わたしの永遠の故郷をさがして第二部 第二十一章
「人間を丸呑みすると、こんなにおいしいとは!」
流動化して怪物ブリューリそのものになっているヘレナ女王は感じた。
しかし、この形態では話ができない。
ブリューリ本体とは、テレパシーのようなものでつながっているので、お互いの喜びが共鳴し合っている。
この言わば「ブリューリ食堂」を管理している王宮の管理室は、緊張状態に包まれていた。
「ブリューリ様が二体現れていて、ものすごい勢いで食事をなさっています。こんなすさまじい速度見たことがありません。」
アンドロイドの主任が室長に訴えていた。
「このままでは、食料が足らなくなりそうです。女王様のお怒りが飛んできますよ。」
モニターで現場の状況を確認した室長が檄を飛ばした。
「とにかく、周辺の工場から可能な限り集めろ!」
「わかりました。でも、間に合わないかもしれません。」
「間に合わせろ。高い給料もらってるんだろう!」
主任は首都周辺の食料倉庫に連絡を取り、地下通路からの搬入を急がせていた。
地下には、高速移動車の通路が張り巡らされている。
各食料倉庫からは、生きの良い人間が高速移動車に次々に乗せられて行った。
彼らの感情は常に管理されていて、いつでも自ら食べられる状態、に維持されているが、こんなに急がせるとストレスが溜まる。それは味を落とす。
係官は、「親切に、丁寧に、丁重に、迅速に」彼らを扱うように教育されているが、この位にスピードを同時に要求されると、なかなか両立させるのは難しくなってくる。
「ほら、過重速度手当の対象になるから、頑張れ!」
指揮官は係員を鼓舞して回っている。
この労働速度は、王国労働規則上の「過重労働速度」にあたるため、基本給の三十パーセントが上乗せされることになる。
係員は必死で頑張っているのだが、現場の消費速度がさらにそれを上回っている。
「このままでは、首都周辺倉庫の在庫が足らなくなります。明日の一般への供給が不足になります。」
「第一大陸のメイン倉庫からの緊急搬出を指示してくれたまえ。大至急。」
「計画が崩れますが・・・。」
「いい、この際仕方がない。僕が責任を取るから。やってほしい。」
「わかりました。大移動です。」
「あなたにも、お饅頭の軌跡が見えるようにしてさし上げましょう。」
弘子はそう言った。
すると、何もない空間のなかに、一条の光のような軌跡が遥か彼方まで伸びてゆくのが、リリカにも分かった。
「これで、多少気がまぎれるでしょう。目標ができるから。」
「確かに、そうですね。道が与えられてちゃんと見えていると、人間は安心ですから。」
「まあね。でもね、これは、まあ一種の幻影だけれども。ないよりましよね。そこで、未来の地球のオーケストラの演奏を聞いてみる?あなたには少し刺激的かもしれないけれど。ヴァイオリンの独奏はわたくし、松村弘子です。ほら、そこに。見て!」
まったく虚無の空間に、一団の管弦楽団が出現した。
聴衆は、二人だけの贅沢な演奏会だ。
「これは、地球の西暦二千年台はじめに行った演奏会の記憶よ。曲は、ベートヴェン先生の「ヴァイオリン協奏曲二長調」。まあ、理屈抜きで聞いてごらんなさい。」
ソリストの弘子、それからまだ中年前のハンサムな指揮者が現れた。
たった二人の聴衆に頭を下げた後、演奏が始まった。
リリカがちょっと見たことがない、大きな調理用フライパンが並んだような打楽器が、まず単純な四つの音を刻んで、音楽は始まった。
木管楽器の音が溶け合い、これまで体験したことがない、美しい異国の調べが聞こえた。
音を出す理屈は、火星も地球も変わらないようだ。
しかし、こんなに大勢で演奏するのは見たことがない。
火星では、せいぜい15人くらいが最大だから。
やがて、管弦楽団全員による大きな音が響いた。
地球人にはそれほど大きな音ではないが、リリカには新鮮だった。
そうして、満を持したように弘子が演奏を始めた。
「ヴァイオリン」という地球の楽器。
火星にも、よく似た楽器がある。
当然、音もよく似ている。
しかし、火星の音楽は基本的に音がもっと微妙に変化する。
ここで聞く音は、とてもある意味単純化されて、規則的なようだ。
そうしてリリカは衝撃を受けた。
何という様式化された美しい旋律だろうか。
管弦楽と、独奏の「ヴァイオリン」が、あたかも夫婦のように離れたりむつみ合ったりしながら、信じがたい協調を成し遂げてゆく。
「あなた、なかなかいい耳してるじゃないの。」
「え?」
リリカがびっくりした。
そうか、彼女がもし女王様ならば、リリカの心の中なんか見え見えなのだ。
でも、今の自分には体がないのにな・・・・・。
どうやって聞いているんだろう?
「あなたの意識の中そのものに届く音楽。素敵でしょう?」
ああ、すべてが幻影なんだ。
でも、楽しい。
地球人は、こんなものを作るようになるんだ。
「もっと色んな音楽が地球上には出来るの。あなたの意識の時間は、永遠にある。次はジャズを聞かせてあげるわ。それから雅楽。京劇も見せてあげる。ガムランも、オぺラもね。」




