10、二人の探し人
山の麓にあるアルサー町はどれもオレンジ色の屋根に白の外壁と統一されたような建物が並んでいた。街の中央にある時計台が六時を指している。町の門が閉じる前に二人は入ることができた。夕日は落ち、辺りは暗いが、家や建物の灯りが暖かく迎えてくれた。店はまだやっているようだ。野菜をふんだんに山積みした青果店、ランプや食器を売っている金物屋、香ばしい香りのパン屋、思わずルークのお腹を鳴らせるレストラン。馬から降りて歩いていると、入ってみたくなる店がたくさんある。でも、まずルークが探したのは宿屋だった。
「馬が入れる宿を探さなきゃ。それにラーナさんの泊まるところも」
「私はどこでも、一人で、野宿でも構いません」
「いくら寒さを感じないとか言われても、そんなのいけません」
寒い夜に薄着で女性が一人で野宿しようとしている。何がなんでも止めなければ。
ようやく良さそうな宿をルークは見つけた。馬舎があり、馬も預かってくれる宿のようだ。二階建てで一階と共に坪面積が広く、建物の外観も綺麗で清潔感があった。ルークとラーナはマーラを置いて、宿屋の中に入った。宿屋は暖かな空気で満たされている。ほっと心が落ち着いた。
「お客さんかね」
初老の女将が受付をしていた。
「宿泊をお願いしたいのですが、二部屋空いてますか」ルークが聞く。
「ちょうど空いてるよ、ダブルの部屋も一部屋あるけど、シングルが二部屋でいいのかい」
「はい。それで」
「それだと値段は張ることになるな。支払いは二人まとめてかい?」
「はい」
ルークはすかさず言った。
「ルークさん、私が払います」
「いけません、オオカミから助けてもらった恩返しです」
「それはここまで馬で送ってくれたことで終わりました」
「いえ、結局また助けてもらったじゃないですか」
こほんと女将は咳払いをした。
「どっちにするんだい」
「いくらになりますか?」
ルークはそう言うと、女将は計算をした。
「朝食付きで一泊、それが二部屋で合わせて六リール」
ルークは腰につけていた巾着の中を確認する。この国、アーデーン国の通貨である『リール』は数えると三・八リールしかない。三枚のリールコインと、一〇枚で一リールの価値があるリソが八枚しかない。
「私はアーデーン国にきたばかりですから、今は外貨しか持ってません」
すると、女将が首を振った。
「なら残念だけど泊まらせられないね」
ルークは三枚のリールコインをラーナに渡そうとした。
「ならラーナさんだけでも」
「それは多分ダメです。ダメな気がします」
ラーナがここで初めてちゃんと女将さんの目をみた。
「すぐに戻ってくるので、待っててもらえますか?」
「いいけど、お金を持ってなきゃ泊まれないよ」
「また来ます。ルークさん、行きましょう」
ラーナは踵を返して宿の扉を開ける。
「ちょっとラーナさん、どこに行くんですか?」
何もわからずついていくしかルークにはできなかった。
ラーナが前を歩いていく。ルークはマーラと共について行った。ラーナは門がある方向へ今まで来た道を歩いていく。
と、足を止めた。金物屋の前だった。五十代の髭を生やした男性が、店番をしていた。ラーナに気がつくと、金色の髪から足元までじっと見て、口を開いた。
「もう店を閉めようと思ってたんだ。お嬢さん何をお求めだい?」
「ここは物の買取もされていますか」
「買取?」
ルークはラーナと店主のやりとりを見ている。
「金属を扱う店だからね。いい物なら次の商品の材料にもするし、買取もしているよ。俺は昔から金物屋をやっているんだ、だから目は確かだぞ」
「では」
するとラーナは、長い髪の編み込みから、ピンを一本抜いた。
「これを売ります」
ルークにはそれがきらりと輝いて見えた。サビもなく、艶もあり、綺麗だ。
手に取った店員は目を大きく見開いた。
「こ、これ、お嬢さん! 金か?」
「はい」
なおも淡々とラーナは答える。
「純度の高い金だ。重さもしっかりしている。傷もなく綺麗だし、こんないい金を使ったヘアピンを持っているとは……お嬢さん、何者だ?」
ラーナは答えなかった。ピンとは違って金色の瞳には力がない。答える代わりに、質問で返した。
「これはこの国の通貨でいくらになりますか?」
「あ、ああ、計算します。ちょっと待っててください」
店主は店の奥に向かった。
そして数十分後──。
