11、知る者バルグ
もうレストラン以外の店は閉まり、暗く、見通しが悪い。
ラーナは気がついた。
なぜか手が震えている。
何も感じないのに、体だけは反応している。感情がなくなってから気がついたことだが、体の防衛反応や反射や自律神経の反応は正直だ。動かないのは心だけ。
ディアドラ探しの旅の邪魔はされては目的が達成できない。目的を達成するために。
ラーナはルークと泊まる宿屋からは反対方向の道を選んで歩いた。町の門へと向かう。
「お嬢ちゃん、こんな時間に一人で何してるの?」
男性の声がした。肩に手をかけられた。思わずラーナは振り返った。同時に酒臭い匂いが鼻についた。短髪で酒に酔った男性が二人、ラーナの目を見た。
「なんだその目は、つまらなさそうだな。なあ、楽しいところに行かないか? お嬢ちゃん、金になりそうな、いいもの持ってるんだろ?」
肩を掴んでない方の男はラーナに顔を近づけてきて言った。
「さっき金物屋で金を交換してたろ。他に何持っているんだい? まだ金製品は持っているのか?」
「そもそもお嬢ちゃん綺麗だな。服はそうでもないが、いいとこのお嬢さんか? 人身売買すれば高くなるんじゃないのか?」
「それとも身代金積めそうじゃないか?」
「それもそうだな。なあ、俺たちと行こうぜ」
男はラーナの白い腕を掴んだ。
「変だな、抵抗もしないのか。受け入れてくれたってことか?」
男はそのまま引っ張る。相手の力は強い。
「さあ俺たちの家に行こうぜ。そこで金製品とリールコインを全部出してくれよな」
「出してくれなかったら怖いことするぞ」
何も言わないラーナ。ただただ引っ張られていく。
シャンシャンと、ラーナの腰についている銀の鈴が鳴る。静かな町に揺れるように鳴る。
その音を聞きつけた、一人の三〇代後半の男性がつぶやいた。
「この音、どこかで聞き覚えがあるな。なんか懐かしいような」
仕事を終えて帰宅しようと道を歩いていた男性が音のする方へ目を向ける。暗かったが、白いスカートの裾と、茶色のショートブーツを履いた女性の足が、路地裏に入っていくところを見た。懐かしい鈴の音はやはりそこから聞こえる。
「一応行ってみるか」
そう言って、町に住む男性、バルグは後をついて行った。
女性が入っていった路地に近づき、声がする。気づかれないようにバルグはゆっくり歩いて近づいた。
「おいおい兄貴、暗いし誰にも見られないし、ここでいいんじゃないのか?」
「そうだな。この女がどのくらいの物を持っているのか気になって仕方がねえ」
「まずはリールコインだ。さっき金物屋からもらった有金全部出せ」
男は二人のようだ。まだバルグより若い。
すると、はっきりとした声がした。
「これは旅に必要な資金です。渡せません」
「なんだこら、よくこの状況でそんなペラペラと話せるな」
「その気の落ちた目、俺たちをバカにしてんのか?」
「なんのことですか?」
バルグは理解した。女性がいるようだ。どうやら旅人の女性に金を要求している二人組らしい。バルグはこれはなんとかしないといけないと考えた。問題はどうやって男たちを追い払うか。バルグは袖をまくって仕事で鍛えていた腕を出した。いつもは幼い娘をぶら下がらせるために使っているが、今は困っている人を助けるために使う時だ。
「もっと怖がれよ、じゃないと楽しみがねえな」
「私は怖いと思うことができません」
「はあ? ふざけたこと言ってんじゃねえ。その髪の毛に隠された金のピン、全部とってやる」
「お好きにどうぞ」
男の一人が白い服の女性に殴りかかろうとした。まずい、今すぐにでも助けないと。しかし、武器も何もないバルグにとって二人を相手にするのは危険が伴う。色々考えた挙句人に助けを求めた方がいいか。
と、その時だった。初めて女性の顔が見えた。金の編み込みをした長い髪、金色の瞳、そしてベルトにつけた銀の鈴。
「何してんだお前ら! そのお方から離れろー!!」
バルグは全ての恐怖を忘れ、体が勝手に動き出していた。気がつくとバルグは一人目の顔を殴り、助けに入ったもう一人の顔を殴っていた。二人は何事が起きたか理解できないままバルグにまた向かってきたものの、バルグに同じように返り討ちにされた。顔に大きな跡を残して二人は一目散に走って逃げていった。
