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わたしの永遠の故郷をさがして第二部 第二十七章 

 『一億年』などという時間は、一人の人間にとって、いったいどんな時間なのだろうか。

 正当性のある記録の限りにおいて、一億年を実際に生きて過ごした個人としての人間は、まずいないだろう。

 しかし、リリカの精神は実質一億年にあたる時間を経験した。

 肉体がないから、生きていたとは言えないかもしれないが。

 ところが、偶然同行することになった、自称「弘子」は、こう言った。

「一億年なんて、すぐよ。」

 

 確かに、過ぎ去れば、それはそれだけのことになる。

「見えた。ほら現実との境目。いい、チャンスは一回。しかっりつかまってなさい。」

 リリカの精神にも、何だかよくは分からないが、ある種の亀裂のようなものが見えている。 

 二人の精神は、その裂け目に向かって突っ込んでいった。

 まるで大気圏内に、宇宙船なしで突っ込んでゆくような感じ。

 リリカは、猛烈な力に自分のすべてが引き裂かれるように感じ、それから「ぽん」とどこかに開放された。

         *********


「さて、ここはどこかな? ああ、幸子さんのお城ね。いい、わたくしたちは今、人間には見えないの。わたくしは、でも人間に話しかけることができるわ。あなたは、わたくしにくっついていなさい。行方不明になんかならないでね。私が見えてるかな?」

 見える、確かに弘子が見えている。

 やや薄い褐色の肌が、きらきら輝いているように見える。

 長い髪も、不思議なほどの神秘的な微笑みを浮かべた口元も、大きな胸も、引き締まった腰から美しい足まで。

 薄い、ほとんど透き通った様なベールを、まとっているだけに見える。

「はい、あの、確かに見えていますけど・・・あの・・・」

「オーケー。けっこう、あなたに見せるだけで、大きな物理的なエネルギーがいるのよ。現実には存在しない、わたくしなのに。」

「え?え?」

「まあいいじゃない。さあ、皆さんにご挨拶しましょう。まだあなたには、人間に乗り移る能力は与えられていない。あなたはわたくしとは全く違う、ある存在なの。でも、よく似てもいる。まあ、そこで見てなさい。あまりふらふらしないでね。探すのめんどくさいから。」

「はあ、はい。」

 二人が出現したのは、『不思議が池の幸子さん』の寝室だった。

 リリカの時代から二億五千万年は向こうの、未来の地球。

「弘子」は、同じように人間には見えない「リリカ」の精神とともに、隣の部屋の中に入って行った。

 そこには、二人の女性・・・ひとりは「弘子」と瓜二つの少女の姿の、もう一人は、少し年上の妖しい美しさに満ちた女性・・・これは人間だろうか?・・・がいて、それから、さらに非常に強そうな成人の男性がいた。


