わたしの永遠の故郷をさがして第二部 第二十四章
リリカ(複写=アンナ)は、ブリューリと女王の「巣穴」を封鎖する方法を検討し、今夜実行に移すつもりだった。
一方、ダレルとソーは、そこではなくて、食事をしている「家」を狙う考えでいた。
あくまでも、どちらも表向きだが。
アーニーは、実はその両方を支援していたわけなのだ。
しかし、なぜ星態コンピューター「アーニー」が女王を裏切るような行動に出ていたのだろうか・・・。
女王ヘレナは、王宮の自室でぐったりしていた。
長年ブリューリ化してしまっていたうえに、とうとう流動化して、ついにブリューリそのものとなった女王にとっては、人間の姿に戻っていることは次第に重荷になってきていた。いまは、食事を終えて消化が終了すれば人間に戻るが、そう遠くなく人間に戻ることはなくなるだろう。意識して人間に変態することは出来るが、あくまでも、それは仮の姿である。もはや、真実人間ではなくなった、という事なのだ。
今なら、まだブリューリを分離することが可能だ。
その期限は、どんどん近くなってきているが。
「女王様、お食事はいかがでしょうか?」
長年仕えていた、女王の侍女が尋ねに来た。
女王は大きな椅子に向こう向きで座っているので、姿は見えていなかった。
足元にいつも女王がかけている高級なケットが少し覗いている。
他の若い職員達は、怖がって近づこうとはしなくなったので、彼女が一人で対応に当たっている。
実際、女王がブリューリ様そのものになったという噂は、もう王都全体に広がってきていた。
別に誰かが意識して広めたわけではないし、ブリューリ様は人間たちにとって、ある種の信仰の対象のような存在だったのだから、女王がブリューリ様そのものになったという事は、つまり予言されている火星の終末が、いよいよ近づいたという確かな標しだった。
「いいわ。置いて行きなさい。」
女王は、それだけを言った。
侍女は、それ以上何も言う必要はなかったのだ。
しかし、長年仕えたという彼女のプライドが、少し許さなかった。
「女王様、何かお食事を召し上がりませんと、お体に障りますよ。」
彼女は、ひざ掛けを治してあげようと思い、女王の前側に回った。
そこで彼女は見てしまった。
上半身は女王という人間だが、下半身は青く透き通った、ゼリーのような流動体・・・。
「ああ、あの、恐れ入ります。」
彼女は、慌てて引き返そうとした。
「待ちなさい。そんなに慌てないで。どうしたの、あなた。わたくしが怖いの?」
「いいえ。あの、少しびっくりしただけで、ははは・・・。」
「大丈夫。怖くないわ。ほら、ね。」
女王は、美しい腕で、侍女の顔を撫でてやった。
そうして、からだを寄せてきた。
女王の体全体が、見る間に流動体に変化して、そのまま侍女を包み込んでしまった。
「私を、閉じ込めてどうするの?」
アリーシャは抗議した。
「まあ、突発的な出来事さ。」
ダレルが軽く言った。
手には例の衝撃銃が握られている。
調整の度合いにもよるが、今の設定だと丸一日は目覚めない。
「君が協力してくれるなら、考えてもいい。」
「どう協力しろと?」
「いいかい、考えてみよう。ぼくと、ソーと、リリカは、テロリスト「青い絆」と協定を結んだ。それは、女王が行ってきた「人喰い」の習慣を止めて、火星を民主化するという目的は同じだから出来たことだ。ただし、行きがかり上、リリカは女王やテロリストに頭の中をいっぱいかき混ぜられて、一種のロボットミュータント人間になってしまっている。しかも、これまた何かの間違いで、二人に分裂している。その人格は全く違うようだったが、今は同じ人格に平均されてしまっている。彼女は、本来女王の言いなりだったが、今はビュリアの方が支配するようになっている。わかるかな?」
「うそばっかりでしょう。」
「違うね。真実さ。君は女王の支配下にあるが、僕が見るところ自主的な理性のかけらは残っている。いいかい、その視点で見てほしい。君が女王を崇拝したい気持ちは理論的には理解できる。ぼくだって、不感応な人間を、女王の言いなりにする機械をずっと開発してきたんだからね。偉そうに言っても、ぼくは彼女の奴隷だったことに於いて、君たちとそう変わりはない。でも、いまはそんなこと言ってられないんだ。これまで説明したように、火星はもうぎりぎりのところに、あっという間に追い詰められてしまった。君が格闘技で見せる、あの急襲作戦みたいにね。理性的に考えてほしい。夕べ見た、ブリューリ二人による、人間の大量殺りくの実態を考えてくれたまえよ。」
アリーシャは返事をしなかった。
