わたしの永遠の故郷をさがして第二部 第二十五章
夕闇は、大抵もの悲しいしいものだけれど、それはまた食事の合図でもある。
ヘレナ女王とブリューリはいつもより早めに動き出した。
まだ人間の姿をしていたが。
だいたい、なぜヘレナがアーニーの存在を無視していたのか。
確かにヘレナは、アーニーの動きがおかしいと気が付いていた。
そうして、アーニーの言動から、ある事実を推測してしまった。
けれども、アーニーが自分以外の誰かに許可なく接触するなんて、本来あり得ない事だったのだ。
あり得ないことほど、危ないものはない。
ただ実際は、もう少し、ばかばかしい事だったが。
とにかく、二人・・・というよりも怪物二匹は、地下深くに降りてゆき、女王自慢の高速移動システムに乗り込んだ。
ゴンドラは一つだけ。豪奢な座席が四つ向かい合っている。真ん中には立派なテーブルもあった。
そうして、50年物の「ドラム酒」も置いてあった。
こんな乗り物は、ブリューリでさえ、初めて見るものだった。
「なんでこんなものがあるのを、隠していた?」
ブリューリは詰問した。
「あら、隠していたはずがないでしょう?あなたが求めなかったからよ。」
ブリューリは回答できなかった。
「そうか。いつ作ったんだ。」
「大昔、あなたが来る前。」
「それは、古いな。ちゃんと動くのか?」
「まあ、見てなさい。」
それは、音もなくプラットホームから滑り出した。
早い。
「最高出せば、時速900キロは出る。でも、今はそこまで出さなくてもいい。十五分もしたら目的地に到着よ。ほら乾杯!。」
二人は、食前酒を頂いたのだった。
「まあ、今夜は楽しみな事だな。」
「ふん?」
ブリューリがなにか企んでいることは明らかだったが、女王ヘレナにはそれを追及する意欲が、もう無くなっていた。食欲がやたらにつのるばかりだったから。
『ヘレナが動きましたよ。高速移動システムを使うようです。』
「なに、それ?」
リリカ(複写=アンナ)がアーニーに尋ねた。
『地下に張り巡らされた高速鉄道移動車です。』
「いつの間にそんなものを?」
『あなたが生まれるずっと前から。』
「はあ・・・。まだ、わいの知らんものがあるか・・・。」
『はあ?なんですか?』
「いえ、いいの。目的地は?」
『間違いなくそこだと思います。』
「そう。ダレルさんは?」
『すでにソーさんと移動中。アリーシャさんも。』
「ええ!? まあ、やはりと言うか、あからさまなと言うか。一体どこに行くのかな?」
『たぶん、そこでしょう。』
「あなた、分かっていたの?」
『まあ、そう、推測していましたが、それが何か?』
「まあ、いいです。何をするつもりなの?」
『直接聞いてください。』
「まあ、おかしなコンピューターね。」
『ヘレナからも、そう、言われますよ。』
「いったい、あなた誰の味方なの?」
『もちろん、ヘレナです。』
「あのね! もう、いいです。」
『了解。』
「女王が王宮から出た。地下の高速移動システムを使っている。」
「君が言ってた、古代のシステムか?」
「そうさ。偶然見つけたんだが、立派に現役だったわけだ。」
「あなた、どこから情報を得ているの?」
アリーシャが尋ねた。
「アーニーさんから。」
「だれ?」
「女王の隠し秘書兼工作要員さ。」
「はあ?」
「まあ、行けばリリカが教えてくれるさ。すでにご到着のようだから。」
「そう。」
アリーシャは首を上下左右に振った。
ダレルたちは、空中工作車を、文字通り飛ばした。
「まったく、あなた何考えているの。アリーシャ、あなた何されてたの。」
「いえ、まあ監禁はされてましたが、特に何と言う事は、ないです。」
リリカ(複写=アンナ)は、珍しく本気で怒っていた。
「特に何ということはない? ありえない。この人が、お遊びで監禁するはずがない。この年でもう洗脳工作の専門家なのよ。」
「君もだろ。」
ダレルが、あっさり言った。
「わたしのは、副産物よ。目的じゃやない。」
「ほう、じゃあ、地球で何があったか、全部正直に言ってみろよ。ビュリアは君の何なの? ほら。」
「はあ? 何それ。」
「いいかい、ぼくを見くびっちゃあいないと思うけれど、ビュリアの安全が保たれるのは、ぼくのおかげだと思ってほしいな。」
「それ、強迫?」
「ほう、やはりそう思うの? 何で君がそう思うの?」
「あのね!」
「あの、それは、後からにしてください。今は、化け物退治ということで。」
アリーシャが割って入った。
リリカ(複写=アンナ)は、少し助かった。
「そうだね、君、女王たちをどうするつもりなの?」
「あなたは?」
「君からどうぞ。」
「あのね、私は首相よ。副首相から言いなさい。命令です。」
「そう。じゃあ、ぶっ飛ばす。」
「え?」
「施設ごと、ぶっ飛ばして、すべて消滅させる。地球の、あの場所のように。」
