わたしの永遠の故郷をさがして第二部 第二十六章
「うまくいったのかしら。」
アリーシャがつぶやいた。
「なんだか、自分がスイッチを押した反応とは違うような気がしました。」
「え?それどういう意味?」
リリカ(複写=アンナ)が尋ねた。
「よく説明できませんが、「オン」したタイミングより、微妙に少し早く作動したような。まさかですが。」
「光の速度より早く信号が伝わったのさ。」
「やめなさい。」
リリカ(複写=アンナ)がたしなめた。
「はいはい。しかし、すべてが消えた。とりあえず、それが答えだよ。明るくなったら検証しよう。ここは引き上げた方がよくないかな?王宮も大変みたいだ。」
「ええ、一旦帰りましょう。カレルは、すぐには帰ってくるな、みたいに言ってましたけれど。」
「うん。いやなら君はどこかに消えていたら?」
「ばかな。帰るわ。でも、いい? あなたは明日じっくり尋問するから。それとアリーシャは返してもらうからね。しっかり追及されると思いなさい。まったく、いい歳して何考えてるの。」
「おおこわ。でも、そう、うまく行きますかな? まあ、了解。じゃあ行くね。ソー帰ろう。」
「あ、ああ・・・。」
二人は空中作業車に乗り込んだ。
「大丈夫かい?」
「心配するな。いいかい、今王宮で一貫してまともなのは、君とぼくだけだと言うことを肝に銘じて、自信を持ってくれよな。それと、彼女自動車で来ていた。危険だとは思うが、アーニーが援助するだろう。こっちは空を飛んで帰るんだからね。で、ちょっと寄り道していいかい?」
「それはいいが、どこに?」
「街の様子を観察してみようじゃないか。女王とブリューリが消えた、たぶんね。どうなってるか、気になるだろう。こいつなら、夜間でも低空から観察もできる。」
リリカ(複写=アンナ)はじっと黙っていた。
運転は、通常なら当然アリーシャがするが、リリカ(複写=アンナ)が操縦席に座っている。
もっとも実際に動かしてるのはコンピューターだが。
リリカ(複写=アンナ)は、ビュリアから与えられた能力で、アリーシャの心の中を操作していた。
ただ彼女の能力は、かなり限定されていた。
相手を自分の命令に従わせることはできるが、頭の中の、あまり深くにまでは介入できない。
アリーシャは、先ほどの現場に行く間に、ダレルから画期的な疲労回復効果があるという、新開発のアイマスクをプレゼントされていた。
ダレルは、これで一儲けするつもりがあるらしかった。
もっとも、閣僚になった今は、なかなか自分自身では、制約があってできないから、何か裏の方策を使うつもりのような話だったが。
ダレルには、そうした側面もあるのか、と、少し感心もした。
試しにダレルの作業車の中でやってみると、けっこう気持ちよい。ありがたくいただいた。
まあ、確かに、いまこうして、リリカの公用車の中で、黙ったままリリカと座っているだけで、体中が疲れてしまいそうだけれども、実際のところは、いつの間にかとても良い気分になってきていた。
リリカといっしょに居られる幸せを、ひしひしと感じるし、ぽかぽかして暖かい。
何でも、彼女の為になる事なら、どんなこともしてあげたいという気分に浸っていた。
それが、会ったこともない、地球にいるビュリア様の為ならば、なおさら・・・と。
『ふうん。余計な事はいろいろ聞かされたようじゃが、改造されたりはしておらんようじゃな。しかし怪しいものじゃな。『アイマスク?』なんじゃそれは。ここに来て金儲けか? しばらく様子をみるか。わいとビュリア様に忠実なように、アリーシャの再教育はしたが・・・。しかし事態は急を告げておる。順番をつけねばならん。』
リリカ(複写=アンナ)はそんな事を、いくらかぼんやりと考えていた。
結局どうしても、女王様の事が思考の中心から出てゆかないのだ。それは、ビュリアの能力をはるかに上回る力で植え付けられている、リリカ(複写=アンナ)の宿命だった。
上空から、王都の様子をダレルとソーは窺っていた。
「カメラの映像が取れるかな?」
ダレルが言った。
「ああ、大丈夫。警備隊の車があっちこっちに出てるね。ほらここも。」
ソーが画像を指さしながら言った。
「うん、でも彼らには手出しは出来ない。まあ、気の毒なことだ。」