「見えない」弘子は、彼女とまったく同じ姿の少女の中に、すーっと入っていった。

 乗り移ると言うのは、まさにこういう事、という見本のような光景だった。

 乗り移られた少女の表情が、ほんの少しだけ変化した。

「幸子さん、分かりませんか、わたくしが・・・。」

「え?」

 問いかけられた、妖しい雰囲気の女性がびっくりして言った。

「聞いているのです。答えなさい。幸子さん、わたくしが、分からないのですか?」

「え、その調子は、まさか、女王様・・・・・ですか?」

 幸子さんと呼ばれた、その何か人間離れしている雰囲気の女性が、慌てたように答えた。

「その通りです。私は、女王ヘレナです・・・。」


   『やはり、ヘレナ女王だったのか。まあ、当り前だけれどな。』

 リリカの精神は、ようやく納得した様に感じた。

   『でも、私の時代の女王じゃないのだろう。遥か未来の女王陛下。つまり、火星の未来がすべてわ    かっている、女王陛下か。』


 ヘレナ女王は、今度は、もう一人の男に向かって話しかけた。

「副所長様、お久しぶりですね。五千年ぶり、ですか。すこし変ですが。しかし・・・」

「しかし?」

 男は不審そうに尋ねた。

「わたくしにとっては、二億年以上経過してしまいましたけれど。」

「二億年?ばかな。いい加減にしろ。まったく姉妹そろって・・・・」

 その男は怒鳴り散らしていた。

 無理もない。

 リリカの精神とて、こうして経験してきていなかったら、そう言うだろう。

「なんで、じゃあ、おまえがここにいる。今まで何処にいた?」

「確かに、わたしは、あなたの目の前で殺されました。今から五千年後にね。体は、ですけれど。私の本体は・・・、迂闊にも次元の隙間にはまり込んでしまいました。勢いよくね。それで、元のこの空間に戻れなくなってしまった。・・・ちょっと考えてなかったです。人間に、こんなことが可能だとは。さすが、でしたね。」

「じゃあ、その、実際に女王様を殺した、いえ、殺そうとした、かな、という『さすが』の犯人は、誰なんですか?」

 妖しい女が尋ねている。

「ほら、ここにいるじゃないの。」

 リリカの本体は一瞬ドキッとした。

 しかし、指さされたのは、女王が乗り移っている少女自身だった。

「え?」

 妖しい女が理解できないようにつぶやいた。

「ほら。ここ。」

 女王は、自分の顔のあたりを、指さしていた。

「ええー。じゃ犯人は・・・・」

「そう、この子よ・・・・」

 女王は、リリカの精神が知らない遠い未来の話をした。

 どうやら女王様は、未来の地球でこの姿の双子の少女に乗り移っていたらしい。

 そうして、未来の地球を支配していたのだろう。

 それは、リリカ(精神)にはよくわかる。女王様にとって、惑星ひとつを支配することなど、簡単な事だ。

 しかし、双子の妹が、女王様の独裁に反発した。そう、ダレルや、自分のように・・・。

 それから、この時代からさらに五千年後に、その妹は策を図って、女王様を殺し、その本体は次元の隙間に追放された。

 長い長い時間をさまよっていた女王様の本体は、やがて、やはり同じように次元の隙間に転落していたリリカの精神に、奇跡的に出会った。

「・・・・・まあ、でもおかげで、わたしは、地球征服のやり方を、変えることにするわ。地球も、火星も、太陽系全体も、直接支配するのは、妹や『リリカ様』たちに任せることにする・・・・」


   『え? なぜそこに『リリカ』が出てくるの? それは私の事?』」


「そうすれば、幻想の未来は、すべてひっくり返るってわけね・・・・。」


   『幻想の未来? これは幻想なの? それとも本当の未来?』

   リリカの精神は、少し混乱してきていた。


「そうそう、幸子さんがお望みならば、この方を差し上げますよ。最高の夫にも、僕にもなりますよ。」

「ええー。びっくり。もう、あり得ない。すごーい。」

 妖しい女が飛び上がって喜んだ。

 男が大きな声で怒鳴った。

「この化け物め。汚らわしい・・・。独裁だって、地球支配だって? 冗談じゃない。まともじゃない。あきらかに、どうかしている。」

 ヘレナ本体が・・・妹の体が・・・答えた。

「ありがとう。だから、わたし、そう言われるの、大好きだって、言ったでしょう。それって、もう最高の誉め言葉よって。力のない、愚かな独裁者は、人々を苦しめ、挙句に国を、そうして世界を滅ぼすわ。でも永遠の命を持った、最高に優れた独裁者が、完璧な管理をしたら、世界は本当に平和になるわ・・・。何か反論できますの?。副所長さま。」

「あたりまえだ、人間は、苦労して、苦しみながら民主主義を勝ち取るんだ。与えられるんじゃない。努力するから意味がある。お互いに議論して決めるから価値がある。お互いの立場や、自由や、言論や、小さな弱い命を尊重するから、お互いが大切なんだ・・・」