「それは・・・思ってなかった。いくらなんでも。それにあの装置は、まだあの宇宙艇にしか装備していないと思うけれど。あなた、お母様を消すつもり?」
「そうだよ。他にどうするの。怪物になった女王を生かしておくことが、すでに彼女にとって生き恥をさらすことなんだ。もう、消してやるべきだ。怪物の姿なら、やりやすいしね。」
「わたしの、祖母でもあるのよ。」
「そうだね、で、君はどうするの?」
「瞬間冷凍する。部屋ごと。もうすでに用意は出来てる。とくに装置は必要ない。ここから空間自体を細工するから。」
「じゃあ、君が先に冷凍にしろよ。直後にぼくがぶっとばす。固まってる方が確かにやりやすい。」
「いえ、やっぱりそれはだめ。いい、私は、ブリューリを女王の体から引き離す方法を探ってる。もうすぐ答えが出そうなんだから、消されちゃ困る。」
「失敗したら?」
「いえ、失敗なんかしないわ。」
「いいかい、相手がだれか考えろよ。二度目は多分ないよ。ここはもう、あきらめて、消してやるんだ。理論的にも、あれですっ飛ばせば、物質ならすべて消える。例外なしだ。」
「女王の本体は?」
「それは、もし残ったら逆に問題ないさ。もう、怪物じゃない。そうだろう。解放できれば、それに越したことはない。」
「ううん・・・。」
「決まり。まずは、本人たちが来てくれなきゃ話にならないが、情報ではすでにここに向かってる。」
アーニーの声が、ダレルの頭の中に聞こえた。
『来ましたよ。地下まで。』
「来たようだ。隠れよう!」
「あとは、エレベーターで上がるだけ。もう長い時間、誰も使っていないけれど。大丈夫、壊れたりしない。」
「流動化しよう。」
「ええ、もう、わたくし、がまんできないわ。」
二人は流動化し、怪物となって、地上へのエレベーターに流れ込んだ。
ちょうどそのころ、王都の中では次々に異変が起こっていた。
今まで普通だった人間たちが、次々に流動化し、ブリューリに変貌し始めていた。
その数は、おそらく数十人、いや、もっと。
王都だけでは無かった。
各地で、人間たちの姿が崩れて、怪物化していた。
彼ら怪物化した人間は、食料を求めて移動していった。
ブリューリは、しかし、神聖と言ってよいほどの存在だ。
人間のままの人々には、手を出すことができない。
すべては、ブリューリたちの、欲望のままだった。
「来た。ほら、あそこ。」
ダレルが、施設内の映像を見ながら言った。
「予想通り、中央保管室に行くわね。」
「ああ、保存食で一杯だ。ほら自動解凍が始まって、もう動き出した。生きのいい、新鮮な生体だ。君だって食べたいんだろう。」
「こんな時に、言わないで。」
「失礼。じゃあ、しっかり再凍結させてやれ。ソー、こっちも準備してくれ。」
「了解。」
「アリーシャさん、手伝って。」
リリカ(複写=アンナ)がアリーシャに言った。
「はい。」
『ダレルさん、ちょっとまずいことになってますよ。』
アーニーが耳の中に連絡してきた。
そこで、ダレルの通信機に通信連絡が入った。
一方、リリカ(複写=アンナ)の通信機も鳴った。
「待って。はい、ダレル。」
『副首相、緊急事態です、いまどこですか・・・・・・。』
***
「はい、リリカです。」
『首相? カレルです。王都といくつかの都市で、多くの人間がブリューリ様に変身して、食料を求めて混乱が起こっています。かなりの数ですが、詳細はまだ不明です。王宮内でも、混乱が起こっています。ここには戻らないほうが良いかもしれない。あ、まずい、またあとで・・・。』
***
「なに、それ・・・。」
「聞いたか?」
ダレルが、リリカ(複写=アンナ)に確認した。
「多数のブリューリ様が出ていると・・。」
「言わんこっちゃない。ほら、しっかりしてくださいよ、首相閣下。まず、ここをかたずけてから考えようよ。」
「あす、『首相令』を出すと言うのに。」
「待ってくれると思う方が、どうかしてるさ。ほら、自分のことやって下さいよ。」
「ええ・・・わかったわ・・・アリーシャ、準備できた?」
「ええ、スタンバイ完了です。」
女王と、ブリューリ本体は、猛然と人間たちに襲いかかっていた。
数千人の、それぞれがきちんとしたカプセルの中で凍結された人間たちが、広大な部屋の中に整然と並び、いまや眠りから目覚めたばかりだった。
彼らはもともとコントロールされているとはいえ、寝起きを襲われて、意識が戻った次の瞬間には、もう存在していなかった。
二つの怪物は、ものすごい食欲で、次々に襲い、完全に消化してゆく。
その光景を画面で見ながら、リリカ(複写=アンナ)は小さく叫んだ。
「いくわよ。スイッチオン、凍結!」
巨大な食料保管庫の内部が、一挙に超低温になった。
すべての物質が凍り付く。
ブリューリ、二体の動きが止まった。
「よし、ぶっとばす。」
ダレルの意識が指示した。
何もないはずの空中から、一条の光が降り注いだ。
食料施設そのものが、この世界から消失した。