「いやいや、当たり前の王国民は抵抗なんかしないさ。そういうふうに、教え込まれてるんだから。どの家の中でも、ブリューリ化した人間が粛々と食事中なんだろう。抵抗する人間は、隠れ不感応者か、不適応者か、背徳者だから。」
ソーが注意した。
ダレルが、感慨深げに答えた
「まあ、そうだな。それとぼくら二人くらいかな。中央市場に行ってみよう。」
「了解。」
作業車は、ぐんとカーブを描いて飛んで行った。
リリカ(複写=アンナ)が王都の中心部に近づくにつれ、周囲はなんとなく騒然としてきた。
中央幹線は通行が確保されていたが、一歩市街地に入ると、あたりは規制線だらけになっている。
だいたい首相とその腹心が、二人だけでこんなところを通行するなどと、誰も考えてはいない。
身分証明書とか、どこにでも立ち入ることが可能なパスとかは、勿論持っているし、大体自動車自体が王宮の高官専用車なので、遠慮なくどこでも入ってゆけばいいのだが、目の色を変えて警備している現場の職員を見ると、リリカ(複写=アンナ)もアリーシャも、少し気の毒な気がしていた。
けれども、さすがにこの高級車に気が付いた現場のリーダーが声をかけてきた。
「は、首相閣下。視察でありますか。」
「ええ、そう。内密よ。どうなってるの、このあたりは。」
「いや、もう、治安はきっちりと確保されております。第一現場はこの奥、5百メートルくらい先の公民館です。地域の住民が集まって集会をしていたのですが、そこにブリューリ様が五体現れて、公民館にいた住民は、一人を除いて全員身をささげました。逃げてきた一人は、拘束して取り調べています。どうも、隠れ不感応者のようですな。」
「そう、その後は?」
「現在、周辺の民家で、お食事を続けていらっしゃいますが、スピードが落ちたので、そろそろ、ここはおしまいかと思われます。」
「わかった。要領は知っているのでしょうけれど、不測の事態が起こったら、すぐ王宮に知らせなさい。」
「了解しました。首相閣下!」
リリカ(複写=アンナ)とアリーシャは、この街区を離れて、次に向かった。
そこでも、まったく同じことが起こっていた。
その次でも。
どこでも、第一現場からの広がりは、週百メートルくらいで、1キロには達しない。
「どうやら、各街区ごとに、数人がブリューリ様に変貌して、お食事に及んだようね。」
「計画的にですね?」
「そう、間違いなく。あらかじめ変貌する人は決めておかれていて、ブリューリ様か女王様の計画したとおりに、今のところ動いているんでしょう。無意識にだと思うけれどね。まあ、ブリューリにはなった事ないから、推測ですが。」
「はあ、芸術的と言ってもいいくらいに。」
「そう、そうよ、跡形も残さず、争いの後もなく、整然とね。この規制線だって、外から中に入らないようにというよりも、中から不届きものが、逃げてこないようにするためだからね。王宮に向かおう。ちょっと連絡してみるかな。」
内務大臣のサリンズと経済食料相のモルスは、王宮で起こったこの予定外の、けれども予言されていた事態に、少しびっくりしていた。
「これは、たぶん歴史上はじめての出来事だな。」
モルスがつぶやいた。
「ああ、間違いなくね。そうして時は動いた。火星は滅亡に向かって進み始めた。」
「彼らは、伝えられている通りに、ここでは人を選んで食事していたように見えたが。」
再びモルスが、そう言った。
「私も、そう見た。あきらかに、私は無視された。悲しむべき事かな。」
「教えではそうだ。しかし、ここでは意味が違ってくる。」
「ああ、滅亡行政体制をとれと、我々閣僚は言われたわけだ。まったく前例がない新しい局面だ。食料体制を滅亡時の体系に組みなおさなければ。」
カレル女史は、状況の把握に全力を尽くしていた。
なぜか、不思議な事だが、それは文化大臣の仕事だった、という事がまず第一。
個人的にも、ほっておけない、ことが第二。
カレル女史には、誰も知らない裏の顔がある・・・、それが最も重要なこと。
そこに、リリカからの通信連絡が来た。
「ああ、リリカ首相。すみませんでした、さきほどは。ブリューリ様が一体、のしかかってきたので。でも、素通りされてしまいましたが。」
「閣僚は食べない、と女王様からは直接聞いていましたけれど。やはりそうですか。」
