12、呼び出しに応じて
窓から差し込む光でルークは目が覚めた。朝が弱くて寝起きが悪いルークにとって直射日光は最高の目覚まし時計だ。暖かくて清潔な布団で寝るのもどのくらいぶりだろう。こんな高級な部屋にせっかく入れたんだ、もう少し寝よう。そう思って微睡んでいるとあることを思い出した。ラーナのことが気にかかる。もう朝食を食べに食堂へ行ってしまっただろうか。ルークは飛び起きると、急いで着替えた。
ノックがした。もしかしてラーナかもしれない。
「ラーナさん?」
元気よく扉を開けると、ラーナではなく宿屋の女将が立っていた。
「あれ、女将さん」
隣の部屋に宿泊しているラーナではないことに、一瞬気落ちしかけた。
「お客さんにこの手紙を届けて欲しいとある男性から言われてね。一枚しかもらってないから、連れのお嬢さんにも伝えておいてくれよ」
手紙を受け取ると、女将は忙しそうに部屋を後にした。
半分に折られた一枚の紙だ。走り書きだが、文章が書かれている。
『ルーク、ラーナへ 宿を出たら北にある広場に来てくれ。路地で会った昨日のおじさんより』
「昨日のおじさん? ああ、変人扱いしてきたあの人のことか」
すると、ラーナの部屋の扉が開いた。
「ルークさん、どうされましたか?」
抑揚はないその声の調子と影が落ちている瞳には、もうルークは見慣れた。
「ラーナさん、おはようございます」
「……おはようございます」
ラーナは部屋の鍵で扉をしめ、もう出発する準備はできている様子だ。
「もう準備バッチリですね」
「はい、早く北の地域に行ってディアドラという人を見つけないといけないので。昨日はルークさんにもかなりお世話になりました。早く朝ごはんを食べて、出発します」
「もしかして、また一人で旅を?」
ルークが放った言葉の真の意味が、ラーナにとってはわからなかったようだ。ラーナは首を傾げた。そして何かを考えた後、一言短く言った。
「はい」
どう考えたって、危ないし、それにまた強盗に遭ったりでもしたら……なんて言えばラーナさんに伝わるだろうか。言葉をあれこれ考えているうちに、「では」そう告げてラーナはルークの前から去ろうとした。
ルークは手に持っていた手紙に目を落とした。
「あの、ラーナさん」
「なんですか?」
ラーナの手に無理やり手紙を持たせて、ラーナは手紙に目を落とす。
走り書きの文章を読んだようだ。
「昨日路地で会ったおじさんから手紙が届いたんです。なんか『宿を出たら北にある広場に来てくれ』って、せっかくだから朝食を食べた後一緒に行きませんか?」
ラーナがルークの目を見た。何かを探るような瞳だ。そして何かを判断した。
「いいですよ」
「本当ですか?」
ルークの緑色の瞳が大きく見開いたのも、ラーナの金色の瞳はとらえた。ラーナの瞳に、ルークの輝いた瞳が映る。
「やったあ!」
ルークは思わず拳を作ってガッツポーズをしかけて……。
「何か嬉しいことでもあったのですか?」
ラーナの言葉で止まった。このままの姿をラーナさんに見られたくはない。心の中でガッツポーズするので充分だ。ルークは出していた手を背中に隠した。
「いや、なんでも。一瞬取り乱しました。なら急いで行かなくては!」
「そうですね」
ルークは急いで荷物をまとめると、ラーナと一階にある食堂に向かった。ルークは心臓が飛び跳ねるのを抑えるのに必死だった。
朝食を摂り終わると二人は揃って宿を出た。マーラを馬舎から出したルークはコンパスを確認して北に向かって歩いた。ちょうど時計台が真っ直ぐに見える方角だ。ちょうど八時を回りゴーンゴーンと鐘がなる。朝の忙しない人の往来を横目に見ながら北にあるという広場を目指す。
「道が広くなってきましたね。あ、広場の真ん中で座っている男性がいますよ」
広場は宿からさほど遠くなかった。オレンジのタイルが敷かれた広場には花壇があり、色とりどりの花が咲いている。その花壇に、昨日二人が出会った男性バルグが腕を組んで座っていた。ルークたちが声をかけるまでもなく、バルグは二人に気がつくと、手を挙げて立ち上がった。
「おはようさん」
「おはようございます」とラーナ。
ルークは挨拶をする代わりにバルグに向かって眉間に皺を寄せた。
「僕たちが泊まっている宿屋をつきとめて手紙まで出して呼び出すなんて、何の用だ?」
「まあまあそんなこと言うなよ」
バルグはルークの方を向いた。ルークより頭一つ分は大きなバルグを見るには、顔を上に傾けなければならない。そして体の大きなバルグと比べるとルークは自分が小さく見える。ルークは自分の舌を噛んだ。