「すみませんね、ラーナさん。結局宿代も夜ご飯代も払ってもらって」
ルークの前には香ばしい大きな鶏肉のハーブステーキがある。炭酸の入った飲み物、温かいスープ、柔らかいパン、体に良さそうなサラダ。こんな贅沢な食事はいったいいつぶりだろうか。
「それにこんな食事まで。結局恩返しになってないですね。本当にありがとうございます」
「別にいいのです」
ラーナはハーブステーキをナイフとフォークを使って切り分ける。背筋を真っ直ぐにして食事をする様子はおそらく一朝一夕で培われたものではないようだった。食べてから、口を開く。
「意外と高く売れました。これでしばらくは問題なさそうです」
お腹が空いていたのだろうか、二口目を食べるのは早かった。しかし、『美味しい』とは言わない。ルークは一口食べてみた。なんだ、すごく美味しいではないか。
「今まで持ち物を換金して暮らしてきたんですか」
「そうです。上着を売ってそのお金で一年暮らしたり、今回みたいに金のピンを売ったりしていました」
「……一年暮せるだけの高価なものを持ってるのか……」
「美味しいとは感じないけれど、食べ物を食べなければ生命維持ができません。歩いて旅をしていますが、食べるためにお金は必要なのです」
三口目を食べるルークは美味しいという幸せな感情に満たされながら話を聞いていた。
「私物を売ってお金を工面してまで、なぜ旅をしているんですか? なんのために? 何か目的があるんですか?」
ラーナは肉を切ろうとしていたナイフの手を止めた。それは束の間のことだった。またナイフが動き出す。ラーナは目を落としながら短く答えた。
「ある人を探しています」
「ある人?」
「はい。ディアドラという人です」
「残念ながら知らないな。……手がかりはあるんですか?」
「いいえ。何も」
ラーナは静かに水を飲む。
「三年の間にいろんな国に行って、アーデーン国にも来ましたが、いまだにどこにいるのかわかりません。ただ北方の国の出身とだけは噂で聞いたので、北に向かって歩いているのです」
「それは大変ですね……でも、なんだか僕と似ている気がします」
ラーナはルークの顔を見た。あまり表情は変わらないが、何か疑問に持ったのかもしれない。
「手がかりがないってところです」
ルークは自分に向かって笑った。
「僕も、人を探しているんです」
「そうなんですね」
「でも、名前も顔もわからない。僕の生まれ故郷は西にあるイシル国のとんでもない田舎町だからでしょうか、知っている人はいなかったんです。旅の中で手がかりを自分の力で見つけようと思っていて、ラーナさんと同じくいろんな国のいろんな町に行っています。わかっている情報はただ一つ……」
ラーナはルークの話を聞きながら、ナイフを動かしていた。
「キャフリル王国の、王女ということだけです」
止まった。ラーナの手は一瞬止まった。
「僕の父親はイシルの出身ですが、出向でキャフリル王国の護衛をしていたんです。もう三年前になるでしょうか。その王女はキャフリル王国の城下町を破壊しました。その時に僕の父親が崩落に巻き込まれて死んでしまったんです。王女は僕の父親を殺したも同然なんです。……それを聞かされた時はとても辛かった……。だから僕は祖父から剣術を学んで、その王女に復讐すると決めたんです」
ルークは残っていた炭酸を一気飲みした。
「だから、なんとしてでもその王女を見つけないと。まずは名前と顔を知らなくてはいけないんですけどね。やることは多いけれど、僕は絶対に見つける」
「……そうですか」
ラーナはステーキを口に運んだ。これで最後の一切れだ。
「僕の話ばっかりですみません。つまんないですよね。せっかくの美味しいステーキが勿体無いです。ラーナさんも探し人が見つかるといいですね」
「……そうですね」
食事に集中するように、二人は無言になった。ラーナも話しかけてこないし、ルークも話しかけなかった。夢中で食べていたら、見るとラーナの食事はもうなくなっている。お皿には何も残っていなくて綺麗だ。ルークも急いで食べようとした。
「私、先に宿に戻っています。お会計はもう済んでますよね」
「は、はい! ではまた後で。すぐに行きますね」
ラーナは席を立つと、そのまま一人で外に出ていった。
お読みいただきありがとうございます。
11月6日19時にまたあげる予定です。