「でも、一向に平和は達成できないわね。お互いが自分達の理想をぶつけ合っているだけで。このままなら、永遠に無理ね。どこかに間違いがあったのよ。よく考えてごらんなさい・・・。」


  『ああ、そうなんだ。結局地球も火星の二の舞を演じようとしているのか。これは、よく本当に考えな  くてはいけない状況らしい。女王様は、この時代の地球をよく見て帰れとおっしゃるわけね。』

 

 見えないリリカの精神は、地球人と女王ヘレナのやりとりを、とても興味深く聞いていたのだった。

 やがて『副所長』と呼ばれる男が言った。

「この、悪魔め、鬼め、魔女め! いったいおまえの正体は何なんだ?」

 

   『ああ、そうなのね。女王様の正体はここでもなお、謎なわけか。』


「だから、ありがとう、と申し上げておりますのよ。さあ、みんな、あるべき時に帰りましょう!幸子さんもね。話はそこからですわ。」


 ヘレナ女王の本体は、ふわっと、妹の体から抜け出した。

 そうして、リリカに向かって言った。

「どう、少しは状況がわかったかな?」

「あの、まあ、あまり良くは・・・。」

「そりゃそうよね。じゃあ、これから地球のこの時代を見て回りましょうか。いい、あなたに人間に乗り移る力をあげるわ。ここから出て、適当な体を見つけましょうか。さ、いらっしゃい。」

 リリカの精神にだけ見えているヘレナは、彼女を連れて『不思議が池』から飛び出した。


         ***  ***


 「思ったより、王宮は静かね。」

 リリカ(複写=アンナ)がつぶやいた。

 「ええ、ただ、誰がブリューリ様に変貌したのか、いまどうなっているのか、まだ分からないのですから、気を付けなければ。」

 アリーシャが答えた。

 王宮の通用門。

 門衛の兵士たちには、動揺の色はまったくない。もっとも彼らは、何が起こっても動揺しないように、女王によって精神誘導されている。それはよい事なのだが、異常事態の時には、多少何かしらの緊張感とか雰囲気が出ないと、周囲はさっぱり分からないという逆の問題がある。

「中の様子はどうなのですか?」

 リリカ首相が尋ねた。

「特に異常はありません。ただし、王宮内への出入りは禁止されております。首相閣下とアリーシャ様は例外となっております。」

「あ、そう。何があったの?」

「事情は知らされておりません。」

「そう、いいわ、入れて。」

 通用門とは言え、巨大な鋼鉄の門が二重に設置されている。

 検索機械による、危険物のチェックも行われている。

 登録されていない危険物が通過しようとすれば、すぐに止められて厳しくチェックされる。

 果物ナイフひとつでも、引っかかるものは確実に引っかかる。

 危険物でなくても、そうなり得るものも、すべて検査される。

「ダレル副首相は?」

「外出中です。」

「そう。」

 二人は、ゆっくりと門を通過して、王宮の裏側に回った。

 「車止め」で下車し、係官が自動車の処理を引き継いだ。

「さて、入りますか。こういうときは、王宮はあまりに大きすぎで、本当に幽霊とか怪物とか、いっぱい出そうよね。」

 リリカがささやくように言った。

「はい。確かに。」

 アリーシャは、まったくユーモアは感じていなかったらしい。

 これはしかし、いつもの事だ。

 周辺の広い庭園には、明るい照明があちこちに灯っているので、このあたりは、そんなに暗がりという雰囲気ではなく、上手にライトアップされた観光地と、そんなには違わない。巨大なスケール感が、違うだけだ。