彼女の中では、女王への忠誠心が、夕べのおぞましい映像と大格闘を演じていた。
「で、とにかく僕に協力してみてほしい。リリカとぼくは、たぶん同じ行動をとろうとしているんだ。ただしどうやら別々にね。お互いが相手を信頼しにくくなっている。ぼくは、ビュリアを信用できない。彼女は、人間じゃなくて、ミュータント中心の世界を作りたがっている。人間を食べたりはしないだろうけれど、結局は似たような社会をね。アダモスは、ぼくに似ているところはあるが、もっと機械的な管理社会を作りたいんだと思う。緩みの少ない、きちっとした社会さ。リリカはこの二人の手先にされてしまった。ぼくはね、人間が作った法律が支配する、一般人が主権を持った、当たり前の社会を作りたい。寛容な精神が優先される、ある程度いい加減な社会をね。支配者は、個々の国民から権力を預けられているだけ。しかも権力は分立されていて、お互いをけん制し合ってバランスをとるんだ。」
「強力な力が中央にいないと、バランスはとれないわ。」
「それとこれとは、必ずしも矛盾しないんだよ。国民が望めば、権力者は解任されるんだ。」
「それじゃあ、不安定になるだけだ。」
「違うね。みんなが安定させようと努力するから、必ずしもそうじゃない。国民が一旦不安定を望んででも新しい安定を求めるなら、それもいい。」
「他の星に攻略される。」
「だから、確かに一定の防衛力は必要悪だ。でも、それが最終目標じゃない。」
「うまくゆくわけがない。絶対にね。」
「そうかい。でも、君はリリカを支援しようとしていた。ぼくとそこのところでは敵ではない。協力してほしい。ビュリアのような種類のミュータントに実権を握られたら、人間は立つ瀬がないよ。お試しでもいいから、今夜協力してほしい。その後の事は、ゆっくり考えたらよい。」
「わたしは、ビュリアという人に会ってもいない。でも、まあ、ダレルさんがそう言うんだったら、付き合ってあげる。今夜だけは。でも、私の安全は保障できるの?」
「相手が相手だから、危険性はついて回る。絶対じゃあない。できることは勿論する。」
「まあ、現実にはそうでしょうね。で、わたしは何をすればいいの?」
「見ていればそれでいい。」
夕方、ブリューリがヘレナ女王の傍らに来ていた。
時々王宮の片隅で見かける、哲学者風の読書家の姿で。
今も、手には分厚い本を開いている。
女王も、今は人間の姿で安定している。
「わたくし、午前中うまく人間の姿に戻れない時間があったのよ。とくに、下半身が。」
「そうか。しかし、それは多分まだ突発的な事態であって、恒常的なものではない。」
「ええ、そうね。きっとね。でも半分ブリューリだと、人間に触れると、すぐに食べたくなってしまうの。」
「それは、本能というものだ。仕方がない。」
「そう。あとどれくらいかかるの?」
「そうだな。まあ、一週間はかからないだろう。人間に戻らなくなれば、完成だ。」
「ふうん。あのね、いいこと教えてあげる。リリカさんたちが、わたくしたちを捕まえようとしているみたいなの。」
「それは、不可能だ。」
「必死で、私たちの大切な「巣」を探しているみたいなの。多分、いくつかは見つけたわ。構造を解析している。」
「一つや二つではない。三百以上はある。無駄なことだ。」
「でも、意外と手ごわいわよ、あの子。」
「お前の力を一部開放してやる。空間移動すれば、すぐ逃げられる。」
「まあね。でも、・・・ふふふ。」
「なんだ、気持ち悪い。」
「まあ、気持ち悪いのは人間からみたわたくしたちよ。リリカさんが行う事は、抜け目がない。気を付けて、「巣」には近寄らない方がいいんじゃないのかな。」
「ならば、食堂の方が、もっと危険だろう。」
「あたり。きっとそっちも細工して来る。」
「しかし、ここは居心地がよくない。「巣」は天国だ。そうだろう。」
「ええ、このところ、わたくしも本当にそう思えるようになってきたわ。もっと人間を食べたいし。」
「ならば、食堂では無くて、おおもとの倉庫をまるごとで、どうかな。」
「いいわねえ。今夜はちょっと早めに出かけましょう。わたくしだけにしか使えない地下通路があるの。そこから直通で行けるわ。おそらく、十万体はある。食べ甲斐があるわよ。それにしても、どうやらリリカはダレルとつるんでいない様子。怪しいけれど、ダレルの心は読めないし。リリカの意識もなんか変なんですよね。まあ、わたくしが、あまりもう、関心がないから。」
「それでよい。お前は、もう食べることだけに専念したらいい。あとは本能的に逃げればよい。私がそこは援助する。そうすれば、火星は間もなく滅亡する。」