「大丈夫ですか? 怪我はないですか? ラー……」
茶色の目がラーナの目を覗き込んだ。金色なのに吸い込まれるような闇を持つ瞳に、バルグは思わず息を呑んだ。
「そうか、そうでしたよね……」
一人で何かに納得した。
「怪我はありません。えっと、助けてくれたのですね。こんなとき、なんて言えば相手は嬉しい気持ちにさせるんでしたっけ」
「ラーナさん!」
路地に駆け込んできたのはルークだった。息を軽く切らしながらラーナに向かってきた。と、バルグが間に入った。
「今度はなんだ。お前、何者だ」
バルグの厳しい声と顰めっ面にルークは思わずたじろいだ。
「お前は護衛か? ……護衛の中には裏切り者もいたという。何の目的で近づいているんだ」
「は? 何言ってるんだ。ラーナさん、隙をみて逃げて!」
ラーナは逃げるそぶりをしなかった。バルグはラーナをルークから隠した。
「ラーナさんだと? この女性に何のために近づいているんだと言っている」
「おじさんの方こそ、ラーナさんに何してるんだよ。こんな路地裏に連れ込んで。さっき酔っ払いの強盗が金髪の女性を路地に連れて行ったと町の人から聞いた。あんたのことじゃないのか?」
「俺が強盗だと? なんてこといいやがる」
するとバルグの後ろからラーナが言った。
「この人は、その強盗から助けてくれたのです」
「そうなんですか? あの、怪我は? 大丈夫ですか?」
隠れているラーナを見たくて顔を覗かせようとするも、バルグは体格がいい。
「何も盗られませんでした。全く大丈夫です」
バルグは目を細めて目の前にいるルークを睨みつけた。
「強盗から守れないとは。いくら若いとは言え、護衛失格だな」
「ゴエイ? さっきから一体なんのことだ? 僕はただの旅人だ」
「旅人?」
バルグは顔だけラーナの方を向いた。
「こいつが言っている事は本当ですか?」
「はい、本当です。少し前に草原で会ったばかりです」
「僕は父親を殺したキャフリル王国の王女に復讐するために旅をしているんだ」
「…………は? な……なんだと……?」
それしか声に出なかった。
ルークはバルグの目つきがさらにきつくなったのを見た。
「手がかりが少ないから集めているところだ」
「何言ってやがる」
「……なんだ? なんか文句あんのかよ」
「それで、なんで二人は一緒にいるんだ」
ラーナが答えた。
「一人で歩いているときに、ルークさんと一緒にオオカミのいる草原を切り抜けて町にやってきました。辺りも暗くなってきたので、この人が連れている馬に一緒に乗ってここまで来ました」
「ほう……そうか」
バルグは顎に手を当てて、何もない空へ目を移した。
「僕はラーナさんに近づく変な人だと疑われてんのか? ならそっちの方こそ怪しい」
「ルークさんは大丈夫な人です。本当のことですよ」
バルグはラーナのことも見て、何かを納得したように頷いてみせた。そしてまたルークを見たが、敵意の色は無くなっていた。
「わかりました」
「なんだよ、ラーナさんの言葉は素直に信じるのかよ」
ルークの言葉に対して、音が二人に聞こえないように舌打ちをしたのはバルグだ。
「ラーナさんって……なんて不敬な。それともこいつ、まさか気付いてないのか? それに王女は俺のことを気づいてないみたいだ。……覚えてないのか? まあ長い時間経ってるし、いろんなことがあっただろうからな」
今度はルークが機嫌悪そうにバルグを睨みつけた。
「ん? 何一人で喋ってんだよ。なんかぶつぶつ言ってて聞こえないな。なんか文句あるならまだ説明するぞ」
「いいや、いい」
バルグは両手を上げた。そしてラーナから離れてルークの横を抜けた。
「強盗みたいな変な人でも裏切り者でも、何でもないなら安心した。夜も遅い。二人とも気をつけろよ」
路地を抜け、大通りにでていった。
ルークとラーナだけが取り残された路地に、冷たい夜風が吹きつけてきた。ルークにとっては寒い。
「いい人なのか変な人なのか、わかりませんでしたね。ラーナさん、宿屋に戻りましょう」
「はい」
ラーナがルークと歩き出すと、腰につけた鈴が小さく鳴った。
今日は10時にも投稿します!




