コントロール
召使いの腕を咥えたまま、カンナが泳いでやってくる。
「ナイス」
俺はダメージを与えることに長けていない。それは生徒たちと対峙して確証を得た。
攻める時の俺の脳内は素直すぎる。だからこそ、その素直さを利用して、相手の裏の裏をかいて他人のサポートをすることには向いている。
生まれてから誰かと過ごす機会が少なすぎたため、自分の能力に気づくのに遅れてしまったが、このタイミングで気づくことができて良かった。
誰かのために生きるって、こういう感覚なんだな。
「これ、食べていい?」
カンナが食いちぎった腕を口の中でコロコロ転がしながら尋ねてくる。
「……食べたいの?」
「食べたいっ!!」
食い気味にカンナが答える。
「なぁ、これ食ったら怒るか?」
念のため、召使いに尋ねてみる。
召使いは視線を落としており、静かに怒っているようなオーラを纏わせている。
声をかけないほうがよかったかもしれないけど、この腕は召使いのものだし、勝手に食べてしまうのはさすがによろしくないもんな。
「返せ」
「だってさ」
「えー、ダメなの?」
「返せカエセ返せ返せカエセカエセ返せかえせかえせ」
やばい、めっちゃ怒ってる。
「返した方がいいぞ」
「嫌だッ!アイツに返すなんてやっぱ嫌だッ!!」
「わかった。一旦それよこせ。この件が落ち着いたら食わせてやるから」
「わかった!」
やっぱり単純すぎて、ちょろいな。
「かえせっっっ!!!!」
カンナから腕を受け取ろうとしたのだが、召使いの急接近により、俺たちの距離が離れてしまった。
「腕を持ってできるだけ離れろ!そんで、次は左腕を狙うぞ!」
「僕が狙いを定められるなんて思う!?」
「そこは俺がなんとかする。カンナは召使いに向かって噛み付いててくれるだけでいい!」
さっきはいい感じに不意をつくことができたけど、一度されたことに対しては警戒心が高まってしまう。
水中で動きながら考えるしかない……あれ?ついさっきまでは水中で話すこともできなかったのに、気づけば自然と話すことができている。
しかも、苦しくない。口から酸素を補給しているわけではないけど、どういう理屈で酸素を供給しているんだ?
「危ないっ!!」
召使いは俺を狙ってきた。腕を持ってるカンナを狙えばいいものの、俺の方にきたってことは裏の裏をかいたのか、そもそも何も考えていないのか。
召使いに限って何も考えずに動くとは思えないけど、今の召使いなら、考えられる脳がないと言っても大差ない。
「どんな顔してやがる」
召使いの顔は、まるで怪物だ。人間の顔ではない。機械的な表情をしているわけでもない。小説や漫画に出てくるような怪物の形相になっている。
「かえせ」
同じ言葉しか連呼できずにいる。
召使いは行動の全てを感情に任せているようで、俺の腕を掴んできて大暴れしている。
「何を返して欲しいんだ?腕じゃないのか?」
唸りながら「かえせ」と言うことしかできない召使いを前に、俺は悲しい感情を抱かされた。
本能のままに動いているのなら、自然とカンナの方に向かうはず。それなのに、俺の方に来たってことは、何か別のものを返して欲しいんじゃないのか。でも、それがなんなのか俺にはわからないし、ちゃんと言ってもらわないとわかるものもわからない。
「ちゃんと話してくれ、よ!」
肘から下を掴まれ、服を乾かすようにバタバタさせられてしまう。おそらく肩は脱臼しているし、掴まれた場所は骨折している。
水中だからなのか、痛みをそれほど感じなかった。腕が治癒したこともはっきりとわからないほどに。
「召使い、何を返して欲しいんだ?」
「じかん」
召使いは、ボソッと呟く。
「時間?それは俺が奪ったのか?」
「じかん かえせ」
召使いは俺の質問に答えてくれず、幼い子どものように、同じ単語を連呼するばかりだ。
「もし俺に奪われたと思ってるのならそれは間違ってるぞ。俺はサンズリバーでアンタと初めて会った。奪うほどの時間、一緒にいないしな。他の誰かと間違えてるんじゃないか?」
「じかん かえせ じかん」
記憶を掘り返してみても、俺が召使いから何かを奪った描写はどこにもない。
間違いなく人違いだ。とんだ濡れ衣を着させられたもんだ。
「ヤイチ じかん かえせ」
召使いは俺の名前も含めてそう言い、再びこっちに向かってくる。
「だから、人違いだって」
段々と鬱陶しく感じてきた。
召使いはツルのように体をしならせ、俺の体に絡みついてきた。
「うえ〜、なんか気持ちわりぃ……」
男に絡みつかれてることに加え、心なしかヌメヌメする。
──今だ。
召使いの左腕を掴んで、カンナに視線を送る。
すると、すごい勢いでカンナが泳いできた。
「ぱーっくり!!!」
カンナは俺の右腕ごと食いちぎった。
「うぇっ、これまっず!」
そう言って吐き出されたのは俺の右腕だった。
「あれだな、まずいって言われながら食べられる食品の気持ちが理解できたよ」
一生理解することのなかったことなのに、ふとしたタイミングで理解できたのはおそらく奇跡。うん、奇跡……
「なわけないでしょーが!」
先を泳ぐカンナにピースサインを送る。
「ナイス!」
両腕を失った召使いが白目を向かせながら沈んでいく。
それと同じ速度で俺の右腕も沈んでいく。
「これ、食っていい?」
カンナは口を大きく開け、二本の腕を見せてくる。
「いいよ」
承諾すると、カンナは満面の笑みで腕を丸呑みにした。
「なんのための牙だよ」
「噛みちぎる時のためだよ!」
その時のためだけに使って、そんな立派な歯になるもんなのか。俺なんて噛む回数少なすぎて顎の筋力まじでないからな。
「アイツ拾ってくる!」
カンナはお腹をさすりながら、沈んでいく召使いの元へ泳いでいく。
さすがに腕を二本とも噛みちぎられたら、痛みで意識を失うわな。
ま、俺はこうしてまた腕が生えてくるし、痛みも水中だからそんなに感じないから関係ないんだけどね。
「……遅いな」
深いところまで潜っていったわけではないのに、カンナの帰りが遅い。
しばらくして、影が見えてきたため、ホッと胸を撫で下ろす。
「遅かったじゃ……ん……」
影の正体がはっきりと見え、その姿に驚愕する。
「ヤイチ じかん かえせ かえせ」
両腕を失った召使いだった。
「カンナは!?」
召使いを無視して、深いところまで潜ろうとしたのだが、足を引っ掛けられ、そのまま蹴り上げてしまった。
「うぉぉぉぉおおおおお!!?」
ものすごい力で蹴り上げられ、俺の体は水面近くまで引き戻された。
水面に戻ってきても、陽の光が差し込んできておらず、不思議と思って見上げると、生徒たちが水面にプカプカと浮かんでいた。
俺は何度この生徒たちに助けられるんだ……そして、君たちは何度俺のために壁となってくれるんだ。
人を蹴るというのは、少々、いや、多々心が痛むが、この際仕方のないこととして許して欲しい。
そもそも、こんないいタイミングでその場所にいるということはそうして欲しいと言ってるようなもんだろう。
「カンナ、待ってろよ!」
両足の裏をしっかりと生徒たちに押し当て、勢いよく蹴る。
勢い十分。しかし、召使いの横を通り過ぎた時、彼は不気味に笑っていた。