「さて、アーニー君、出て来てくれ給えよ。」
ダレルは中空に向かって言った。
部屋の中は、彼ひとりきりになっていた。
「なんですか。ダレルさん。」
「何ですか、はないだろう。もうすぐ行動の時間だよ。」
「だから?」
「だから、って、まあ出陣前は意思統一をするものだ。」
「それは、人間の習慣です。」
「はあ、つれないことだ。しかし、いいかい、ぼくの本日の目標は食堂じゃない。敵はそこじゃない。」
「まあ、リリカさんも、そうお思いのようですが。」
「そうかい?」
「ええ。まあ、あなた方が意地を張り合って話し合いもしないので、アーニーは調整するのが大変ですがね。」
「話し合わないことによって、うまくゆくこともある。」
「はあ、言い訳のような気もしますがねえ。」
「リリカは、何をしようというの?」
「まあ、施設全体を完全凍結させるおつもりのようですが。」
「絶対零度にでもするつもりかい?」
「それはさすがに出来ないでしょう。」
「君でも?」
「アーニーは魔法使いではありませんからね。」
「でも、君がするんだろう?」
「まあ、そうですが。」
「で、ぼくのは?」
「無茶苦茶ですよ。あの装置はまだ完璧ではありません。」
「でも、異次元に吹っ飛ばせる。」
「帰ってこられないですよ。普通ならですが。」
「それでいいのさ。」
「アーニーが理解するところ、もしヘレナが通常の力を発揮できれば、どんな空間でも移動は自由です。他空間に飛ばしても、例外を除けば、帰ってきます。」
「例外があるの?」
「ええ、そこです。どこかの空間の狭間に入ってしまうと、出られない可能性が高いです。また凍結されていたりすると、少しづつ解凍しないといけないので、ちょっと時間が掛かるでしょう。」
「空間の狭間に入れられるの?」
「意図的には、できません。よほどの偶然が働くか、とんでもない天才が現れるか、しないと。」
「とんでもない天才が、いるのかな?」
「今はいません。これまでも。でも、お二人がこの先、そこに到達する可能性はあります。」
「はあ。」
「なので、まあうまく凍結させるのと、異次元に吹っ飛ばすのとが、グッドタイミングで同時に行えれば、もしかしたら一時的に火星が解放されるかもしれません。」
「どのくらいの間?」
「それは、もう、ヘレナの状況次第ですねえ。アーニーにも、ブリューリの実力は目下のところはっきりしませんし。もし、凍結追放できても、原点ゼロの場所に戻ってきたら、何もなかったことになります。やってみるしかないです。」
「完璧な方法が見つかるまで、で、いいんだ。何とかしろよ。この世で最高の頭脳をもつ君なんだから。」
「まあ、おだててうまくゆくなら、それでいいですがね。」
「変なコンピューターだな。」
「ええ、ヘレナからも、そう言われますから。」
「リリカにも、話したのかい、同じことを。」
「いいえ、あの方からは、まだ、何も言ってきません。先に言ってきた方にだけ話すつもりでした。」
「なぜ?」
「面倒くさいからです。」
「はあ?」
「まあ、人間の手では、どうしても誤差が出ます。凍結も、ぶっ飛ばすのも、アーニーが主導権を取ります。人間にはわからない位ですよ。あなた方が知っていようが、知るまいが、アーニーには関係ありませんから。」
「なんだか、やる気なくすなあ。」
「まあ、まあ、その技術の「基礎」を作ったのはお二人ですから。気を悪くしないように。」
「はあ? まあ、いいか。じゃ頼むよ。」
「了解。」
ブリューリは、ひとりで考え事をしていた。
「人間の姿をしていると、どうも、ものを考えると言う悪癖がついてしまう。考えるという事は、停滞だ。食料を得ると言う目的こそ、すべての手段の答えなのだ。他になにがある?」
薄暗い王宮の地下。
ここには膨大な数の書籍が、読む人もなく、きちんと埋もれている。
「これらは、近く本当に無意味になる。地球人は、これらを知ることにはならないだろう。もし、将来これを読む者があるとすれば、それは再興した後の火星人だ。ま、まだ読めれば、だがな。」
ブリューリは、一冊の本を手に取った。
それは、他の本とは離れて、特殊なケースの中に包まれていたものだ。
「懐かしいな。これが火星の物じゃない。なんて誰も知らないが、気に留める者もいない。ヘレナが見れば、正体が知れるだろうが、もう忙しくてそれどころじゃない。バカな話だ。まったく。」
ブリューリは、本をケースに戻して封印した。
「まあ、火星の滅びは確定した。すべてはビューナスがやがて消し去るだろう。それでよい。」
ブリューリは、首を左右に振りながら出て行った。




