カーニバル
前を歩いていたコトリとトウカが校門前で立ち止まった。
「どうした?」
声をかけるも返答はない。
「開いてるなら出たらいいじゃん」
校門は開いていたため、外に出ようとしないトウカたちを不思議に思い、声をかける。
トウカたちが不自然に視線を向けていたその先に、俺も同じように視線を向ける。
「……なんだこれは」
先程までは確実になかったであろう壺が、開かれた校門の中心に置かれていたのだ。
「壺、ですね」
「見たらわかるわ」
それが壺であることは間違いないのだが、その様は俺たちを待っていたかのように、どこか生気を感じる。
「何をしてるんだ?」
俺とコトリの間を割って入ってきたのは鮫田カンナだ。
鮫田カンナは壺を見つけると、表情ひとつ変えることなく近づいていく。
「……何をしてるんだ?」
「あ、今の俺に対しての質問だった?」
どこからともなく声が聞こえてくる。
学校の世界にやってきてから、不明な箇所から声が聞こえてくることが多すぎる。鮫田カンナの身長が低すぎることが主たるものではあるが。
今回ばかりは上下前後左右どこを見ても、俺たち以外の存在は確認できない。ここから考えられることはただ一つ。空気が喋っているということだ。
「そんなわけないでしょ」
ほら、また聞こえてきた。あれ、今のセリフ誰に対してのものだ?
「オチヤくんに対してしかないでしょ」
だよな、他に誰も話してないし……いや、俺も話してないんですけど!?これ、心の声なんですけど!!?
「かっかっかっかっ、君は心の中までも面白いな」
ぐぬぬ、どこのどいつだ。俺の心の声を盗み聞きしやがって。
「ごめんごめん」
空気に謝られると、一瞬目を離した隙に壺はなくなっていた。
「あれ、壺は?」
尋ねると、コトリが空中を指さしていた。
「こんにちは、久しぶりだね」
見たことのある顔だった。
「久しぶりって、夢の世界で会ったばかりじゃないか」
「あれ、そうだっけ?世界ごとに時間の進みが違うからよくわかんなくなっちゃった」
自然と会話できてるせいで、召使いが浮いていることに疑問すら抱けなかった。
「てか、なんで浮いてんだよ」
「そろそろ僕の質問に答えてくれないか?」
下から鮫田カンナの冷たい声が聞こえてくる。
「質問って?」
「何をしてるんだって聞いてるんだけど」
「浮いてるだけだよ?」
「心の中で僕たちを嘲笑ってるんだろ?」
鮫田カンナは冷たく、怒っている。
「嘲笑う?そんなことしてないよ。俺は君たちを助けにきたんだ」
「助けなんか不要だ。邪魔だ。消えろ」
「ひどいなぁ、カンナちゃんは」
「気安く名前を呼ぶな」
先程までの彼女とは打って変わって、まるで別人だ。
「キレると歳相応の態度になるの、俺は好きだよ」
「話題をすり替えるな、何をしてるのか聞いてるのがわからないのか、このタコ」
「タコじゃないよ、召使いだよ」
鮫田カンナは確かに怒っている。けれど、手を出そうとはしていない。
二人の関係をよく知らないが、同じ組織にいたにも関わらず、犬猿の仲のようだ。
「中か外かどっちか選べ」
「なにそれ、いかがわしいやつ?」
「喰われるか吐き出されるか選ばせてやるって言ってんだよ」
「なーんだ、残念」
鮫田カンナはギザ歯をカチカチと鳴らしている。
口元からはよだれが垂れており、それは空腹を表しているものではないことはわかる。人間を食べることは禁忌であるから、人間を見て食欲が湧くとは考えられない。
鮫田カンナは、感情に飢えている。
「血祭りの開始だーっ!!!」
突然、コンクリートだった地面がぬかるみ始め、見る見るうちに足が沈んでいく。
「なにこれっ!?」
唯一このことを知らないトウカが驚きの声を上げるのと同時に、コトリに抱えられ、安全な場所へ移動を開始した。
「よし、つかまってろ!」
俺はみりあんを……抱えようとしたのだが、ひょいっとかわされるようにユキノさんに取られてしまった。
「おい」
冷静に沈んでいくあつみんに服を掴まれる。
「どうした?」
「うちを連れてけ」
「どちらまで?」
「安全な場所まで」
「お客さん、幼いように見えますがお金、払えるんです?」
「金取るなよ、アホ」
あつみんを引っ張り出し、水上に出ると、お得意の高速走りでその場から離れる。
「さっきから気になってたけど、それ、どういう理屈なの?」
「足が沈む前に足を上げてるんだよ」
「理解できるけど、理解できないってこういうことを言うのね」
学校の世界は召使いの登場により、生徒たちが危険に晒されたと思い、コンクリートを海に変え始めた。
振り返ると、鮫田カンナは空中の召使いに噛みつこうとするも、容易く避けられてしまっている。
後ろについてきていた生徒たちは、鰐のように顔だけを水上に出し、様子を伺っている。
「校内に逃げるより、そのまま外に出た方が良かったか?」
「それはできないわ。ほら、見なさい」
校門の方に視線を向けると、開いていたはずなのにすでに閉じられていた。
「なるほどな、よくできた世界だぜ」
「鮫田カンナに任せる?」
「どうすっかな。そもそも召使いの立ち位置をよく理解できてないってのはある」
「どっちでもないんじゃない?」
「どういうこと?」
「彼は召使いだもの。誰かの指示にしか従わない。指示したのが誰なのか、どんな指示なのかによって立ち位置が変わるだけ。だから、召使いに立ち位置なんてないわけよ」
あつみんの声は、どこか哀しさを帯びている。
「どうしてうちたちの前に現れたんだろう」
その言葉の意味は、俺には理解できなかった。
「でも、この状況では召使いをどうにかしない限り外には出られない。鮫田カンナの助太刀をするべきだと思うわ」
「……わかった、行ってくる」
校舎裏に着くと、すでにみんなそこにいた。
俺はあつみんを下ろして、再び校門へ向かう。