「昨日変な人だと疑ったお詫びがしたいと思ってな」
「え……お詫び?」
ルークは睨んでいた目を背けた。
「そうだ。お嬢さんに害を与えるような人だと疑って悪かったよ」
「それなら……」
ルークの緑の瞳がバルグと合った。
「僕もおじさんを強盗と思い込んで、すみませんでした」
「なんだ、素直なガキじゃないか」
小さく笑いながら言ったのがルークには気にいらなかったみたい。ルークの目がまた鋭くなったのか。
「ガキじゃない。もう十八歳で成人もしてる大人だ」
「そうなんですか。私も十八歳です」
「ラーナさんはいいとして、そうやって楯突いてくるところは大人じゃないな」
ルークは鼻でため息をついた。
「なんだよ、まったく。おじさんが」
「おじさんじゃない。俺の名前はバルグだ」
「自分で『おじさん』って書いてたじゃないか」
「それはお前とお嬢さんにわかりやすく伝えるためだ。昨日俺のことをおじさんって呼んでたろ。俺はまだ三十代だ。おじさんと言われるような歳じゃない」
「そうやって楯突いてくるのは、そっちも同じだな」ルークが口を尖らせる。
「なんだと、てめえ」
と、ラーナが「あの」と呟いた。二人は同時にラーナのことを見た。
「バルグさんと言うお名前だったんですね。私はラーナです。それだけです。改めまして、以後お見知り置きを」
「よろしくお願いします。ラーナさん」
「なんだよ、ラーナさんにはなんか優しいよな、この人」
バルグはルークの頭を触ろうとして、ルークは素早く避けた。
「お前さんはルークだったな。ラーナさんがそう呼んでいたからな」
「ルーク・キャイルノーリンだ。で、お詫びってのはこれで終わりか?」
「いいや、朝ごはんに良さそうな店があるんだ。ご馳走してやろうかなと思ってな」
ルークとラーナは思わず顔を見合わせた。
「朝ごはんなら、宿でもう食べたぞ」
「あれ、そうだったのか?」
「宿は朝食付きだったんです」
「朝食付きで馬も預かれるような宿、旅人にとっては高くなかったか? 払えるだけのお金を持っているんだな」
ルークはラーナを見た。
「ラーナさんに払ってもらった」
「は?」
「宿代と昨日の夜ご飯代は私が支払いました」
ラーナは表情一つ変えずに明かす。
「ルーク、お前な……」
バルグは呆れて片手で目を隠した。
「お前、やっぱガキだ」
「なんだよ、おじさん。僕は人の分まで払える金はなかったんだ」
膨れっ面を見せるルーク。バルグはその顔に笑い出しそうなのを抑え込む。
「わかったよ。なら予定変更だ。お前たちは旅をしているって言ってたな。知り合いに情報屋がいるから、案内するよ」
「情報屋?」
「ああ、ルークには悪くない話だろ」
「……本当か? 本当に情報が得られるなら頼りにするけど」
「おいおい、また疑うってのか?」
ルークとバルグがまた顔を見合わせて口を尖らせる。ラーナはそんな二人に一言言った。
「行きましょう」
「「はい」」
「バルグさん、お願いします」
「それなら広場から東に行った場所の居酒屋だ。ついてこい」
バルグを先頭に、二人はついていった。ルークは一人で「居酒屋? 本当にこの人についていって大丈夫か?」と言っている。ラーナは何も言わずに前を向いて歩いていく。
「ルークさん」
隣を歩くラーナがルークを呼びかけている。
「は、はい!」
「この人は、多分、ついていっても大丈夫な人です。悪い人ではなさそうです」
「そ、そうですよね。わかりました」
二人の声がバルグにも聞こえていたのかもしれない。バルグは顔だけ振り返った。
「そうだ。善良な一般人だ」
「そういえばおじさん仕事は? 今日は休みなのか?」
「今の俺は、貿易商だ。貿易をして得た物を売ってる。ほら、ここは他国とも近いだろ? 時々他国の行商人がここにやってきてやりとりをしているんだ」
「へえ、そうか」
興味があるようなないようなルークの返事だ。
「ちなみに今日は仕事を休みにした」
「なんで?」
スラスラと答えていたバルグの言葉が止まった。ラーナの顔を見て何を言おうか悩んでいる。
「なんでって、ルークへの詫びって言ったろ。そういうのはちゃんとしたい男なんだ」
「ふーん……」
ルークは腕を頭の後ろで組んだ。
「まあ喉から手が出るほど情報が欲しいからな。その点ではおじさんを頼りにしてるよ」
「まあ情報屋を案内するだけどな。ほら、話していたらついた」




