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破滅の英雄 ──心を失った亡命王女が触れたもの──  作者: 綾沢恵理子
第2章 旅の途中で

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9、ラーナが使う魔法

 ルークの馬マーラは、二人を乗せて夕暮れの草原を軽快に走っていく。街が見えてきた。町は高い壁に囲まれているのでその様子は見えなかったが、オレンジ色の屋根の時計塔が建っているのがだけ見える。もう少しだ。


 マーラの傷は完全に癒えているようで、走っても心配ないようだった。そしてルークはラーナが落ちそうでないかを見ていたが、こちらも全く平気そうだ。うまくバランスを取っているようだ。馬に乗って走った経験がよほどあるのだろうとみた。


 もう少しラーナと話したくて声をかけようとした時だった。


「ルークさん」


「は、はい!」

 ラーナが先に口を開いた。思いがけずラーナから話しかけてきたので声が上擦ってしまう。


「どうかされました? 一度馬を止め……」


「止めないでください。もう少し、速く走れますか?」

「え?」


 声の調子を全く変えることなく、あることをラーナは告げた。


「オオカミが二匹、私たちを追ってきています」

「ええ!?」

「この距離だとオオカミと近すぎて攻撃魔法を使うと馬のマーラを驚かせてしまうでしょう。もっと距離がある状態で、私が魔法でオオカミを追い払います」

 やはりラーナは淡々と説明する。


「えっと……ラーナさんにお任せしてもいいんですか?」


「構いません」即答だ。


 ルークの心臓が鼓動を早めていく。オオカミに追いかけられてもラーナは慌てることもしない。自分も心を強く持たなければ、ルークは手綱を強く握った。


「では、ラーナさん、振り落とされないように。かなりスピードを出します」


「はい」

 ラーナはルークの背中についている小型の盾を片手で掴んだ。


「全速力で行きますね……!」


 ルークはマーラの脇腹を足で強く蹴った。マーラはそれに反応するようヒヒンと鳴き、そのスピードをぐんと上げた。徐々に速くなっていく。二人と荷物が大きく揺れる。ルークは尻を少しあげ、前傾になりながら、馬をコントロールした。


「ラーナさん、どうですか? オオカミは」


 うまくバランスを取りながらラーナは片手で白い光線の魔法を追いかけてくるオオカミに放った。するとオオカミは身を転がして倒れ、雷に打たれたように体を痺れさせ、のたうちまわった。一匹のオオカミが倒れたところを見ていたら、隙をうかがうようにもう一匹が牙を剥き出しにして追いかけてくる。ラーナは同じ魔法で、相手の動きを止めた。二匹とも追いかけてこない。確認してからラーナはルークの足を叩いた。


「倒しましたか?」


「魔法で動けなくさせました。しばらくは大丈夫かと」

「あ、殺したわけではないんですか?」


「はい。殺す理由はありませんから。私は殺しません……もう」


「それも……そうですよね」

 いろんな考え方がある。敵を倒すにはいろんな考えがあって当然……自分に言い聞かせてから、ルークは尻を鞍に乗せた。


「とにかく助かりました。ラーナさんがいなかったらまた襲われるところでした」

「そうですか」

「はい、よかったです。ありがとうございました」


 返事がない。「どういたしまして」の言葉も、嬉しそうな笑い声も聞こえない。


「もしかして、嬉しいとも感じないんですか? ほら、人の役にたって『ありがとう』と言われると、僕は嬉しい気持ちになるんです。いや、多分他の人も」


「嬉しいという気持ちですか?」

「はい。嬉しくないですか?」


 何かを考えるようにラーナは押し黙った。そして静かに言った。

「それも感じません」


 なんて言えばいいのか、ルークにはわからなくなってしまった。


「……そうですか……」


「私は、とある魔法を唱えてから、感情がなくなったのです。だから、きっと楽しいことは楽しいと言えないし、悲しいことも悲しいと言えない。怖いも嬉しいもないのです。もし気に障ることがあったら先に謝ります」


「いえ、そんな。それにしても感情がなくなる……? なんて恐ろしい魔法でしょう」


 恐ろしいものを恐ろしいと言えない。それを共有できない。それも恐ろしい。


「もう、すっかり暗いですね」


 ラーナの言葉に気がついた。感情がなく淡々と起こっている出来事を言っているラーナだが、ルークはそれを聞いてあることに気がついた。


「そうですね。早く行かないと真っ暗になって危ないし、町の門が閉ざされては困ってしまいます。早く行きましょう」


「わかりました。ではまたスピードを上げるのですね」


 すると、ルークは体が硬く固まったのかと思った。一瞬息が止まりかける。巡る血液が熱く感じられた。ラーナがルークの腰に両腕を回してきたからだ。


「さっき片手で盾を持っていましたが、振り落とされそうでした。落とされてはいけないので、今度はルークさんにしがみついていてもいいですか? ……ルークさん?」


 ルークは手にかいた汗を服で拭ってから手綱を握り直した。


「えっと」

 答えは一つなのに。


「ルークさん? もしかして気に障ることしましたか?」

「いえ!」


 自分でも驚くほどの声が出る。


「大丈夫です! 問題ありません! 早く行きましょうか!」


 そう言いつつも、ルークはマーラに速く走れと合図しなかった。


お読みいただきありがとうございます(^ ^)

次の投稿は11月6日の16時ごろを予定しています。

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