 けれども、庭園の奥の方に行けば、暗黒の世界が広がっている。夜間、そこに出入りする人間は、普通いない。ブリューリはよくそこを散歩していたらしい。

 女王の命令で、そこに放たれる、何らかの罪を犯した人間が時々あった。

 もちろん彼らは、朝になっても、帰ってくることはまずないのだが。

 しかし、一人だけ無傷で帰ってきた人間がいた。

 ほかならぬ、ダレルだったのだ。

 女王は、この時一回だけ、ダレルを窮地に追い込む作戦に出た。

 まだ十歳くらいだった生意気なダレルが、思いっきり女王に逆らったのだ。

 普通の親ならば、押し入れに入れるところ、女王はブリューリに御仕置を依頼した。

 もちろんブリューリと話は出来ていて、最終的には消化しないで、生きたまま開放するつもりだったが、一晩ブリューリの体内で反省させる積りだったらしい。

 が、なぜか、彼を、ブリューリは捕まえることさえできずに終わった。

 それがどうしてなのか、女王は追及もしなかった。

 朝になって、ダレルがあいさつに来た時も、女王はまったく動じなかった。

 ブリューリ曰く、「誰もいなかったぞ。」であった。

 リリカは、その話を面白可笑しくダレルから何回も聞かされた。

 ダレルは、どうやって怪物ブリューリが、周囲を見ているのか考えた。どんな波長でも見えなくなればいいわけだと考えたダレルは、一種の「隠れ蓑」を工作した。

「うまくゆくなんて思わなかったよ。視覚だけじゃなくて、嗅覚や聴覚やテレパシーなんかも効かないような工夫はしたけどね。やり方は秘密。」

 リリカは、そのことを思い出していた。

「あのね、ダレルさんは、ブリューリ様を確実に退治するような術は、まだ見つけていないけれど、身を隠す技術はもっているはずなの。」

「はあ、でも、今回、とうとう見つけたのかもしれませんね。」

「だとしたら、もう力ずくでやった訳よね。ご自分の母親も犠牲にして。」

「うまくいったのでしょうか?」

 アリーシャは、気になっていたことを尋ねた。

「当然、私も気になってるわよ。わからない。」

「そうですよね。」


 二人は、再び門衛の確認を受けて、王宮の中に入った。

 がらんとしていて、人間の姿はない。

 まあ、夜の王宮の中は、大体こんなものだ。

 事務官たちが忙しく働くエリア以外は、ほとんど用がない。

 ただし、勿論、厳重な警備は行われている。

 あらゆるところが、コンピューターによって監視されてはいる。

「ちょっと、第一警備室に寄ってみましょう。」

 リリカが提案した。

「わかりました。」

 第一警備室は一階の、もう少し向こう側にある。

 広い広い通路を右に曲がる。

 それから、左に曲がって、真っすぐ行く・・・

「あら、ここ、ドアが開いてる。閉め忘れかな・・・。」

 『広報第三応接室』

 リリカは、ふと少しドアが開いたままの、その部屋をのぞいた。

 真っ暗・・・

「あ、何か動いたわ。誰かいる?」

 用心深くリリカは中に入り、明かりを灯そうとした。

 アリーシャも続いた。

 バタン、とドアが閉まり、どさっと何かが天井から降ってきた。

 冷たい、ゼリーのようなものが、むっちりと、のしかかってきた感触がリリカにあった。

「ああ、リリカ首相。」

 アリーシャが叫んで、衝撃銃を撃った。

 リリカには、べつに何も衝撃は感じられなかったが、そのむっちりとした感触は、ずるずると後ずさりした。

 すぐに明かりが灯った。

 銃を構えたアリーシャが天井方向を睨みながら、仁王立ちになっている。

「上です。空気穴から出ました。」

 アリーシャが言った。

「ふう。食べられるところだったわね。でも、助かった。ありがとう。」

「いえ、さっぱり銃は効いていなかったようですが。」

「そうね、あなたの声の方が効いたのかも。私がリリカと解って、手を引いた。」

「なるほど、閣僚は食べない、と。」

「まあ、ありがたいような、悔しいようなね。行きましょ。警備室。まだうろついてる。」

「了解。」

 二人は第一警備室に急いだ。

















  














 

 







 














 














 












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