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ストレート

 上空に浮かぶ召使いを睨むように観察する。


「心外だなぁ」


 召使いはどこか哀しみを纏っている。

 作戦がうまく遂行できていないのか、カンナとの戦闘で機嫌を損ねたのか。

 まぁでも、そんなのは関係ない。俺は今やるべきことをやるだけだ。


「俺がタイミングを作る。それに合わせて──」


 見ているだけじゃ何もわからない。だから、拳を交えて召使いの出方を伺おうとしたのだが、カンナはすでに隣にいなかった。


「え、どこ……どこ?」


 周囲のどこにもいない。水中に顔を埋めても見当たらない。

 俺が視線を落としていた間に、カンナは召使い目掛けてダーツの矢のように飛び出していた。


「何やってんの!!?」


 手も足も出なかったと言っていたのに、何が原因で彼女のやる気を最大限まで引き上げてしまったのか。

 おかげさまで思い描こうとしていた作戦の地図が全て白紙に戻されてしまった。


「僕は一直線にしか進めないってことを伝えたかったのーっ!!」


 自分の習性を口に出すくらいには馬鹿らしい。

 一直線に飛び出したカンナは、召使いにひらりとかわされ、空中で姿勢を整え着水する。


「無闇に突っ込まないでよ」

「僕にはこれしかできないんだもん」


 今なら当たると思ったのか、カンナは希望をへし折られ機嫌を損ねている。


「いいか?俺がタイミングを作る。カンナはそこを見計らって今みたいに飛び出して欲しい」

「……そうしたら、噛みつけるのかっ!?」

「確証はないけど」


 カンナのキラキラした瞳が嘘をつけさせないようにしてくる。


「確証ないのかよ……」

「しょんぼりするな。カンナがいないと召使いを倒すことなんて不可能なんだから、自信持ってくれ」

「わかった!!!」


 ちょろい。あまりにもちょろすぎる。

 この感覚懐かしいな。ソウルターミナルでアリスと接していた時間を思い出す。

 過去を変えることはできない。俺が過ごしてきた時間は紛れもない事実だ。変えられるのはこれからの時間だけ。未来だけが、自身で創り上げられる世界なんだ。


「あんまり俺に楯突かない方がいいよ?」

「どういう意味だ?」

「時間が経てば、校門は開く。俺が受けた指示は時間稼ぎだ。君たちの目的が学校から出ることなら、意味のない戦闘はしない方がよくないか?」

「時間稼ぎってのは、シロコさんがソウルターミナルに戻されるまでってことで合ってるよな?」

「ノーコメントで」


 俺、トウカ、シロコさん、アリスの四人が必要なため、誰一人として欠かすことができない。

 たとえ、俺たちを殺す組織の一員であるシロコさんとは言え、俺にとっては帰る場所にいてくれたおっかさんだ。

 ちゃんと話をして、謝って欲しい。俺じゃなくて、アリスとトウカに、だ。


「子どもが反抗期の親ってこんな気持ちなんだね」

「関係のない話はやめてもらおうか」

「君はまだ知らないことが多すぎるもんね」


 召使いが指を鳴らすと、静かだった海面が波を立て始めた。


「な、いきなり何だ!?」

「つかまれ!」


 カンナに叫ばれ、慌てて背中に飛び乗る。


「この世界は素直で助かる。言うことの聞けない子どもたちには説教が必要だ」


 カンナは本当の鮫のように優雅に泳ぐ。どれだけ高い波が押し寄せてこようと、難なく乗りこなしている。


「ねぇ、あれ!」


 泳ぎながら指差した先には、先ほどまで後ろにいたはずの生徒たちが空中に浮かされていた。


「何をしやがる!」

「何って、説教だよ?」

「その子たちは関係ないだろ!」

「楽しそうに追いかけっこしたのに無関係扱いするなんて、ひどい子だね」


 空中に浮かされた生徒たちは手足をばたつかせ、あたふたしている。


「助けないとッ!!」


 カンナは空中の生徒に向かって飛び出した。


「待てッ!!!」


 俺の声がカンナの耳に届く前に、俺たちは召使いの攻撃範囲内に入ってしまった。


「ソウルターミナルでまた会──」

「先輩に、」

「何してくれてんの!!」


 召使いの手のひらが閉じる寸前、背後からコトリとトウカが邪魔をしてくれたおかげで、俺たちはなんとか助かった。


「カンナ!今のうちだ!」


 背中を掴んでいない手で、できるだけ多くの生徒を掴む。カンナは大きな口を使って、残りの生徒を挟み、水中へ戻る。


「あ、ぶな、かっ、た……」


 カンナは顔面蒼白だ。


「考えが真っ直ぐすぎるんだよ。俺の指示に従えばいいものの」

「……それができたらシロコを……うぐぐ」


 耐えていたはずの感情が爆発してしまったのか、大粒の涙をゴロゴロ流し始めた。


「あーあ」

「泣かせちゃいましたね」


 遠くから煽るような声が飛んでくる。


「うるせーっ!……でも、助かったーっ!」


 二人が来てくれてなかったら、俺は助かっただろうけど、カンナや生徒たちは一溜りもなかったはずだ。


「カンナ、大丈夫か?」

「大丈夫に……見えるか?」

「大丈夫じゃなきゃ、シロコさん助けに行けないだろ」


 カンナは鼻水をズズズズーッと吸い、目の周りを赤くするものの、何事もなかったかのように微笑む。


「よし、僕はもう大丈夫だ!」

「そりゃよかった」

「うんうん、よかったよかった」


 すぐ耳元で召使いの声が聞こえ、カンナは勢いよく水中に潜り込む。


「水中なら逃げ切れると思った?」


 泳ぎの得意なカンナを追い越すほどのスピードで、召使いが隣になって泳いでいる。


「あー、ごめんごめん、水中だと話せないね。じゃあ、地上に出よっか!」


 召使いはかなりのスピードで泳いでいたにもかかわらず、右手に力を込め、俺の顎にアッパーを喰らわしてきた。


「ぐぶぶっ……」


 酸素が口から漏れ出ながら、俺の体は空中に投げ出された。


「先輩っ!?」


 トウカの声が聞こえるも、それどころではない。カンナと召使いが二人っきりになってしまった。

 俺は首を横に振って、痛みとおさらばし、再び水中に潜り込む。


(カンナ……?)


 カンナは召使いの腕の中で苦しんでいた。


「カンナは空っぽじゃないから、このまま押し潰せば文字通り殺せる」


 カンナの閉じゆく瞳が俺のことをじっと見つめてくる。

 ふと、右足に違和感を感じ、視線をそっちに向けると、解放された生徒たちがいた。

 こうなったら、俺にやれることはただ一つ。


「まずは一人目──」

「させるかッ!!!」


 生徒を壁にし、俺は水中でスタートを切る。勢いよく飛び出した俺の体は鋭利さを帯び始め、その様はまるで槍のようだろう。


「そんなスピードで俺に触れられるとでも?」


 しかし、俺の渾身の攻撃はあっさりとかわされてしまう。


「触れる?そんなこと俺はしようとしてないぜ?」


 俺の狙いははなっから召使いへの攻撃ではない。


「今だッ!!!!!」


 俺の合図で解き放たれた空腹の鮫が、餌を目掛けて一直線に泳ぎ出す。

 まるで黒い閃光。鮫田カンナは召使いの腕を食いちぎることに成功した。

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