「そのようね。サリンズとモルスは、すぐに滅亡時体制を敷くわよ。なにしろ真面目な人たちだもの。首相閣下もあすには、そのことを発表しなくてはならないでしょう?」
「ええ、そうです。そのことでも、まずあなたと少し打合せしたいの。他の閣僚とは、その後で。これからすぐ帰るから、いいですか?」
「もちろんですが、女王様は?」
「それも、お話いたしますから。」
「わかりました。首相閣下。」
中央市場は、映像で見る限り、きれいさっぱり食い尽くされていた。
「いやあ、見事なもんだ。」
ダレルがびっくりして言った。
「もう、ブリューリ様は、引きあげたのかな?」
「どうだろう? しかし、副首相、どうするのですか?」
「何を?」
「いや、これは明らかに、『滅亡の第一現象』ですよ。あすには、遅くてもあさってには、首相がその事を発表しなくてはならないでしょう。 本来、女王様のご裁可の上で行うけれど、もし女王様がご不在でも、実行されることになる。『滅亡時特別法』の規定ではね。」
「まあ、そうだね。」
「女王様は、ご不在でしょう? ぼくたちのおかげで。」
「まあ、今のところは。だから、現在では、首相の決裁で行うことになるよね。」
「『青い絆』は、どうするのですか?」
「うむ、あの『協定』では、『当該第一現象』が起こった場合は、『青い絆』から閣僚の受け入れを行う事になるよね。まあ、リリカが動くさ。ぼくは、あまり関わりたくない。」
「いやまあ、そうでしょうが、あなたが決めたんだし。」
「そうなんだが、いくらなんでも、早すぎだし、タイミング良すぎだよね。」
「まだ、もっと裏があると?」
「うん。どうも、ぼくはやはりそう思うんだ。前も言ったが、何だかもっと別の力が働いているような気がして仕方ないんだ。」
「ビュリアではなくて、ですか。」
「そうなんだよね。確かに、今回の事態については、裏にビュリアがいて、彼女の想像を絶する力で関与している。それは、そうだと思う。しかも彼女が、ブリューリや女王様とも、ぼくたちが知らない何らかのつながりがあって、いろいろな方法で皆を操っているんだとしたら、なんとなく説明がつくような気もするよね。しかもおまけに、その裏にあのビューナスがいたりして、ね。実際一番の黒幕は、ぼくはビューナスなんじゃないかなあ。と思っていたんだけれど。火星は太陽の周りを廻る。太陽は銀河系の周りを廻る。その銀河系も銀河団を形成し、銀河団や少し小さな銀河群は超銀河団を構成し、そこにはぼくたちには見えていない暗黒物質が存在し、みたいにね・・・でも、それじゃあ、人間たちのすることを、宇宙と同じようにして、あまりに全部を結び付けようと無理やりお弁当箱に詰め込んでるみたいな気もするしねえ。最終的な事は、まだ良くはわからないんだ。」
「でも、火星は滅亡するのですね。」
「そう、このままだとね。それはでも、ブリューリの哲学に基づいている。他のものは、みんなそこに乗っかって、うまく自分の利益を得ようとしているんだよ。でもとにかく、火星が滅んでは、お互いに話にならないだろう。まずはブリューリを排除することが第一だったんだ。今夜の事で、親玉を排除できていたらいいんだけれどなあ。でも、子分たちの増殖が、それで止まらなくては、やはり話にならないだろう。漫画なら、妖怪の親玉が死ねば、子分も崩壊するけれど。もし親玉なしでも、この悪夢が続くのだったら、早く駆除しなくては。だから、君にまずお願いしたいのは、今夜怪物化した人間の特定なんだ。おそらく、一旦人間に戻ると思う。人間でいる間に、早く捕獲したい。アーニーに協力は頼んだ。だから君が苦労しなくても、きっと明け方にはデータをくれるよ。明日は、いろんなことがいっぺんに起こるさ。いいかい、でも、それで解決にはならない可能性も高い。新しい怪物が毎日次々に出てくるとかね。そうしたら、イタチごっこになりかねない。ぼくは、そこを止める手立てを考えるよ。なにしろ火星政府は、基本的にブリューリ様の決めた路線に沿って、火星人類滅亡に尽くすはずだからね。ぼくたちは、政府内の反逆者だよ。社会的にも明らかに『背徳者』さ。だからビュリアや、アダモスやカシャや、改造されたリリカの協力が今は絶対必要なんだ。それに・・・」
「はあ、それに?」
「うん。ぼくは、正直言って、今夜うまく親玉を処理できたなんて、信じないほうが良いと思うんだ。」




