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だーれだ

 ユキノさんたちと合流すべく、校舎裏まで来たのだが、そこには誰の姿もなかった。


「あっれれ〜、おかしいな〜?」


 幼い探偵のようなセリフを呟くと、視界が突然ブラックアウトした。


「な、ななな、なんだ!?」


 SAMEWATAを飲んだわけでもないし、こんな突然目の前が真っ暗になることなんてあるはずがない。


「……ん?」


 冷静になってみると、目元に柔らかい感触がある。プニプニとしていて、温かくて、いい匂いがする。


「だーれだっ?」


 優しい匂いのする声が聞こえて、心が落ち着いていく。

 急に真っ暗にされたというのに、俺はとても落ち着いている。

 なぜなら、俺のことを暗闇に誘ってきた存在が誰なのかわかったからだ。


「え〜、誰だろうな〜」


 この手を少しでも長く堪能していたい。こんなに近くで彼女のことを感じることができるなんて、この先あるかわからない。

 何より彼女には姉がいる。姉の前でこんな姿を見せてはいけない。姉というのは妹に対して過度なガードを構えているからな。

 こんな姿を……俺は一体、何ん勘違いしていたんだ?姉が一緒にいないことなんて過去になかったじゃないか。つまり、今この状況ももちろん姉が近くにいるわけで、こんな姿を見せているわけで、それを許してくれるわけもなくて──


「うちの手でごめんなさいね」


 謝罪のしの字も含まれない声で言ってきたのはあつみんだった。


「これ、あつみんの手だったのか?」


 目元に力が加えられる。あつみんの手で間違いないようだ。

 残念……ではない。この手がみりあんではなかったのは残念かもしれないけど、あつみんの手だってご褒美だ。

 番犬ケルベロスの次女に触れてもらってるってことは、少しは心が許されたということの証だろう。

 だから、みりあんに優しく触れてもらえるまではあと少しということだ。楽しみだなぁ、いつかなぁ、待ちきれないなぁ。


「ちょっと、目ゴソゴソしないでよ」

「あぁ、ごめん」


 いかんいかん、男オチヤ、こんなことで心を揺さぶられていてはこの先やっていけないぞ。

 ただでさえ女性女の子に囲まれているハーレム空間なんだ。今まで理性を保ってきたのはもはや功績だろう。

 誰かノーベルハーレム賞を作ってくれ。それで、俺を選んで笑ってくれ。「お前らが笑ってた時、俺は幸福を感じてた」って名言を残したいからな。


「この手はあつみんだろ?あつみんだってわかったんなら離してくれないか?」

「ダメよ」


 ダメらしい。

 そもそも俺はどうして視界を奪われているんだろうか。何か見てはいけないものがあるから?お取り込み中だから?

 俺は我慢できる男だ。理性を保つことにおいてはスペシャリストだと自覚している。

 ……手を出さないだけで体が勝手に反応する場合は除かせてくれ。


「確かにこれは見せられないね」


 コトリの声が聞こえる。


「可哀想だもんね」


 ユキノさんの声だ。


「俺に見せられないものってなんですか?」

「なんだと思う?」


 うわっ、質問返しされた。めんどくさっ!


「まぁ、お、思いつくことと言えば、お、女の子の裸?とか?会話に参加していないみりあんなのかなって思うんですけど。さ、さすがに見たいとは思いませんよ?ユキノさんの言う通り可哀想ですしね。見ないから、見ませんからこの手をどけてくれませんか?ほら、短い間ですけど共に旅をしてきた仲じゃないですか。俺を信じて手を離してくださいよ」


 チラ見するつもりもない。これは事実で嘘偽りないものだ。

 みりあんの裸を見るなんて……じ、地獄に落ちちまうしな。見たところで俺が得することなんてない。

 そのせいでみりあんが良くない思いをするのなら、俺は絶対に見ない。見ないけど、妄想するのだけは自由だよね?


「今、何考えた?」


 あつみんさん、視界を暗くするのは別にいいんですけど、眼球を押し潰そうとしてくるのやめてくれません?目を開けた時、光が差し込んでこないかもしれないって考えたら背筋ブルブルなんですけど。


「川の上を走るモルモット」

「裸やないかい!」


 多分、顎で頭を突かれた。


「いったいな。何すんだよ」

「その頭の中から裸の要素がなくなったら離してあげる」

「裸裸言ってたら裸が浮かんでくるに決まってんじゃん」

「……確かに」


 あれ、素直に納得したぞ。


「じゃあ、離してくれるか?」


 俺にはこの状態でいる意味がよくわからない。

 下心はあるけれど、臨機応変に動けるわけで、みりあんの方に視線を向けないでほしいと言われれば緊急時でなければ向けることはしない。

 今はとにかく生徒たちを家に帰らせなければならない。それからシロコさんに会いにいかなければならない。


「もう少し待って」


 俺は何を待たされているのか。というか、実際の状況はどうなってるんだ?

 誰が対象で、どうなってるのか全く教えてくれようとはしてこない。俺が言ったことが正しいのなら、それはそれで……ゴクリ。


「はい、いいよ」


 温もりを含んだ手が目元から離れていく。そこに生まれた空間に風が入り込み、瞼が冷やされる。

 風の小さな力で瞼をゆっくりと上げる。反射して差し込んでくる光で何度か瞬きを繰り返して、慣れたと思ったタイミングで眼球に外の世界を見せる。


「で、結局何があったの?」


 振り返ってあつみんに尋ねる。


「ふふん、内緒」


 あつみんは可愛らしく唇に指を当て、片目を瞑って見せてきた。

 いつもの自分ならこんなあつみんの姿に対して全身全霊で喜ぶはずなのだが、今の俺は少し違う。


「うざっ」


 シンプルにそう思ってしまった。そして、口に出してしまっていた。


「……は?」


 あ、やべ。反感買っちまったか、これ?


「まぁいいや。さっさと行くわよ」


 周囲の状況を確認する。

 あつみんが歩き出した先にみりあん、ユキノさん、鮫田カンナ、コトリにトウカがいる。そして、俺の背後には生徒たちがずっさりと並んでいる。

 さっきと状況は変わってないと思うのだが……いや、変わってるじゃないか!


「トウカ!!」


 さっきまで横になって目を瞑っていたトウカが、二本の足で立っている。


「おはよう、ございます」


 現実の世界で何が合ったのか分からないけど、とにかく、トウカが目覚めてくれてよかった。

 心の底からホッとする。ホッとしすぎて、少し熱いくらいだ。


「女の子の寝起き顔を晒したくないからね」


 なるほど、そういうことだったわけか。

 変な妄想をしてしまっていたしょうがない俺の頭を軽く殴ってやった。

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