わたしの永遠の故郷をさがして第二部 第二十二 章
女王ヘレナとブリューリは、用意されていた「普通人」のすべてを食べ尽くしてしまった。
もちろん、あとかたは何も残っていない。
彼ら「食用普通人」の街は、あくまでも平静そのものだった。
ようやく二人が食べるのを止め、暖かい床の上で動かなくなったとき、王宮のコントロール室の主任も放心状態で、自分の椅子の上で仰向けになってしまっていた。
室長は、ずっと立ったまま指示を出し続けていたが、ようやく近くの椅子に座り込んでいた。
そのまま、永遠の時間が過ぎ去るような気もした。
しかし、しばらくして、二体のブリューリたちは動き出した。
そうして移動用の穴から静かに退出して行ったのだった。
「今夜は、終わったな。」
室長がぼっそりとつぶやいた。
この恐ろしい食事は、次の晩も、また、次の晩も続いたのだ。
女王とブリューリ本体は、王宮には帰らず、近くの森の中に巣を張ってしまっていた。
彼女がようやく自室に戻ったのは、行方不明になってから五日目の早朝の事だった。
その姿を見た侍女は、あまりの女王の輝く美しさに、「眩しくて目がくらむような気がした」と、侍従長に語った。
しかし、女王は以前よりもはるかに神秘的になり、口数は少なくなり、政治などにはまったく、口をはさむことを止めてしまった。
いったい何が起こっているのか、王宮の幹部も、政府の大方の幹部も、王国民も、しっかりとは認識できなかった。というよりも、感応者たちはみな、女王からそのように操られていたのだった。
あのような大量殺りくが行われていても、それが異常だとは、誰も感じていなかったのだ。
それは、自分たちも同じように、毎日「普通人」を食べていたのだから、当然だったが。
しかし、ダレルは違う。彼は、彼とソーだけは、この事態がもう尋常な事ではないことが分かっていた。
しかし、リリカの補佐役である、アリーシャは普通の感応者だった。
彼女は、ダレルとソーに呼ばれて、この事態の説明を受けていた。
「そんな、でも、それって何でしょうか?」
彼女には、事の重大さが、どうしてもピンと来なかったのだ。
「わたしには、よくわかりません。女王様が怪物に変身したと言っても、それは女王様の素晴らしいお力の一つにすぎません。「普通人」を食料とするのは火星の伝統です。女王様が食べ過ぎるのは、昔からです。
女王様は、犯罪者を動物に変身させるという事は、これまでも、わりと行っていましたよね。あの、教授の場合もそうです。特にどこが異常という事もありません。それより、テロリストと協定を結んだあなた方の方が大問題だと、申し上げているのです。」
「ふうん。困ったものだな、ソー。どう言えばいいんだろうか。」
「そうですね、アリーシャさん、リリカさんに異常はないですか?」
「異常?いえ、別に問題ないと思います。」
「言葉も?」
「言葉、ですか?いえ、まったく。」
「ぼくが二時間与えたのが間違いだったんだ。その間に、リリカは自分の意識の調整をしたんだろう。なんでぼくはそんな簡単な事を、予測しなかったのか。自分がばからしい。操られたのかな?」
「まさか。」
「いや、女王のような能力じゃなくて、アダモスのような物理的な方法なら可能性はあるよ。」
「なら、ぼくもそうだ。」
「ああ、確かに。」
「あなたがた、何の話をしているの? 私は、お二人が反逆の意思を持っているのではないかと、言っているのですよ。まだリリカ首相には言っていませんが、これは大きな問題です。」
「ねえ、アリーシャ、もう一度よくこの映像を見て考えてくれよ。僕たちがもし、反逆者なら、リリカもそうなんだよ。なぜそこを飛ばして考えるの?」
ダレルが言った。
「確かにそれはおかしいだろう?」
と、ソーも追加した。
「そんなことは、あり得ないからです。」
「あのね、いいかいほらこれ見て、ほら。」
嫌がるアリーシャの目に前に、ダレルは大きなスクリーンを張った。
「ね、これを見て。この女。ただ者じゃない。これは強力なミュータントなんだ。彼女はリリカの心を操っていた。ね、自分でそう言っているだろう?聞こえない?」
「聞こえました。確かに。でも、これは一種のジョークですよ。」
