13、情報を求めて
S字に曲がった通りにオレンジ色の屋根の低い建物が並び立つ。忙しなく人が出入りするパン屋や甘い香りが漂う花屋。その向かい側に今の時間は息を潜めるように静かな居酒屋があった。居酒屋だけあって夜は盛んでも朝は閉まっているのだろう。準備中の札が下がっていた。
「ここだ」
「人いるのか?」とルーク。
「ここは俺の知り合いがやっている店でもあるんだ。今はここで仕込みをしているはずさ」
バルグは扉に手をかけると大きく開いた。扉につけてあったチャイムがカランカランと音を立てて、店に人が入って来たことを知らせる。作業するためだろうか、店内は明るかった。
「入るぞー」
店の中にバルグの声が響いた。
すると声に反応するように、パタパタと元気な足音が店の奥から聞こえ、六歳くらいの女の子が顔を出した。バルグを見ると「やっぱりお父さんだ!」と言って急いで駆けてきてそのまま足にしがみついた。バルグと同じ茶色の瞳で、二束の三つ編みをしている明るい茶色の髪が揺れる。
続いて黒髪を一つに結んだ女性が女の子を追いかけるように出てきた。そしてバルグを見ると、不満そうに目つきを鋭くさせた。健康的なやや日に焼けた手で、テーブルに置いているメニュー表のようなものを手に取ると、バルグに直進してきて……。
「いてっ!」
女性はメニュー表でバルグの頭をはたいた。
「あんた、娘を家に一人置いてどこに行ってたの? またミアがうちに一人で来てびっくりしたんだから」
筋肉質な腕を組んでバルグに詰め寄る。バルグはその勢いに思わず引いてしまう。
「いや、すぐに戻ろうと思ってたんだ」
「ならせめてちゃんと預けてから出掛けてよね」
二人の様子を眺めていたミアがバルグの服を引っ張った。まんまるな茶色の瞳が見上げる。
「ミア、モネカおばちゃんにジュースをもらったよ」
「そうか、よかったな。それにお利口にしてたんだな」
「おばちゃんのお店で待ってたら、たぶんお父さん来るかなって」
「そうかそうか、ミアは賢いな」
バルグがミアの頭をよしよしと撫でると、ミアは満足そうに笑った。
「おじさんって……」
バルグの後ろからルークが口を開いた。
「奥さんと子どもがいたんだな」
その声にバルグはルークを見た。モネカはルークとラーナに初めて気がつくように見た。
「この人は奥さんじゃない。妻は二年前に病気で亡くなったんだ。この子は、俺の娘だ」
「そうそう。バルグはうちの店の常連さんよ。私の名前はモネカ。あなたたちは? バルグに連れてこられたお客さん? あいにくまだ店はやってないけれど」
バルグにしがみついていたミアが離れると、ルークとラーナをじっくりと見た。
「お兄ちゃんとお姉ちゃんは誰?」
「私はラーナです」
「僕はルーク・キャイルノーリンと言います。旅人です。この人が情報屋に会わせてくれるって言われて、ついて来ました」
モネカは、首を傾げた。何かが引っかかったみたい。
「ん? 情報屋? 誰のこと?」
「お前さんのことだよ」
さらりとバルグはモネカに言ってみせた。
「は? 私? 私が情報屋って? ちょっと待ってよ」
「お客さんからいろんな情報仕入れてるじゃないか」
「ただの噂好きってだけよ。旅人さんに教えるような真剣なものなんて」
それでもバルグは「いいや」と言って続けた。
「ルークの方は知らないことだらけみたいなんだ。少しは手伝えると思う」
「思うって……」
モネカは一度バルグをそっちのけにして、ルークに向かって手を合わせた。
「ごめんねルークくん、この人大げさに言う時があるから」
「あ……そうなんですね」
気落ちしかけるルーク。やっぱりこの人についていって大丈夫だったのか、そんな考えが頭をよぎる。目の前にモネカがいて顔には出さなかったが、ため息をつきかけるルークをミアはちゃんと見ていたようだ。ミアはルークの服を小さく引っ張り、ルークの目を覗き込んだ。
「モネカおばちゃんは色々知っているの。街のこととかね。だから大丈夫」
「ミア……ちゃん。そ、そうだよね」
「お兄ちゃんなんで剣を持ってるの?」
「これかい?」
ミアの興味はルークの腰についている剣に向いている。思わずミアは興味本位で触ろうとしたが、「危ないよ」と優しく諭したルークは剣には触らせないようにした。
「これで悪者をやっつけるんだ」
そういうとミアの目は丸くなった。輝くような目でルークを見上げた。
「へえ! お兄ちゃんすごいね! かっこいい!」
「そうかな? ありがとう。そのために旅をしているんだ」
「へえ! 今までどんなところ行ったの?」
興味津々のミアと、ルークが盛り上がっているところを、ラーナはただ会話には入らずに見守っている。ラーナの影を落としたような金色の瞳は変わらない。
「変わったお嬢さんね」
ラーナには聞こえない声量で、モネカは耳打ちするようにバルグに言った。バルグはなんて言おうか迷いに迷った挙句、これしか言えなかった。
「深い事情があるんだ」
「事情? ……まあ変に詮索はしないけど。いろんな人がいるものね。笑ったら絶対可愛い子なのに」
バルグはまた何かを説明しないといけないのかと思ったが、モネカはバルグの元から離れたのでやめた。多分モネカにも話せない。話したくはない。
「そうだ、バルグに手伝ってもらいたいことがあるの。ちょうど男手が欲しいと思ってたところなの。やってくれる?」
「なんだ?」
「お酒の瓶がたくさん入ったケースがあるんだけど、それを裏口まで持っていってくれない?」
「それ、客にやらせることじゃないぞ」
「この時間に来るならお客じゃないの。それに、ミアを預かっていた代わり」
渋々と考え込むバルグ。客じゃないことは確かだが……と、いいことを思いついた。
「そうだ、ルーク」
ミアと遊んでいたルークがバルグを見た。
「おじさん、何?」
「モネカが酒瓶を持っていくのを手伝って欲しいんだって。俺の代わりにやってくれないか?」
「ちょっとあんたねえ」と呆れたようなモネカ。
ルークは目を細くした。
「なんでおじさんの代わりなんだよ」
「いいじゃないか。まあタダでとは言わない。報酬は五リソでどうだ? お金ないんだろ?」
唇を噛んだのかバルグは見えた。
「わかったよ、酒瓶を持っていくだけなら、いいよ」
「よし。交渉成立だ」
ため息を漏らしたのはモネカ。不満そうな表情でバルグを睨む。
「ルークは剣も使う十八歳の若い旅人だ。俺より頼りになるだろう」
「本当にごめんね、ルークくん。私から謝るよ。ちょっと重いけど、後で飲み物でもご馳走するから」
「いえいえ、お気遣いなく」
「ルークくんはいい子ね。ならこっちに来てくれる?」
「ミアもお手伝いする! もっとお話し聞きたい!」
モネカに連れられルークは店の奥へと消えていく。ミアはルークに懐いたのだろうか。そんなルークについていった。
ラーナとバルグだけが残される。
バルグは三人の姿が完全に見えなくなったことを確認してから、重い口を開いた。
ずっと言いたかった言葉をようやく、口にすることができる。
「……ラーナトラヴィア王女」
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