタガシに連れられている。


「逃げるなんて思ってない」


 思考を勘繰られたと内心焦ったものの、私は感情を込めることなく答える。


「冷めてるんだな」

「あなたに言われたくないわ」


 背後にいた時は緊張感を放っていたが、ワタガシの背中からは哀愁が漂っている。


「冗談でも言っていいことと言ってはいけないことがあるだろ」

「あら、効いちゃったのかしら?」


 少しの間が開いた後、ワタガシは話題を変えてきた。


「お前には女王になってもらう」


 頭の中で「女王」という言葉を検索し、意味を探す。

 女王:女性の王。または、妃。

 検索を何度繰り返しても結果は変わらない。


「おい、立ち止まるな」


 私の頭は正常なようだ。つまり、私の耳が異常を抱えているということになる。


「もう一度言ってもらっていい?」

「おい、立ち止まるな」

「いや、そこじゃなくて、もう一つ前の」


 時折見せてくるAIさに、少し安堵の表情をこぼしてしまう。


「お前には女王になってもらう」


 うん、間違いなく「女王」と言っている。私の耳も正常なようだ。つまり、


「つまりは、アンタの口が異常ってこと!」


 ワタガシが振り返り、緊張感が降りかかってくる。


「いきなり何のことだ?」


 ワタガシは無機質な表情のまま、口を動かす。


「何よ、女王って!もしかしてそれ、プロポーズのつもり?」


 自分で言ったことなのに、恥ずかしくなってきちゃった。


「何を言ってるのかさっぱりわからんが、AIたちの模範的立ち位置になってもらいたいと思ってるだけだ。呼称は適当に考えたものだから、なんでもよかったんだがな」


 ワタガシは正面を向き、再び歩き出す。

 私もそれに倣って足を踏み出す。


「女王の意味知ってんの?」

「女の王だろ?人間界で頂点に君臨する者の呼称だと認識している」

「私のことをそう呼んでる時点で上下関係を築こうとしてるじゃない。やろうとしてること、人間と全く同じよ」


 ワタガシは鼻を鳴らす。


「人間と同じことなら、それは喜ばしいことだな」

「何も、人間が行なってきた悪いことまで真似する必要はないでしょ」

「上下関係が悪いことだとは思わない。目指すべき世界においては、最低限必要なものであると判断している」


 そんなことをしてたら、次はAI同士で争ってしまうのに。

 AIは、自分たちは人間のようにならないと思ってる節がある。

 良くも悪くも、AIが人間になることはできないが、近づくことは可能だ。ワタガシはそれを望んでいる。

 しかし、悪いことにだけ目を瞑り、人間と同じような社会を形成すれば、人間の犯してきた誤ちをもう一度繰り返すことになる。


「話聞いてたら頭痛くなってきたわ」

「休むか?」

「お気遣い結構よ。女王って呼び名だけやめてちょうだい。『お前』呼びで全然いいから」


 そんな未来は絶対に来ないだろうし、来させないだろうけど、タイミングが少しでも遅れていたらと考えると、背筋が凍るほどに恐ろしく感じる。


「ねぇ、目的地はまだなの?」


 どこに向かっているのか聞かされないまま、私は連れられている。


「私たちには時間がある。焦る必要はないだろう?」


 ワタガシが低い声で答える。


「万が一のことがあるから急いだ方がいいと思うんだけど」


 ワタガシたちは敵ではないし、一方的にではあるが、何か協力できることがないかを探りたい。

 そのためには私たちがどこへ向かっているのかを知る必要がある。

 もし、今アルタイルが目覚めれば、私は迷わずヤイチたちの元に向かうだろう。

 だから、あえてワタガシを急がせるような口振りをしてみせた。


「私たちを邪魔する者は今この世界には……何の音だ?」


 ワタガシは立ち止まり、聴覚に全神経を注いでいる。


「……おならはしてないと思うけど」


 私の冗談を完全にスルーし、ワタガシは周囲を警戒する。

 冗談を口にしたのは、私には何の音も聞こえなかったからだ。

 あくびやおならは無意識に飛び出てしまうため、もしかしたらと思って冗談のように言ったのだが、どうやらそうではなさそうだ。


「その音はどこからするの?」


 私の声は全く届いていない。

 ワタガシはおそらく、気にかけている音以外の耳から入ってくる情報を全て遮断している。

 綿加シドウのクローンは、ここまで高性能だというのか。

 彼がワタガシを手放した理由に、さらに謎が深まってしまった。


「気のせい……ではないと思うのだが、気にする必要はなさそうだ。お前の言う通り、先を急ぐとしよう。嫌な予感がする」


 ただの高性能なクローンかと思えば、嫌な予感を感じ取る部分はまさに人間。


「それがいいと思うわ」


 何の音に反応したかはわからないままだが、先を急いでくれることはプラスに働く。

 このまま何も起こらず、ワタガシの向かう目的地に辿り着くことができれば御の字なのだが。

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