「ジョーク?そうじゃない。いいかい、ぼくたちはこう思う。リリカは、この女、ビュリアに感化されたんだ。つまりリリカにはこの女と同じような感応力が備わってしまった。相手の人間を操れるんだ。その能力の程度はわからないよ。でもね、君はリリカに、つまりはビュリアに操られている、という事だと思う。僕たちは不感応だから、それは出来ない。」
「じゃあ、あなた方は、何ですの?あなた方も、リリカさまもが反逆者の仲間なら、こんな会話はおかしいです。」
「そうさ、君ももう、反逆者の仲間なんだよ。いくらか違う形ではあるが。」
「え・・・・。」
「君は、リリカがおかしいと思わなかった。この映像を見ておきながら。変だろう?」
「変、ですか。いえ、そんなこと考えられません。」
「僕たちをこうして追及しているが、誰かに密告した?」
「いえ、それは・・・・。」
「どうして?」
「どうしてっ、て言われても・・・・。あれ、どうしてだろう?分からなくなってきた。」
「ちょっとまってくれ。でも、アリーシャさんがこの映像を見たときは、一人だった。ビュリアも、リリカもまだ地球にいた。そうだろう?」
ソーが、やはり少しわからなくなって言った。
「ううん。確かにそうだな。でもね、誰かがいるんだ、と僕は思っている。この物語全体をプロデユースしている、別のものすごいミュータントがね。それは、ビュリアじゃないかと、会った瞬間、ぼくは思ったんだが・・・アーニー、君じゃないよね?」
「はあ? あなた誰と話してるのよ?大丈夫?」
アーニーは返事をしてこなかった。
「ははは、気にしない。ねえ、ソー。ビュリアはやはり怪しいよ。」
「ううん。そうだな。でも、地球から火星まで操る力があると?」
「ああ、そうなんだ。だから少しぼくも迷ってきた。」
「あのね、だから話題をそらさないでください。」
「そらしてないよ。いい、アリーシャ、リリカも君も、女王に何度も頭をいじくられてきた。わかる?」
「それは、当然のことです。あたりまえの王国民は皆そうです。それが普通なのです。あなた方が、異状なのです。」
「いやいや、まあ、それは置いといて、事実はそうなんだ。そうして、何だかあっちこっちで話が食い違うような気がするだろう?しない?すっきりしないんだよ。何かがおかしい。」
「いや、だから・・・・・」
「ねえ、アリーシャ。ブリューリが二体になった。もう一体は、明らかに女王様だよ。そうして二人が最初の一晩で食べた人間の数は二千人以上だ。しかも二日目は三千人。三日目は四千人。まあ、どこかで上昇は止まるかもしれないが、もし毎日二人で一万人食べるようになったら、一週間、7日で7万人。年間365万人食べちゃうとしたら、どうなる? しかも思うに、もしこの先、怪物化する人間が増加したらどうなるの? 首都の「支配人」の半分が、みな怪物になったら、どうなる?それが全火星に広がっていったら、どうなるの。」
「何の話なの。それは。怪談?」
「君は、それを考えられないように洗脳されてるんだ。いいかい、ぼくたち支配種全体が、怪物化する可能性がある。そう考えるべきなんだよ。アッと言う間に火星は滅亡する。リリカはすでにそれを理解したはずなんだ。女王に洗脳されていたものを、ビュリアとアダモスが再洗脳と改造をしたに違いない。あの二人が共同することで、これまではできなかった事、そんなことが可能になってるんじゃないかと思うんだ。で、その同じリリカが二人作られた。両方のリリカは、地球でミュータントとしての能力を持った。おそらくある種の不感応にされたか、もっと複雑な、例えば二重思考人間とかに改造されたのかもしれないな。その可能性の方が高いような気もする。女王に見抜かれないようなね。でも今のところ君の意識は、適当にうまく操るくらいにとどめている。それは、リリカにはビュリアまでの能力はできていないし、しかもここには施設もないことが理由。で、きっと危険だからだよ。ブリューリや女王に悟られたくないから。」
「ばかな!!ふざけないで。」
アリーシャは立ち上がって、部屋の中をぐるぐる回っていた。
「ねえ、アリーシャ。この話を知ってしまった以上、君は危険人物だ。ブリューリや女王にとっても、ぼくたちにとってもね。このままでは家に帰すわけにはゆかないんだ。」
ダレルの手には、衝撃銃が握られていた。
彼は発砲し、アリーシャはそこに倒れた。




