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破滅の英雄 ──心を失った亡命王女が触れたもの──  作者: 綾沢恵理子
第2章 旅の途中で

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14、知る者知らない者

 ラーナの体がビクッと震えるのがわかった。バルグの方を振り返り、影の落ちた金色の目を大きく開いた。バルグの茶色の瞳とラーナの目がぴたりと合う。そして何かを隠すように急いで逸れた。


 次の瞬間ラーナが動き出した。その方向には店の扉がある。


 反射的にバルグはラーナの腕を掴んでいた。


「失礼しました。不敬でしたね」


「人違いではないですか」

 声にはやはり抑揚はない。


「いいえ、出会ってすぐにわかりました」

「私のことが誰かわかるのですか」

「もちろんです。金色の瞳に金色の髪。そして銀の鈴。幼い頃のあなたをそのまま大人にしたようにあまり変わってないです。私はキャフリル王国の出身で八年前まで住んでいました。覚えていらっしゃらないでしょうか。昔その鈴を王女に差し上げたのは、私です」


 ラーナはバルグの顔をもう一度見た。表情からはあまりわからないが、王女は驚いたのかもしれないと、バルグは悟った。


「……あの雑貨屋のバルグさん?」


「その通りです。当時は母親とともに雑貨屋を営んでいました。その鈴は、他の鈴とは少し違う音を鳴らすんです。だから王女が来た時、もしかしてとは思いました。路地に入ったら、本当に王女だったのでびっくりしました」


 バルグはラーナ王女の腕を離した。


「ところでラーナトラヴィア・ルリーサイント王女」


 言葉を続けようとしたバルグだったが、ラーナはそれを止めるように言葉を被せた。


「今はここにいらっしゃるあなたが、何をどこまで知っているのかわかりませんが、私はその名前を捨てました」

「名前を簡単に捨てられるほど、人は強くありませんよ、王女」

「いえ、ただのラーナです。ラーナトラヴィアではなく、ただのラーナです。王女でもありません」


「もしかして、あのルークという青年に何も言わないのもそうですか?」

「ルークさんには……」

 一度言葉を選んだ。

「私がキャフリル王国の王女だと気づかれないようにしてください」


 何も変化のないような金色の瞳には、よく見ると訴えかけるような力がある。その力にバルグは息を呑んだ。


「そうですよね、あいつはラーナ王女を探している。しかもその理由が王女にとって危険だ、復讐だとか言っている」


「いえ、それについては別にいいのです」


 ラーナの反応はさっぱりとしていて、さらりと言ってみせた。バルグが反応するまでもなくラーナは告げた。


「ただ、私は人を探すという目的があります。途中で殺されては旅の目的が果たせなくなるのです。阻止されるのは困ります。ルークさんには、目的を全て達成したら私の正体を話すつもりです。旅の途中で気がつかれたら、目的を阻止されたくないので私はいなくなるつもりです」


「王女……」


 ラーナは静かな声でいう。

「私のことをそう言わないでください。肩書きも捨てました」


「しかし! 母親からの手紙によると王女は……。あの、教えてください。人を探しているというその目的とは? 人を探して見つけてどうするのです? 王女はいつか、国にお戻りに……」


 ルーク、モネカ、ミアの三人の元気な声が店の奥から戻ってきて、バルグは口を閉ざした。

 

 ラーナも質問に答えることはなかった。


「なんで教えてくれないんだろうね。ほんと不親切なんだから」

「ありがとうございます、モネカさんから情報が得られただけでも進歩です」

「情報屋じゃないけど、お役に立てて良かったよ」


 この短時間に何を話していたのだろうか、二人は盛り上がっている。


 モネカはバルグに目をやると、「バルグ、あんたさ」と、明るい声でバルグに呼びかけてきた。


「なんでこの子に、自分がキャフリル王国にいたこと言わないの?」


 またルークがバルグに目を鋭くさせる。


「なんで教えてくれなかったんだよ」

「な、何がだよ」


 ルークは自分に顔を突きつけるように迫ってくる。思わず一歩引いた。


「おじさんがキャフリル王国に元々住んでいたってことだよ。僕がキャフリル王国の王女を探してるって言った時、なんで自分がキャフリル王国に住んでいたこと言わなかったんだ? 言ってくれても良かったじゃないか」


「それは……」


 なかなか答えが出ないバルグにモネカも加勢する。


「今ルークくんに聞いたけど、ルークくんはキャフリル王国の王女について知りたいんだって。なんでキャフリル王国のことを教えてあげないの? キャフリル王国に住んでたじゃない。王女のことも知ってるんじゃないの? 私はキャフリル王国なんて行ったことないから、バルグに聞いた方がいいよって、教えておいたよ」


 バルグの視界にラーナがいる。ラーナはどこともない何かを見るだけで、会話に参加しようとしない。じっと固まっているようだ。


「おじさん、いろいろ教えてくれないか? 王女のこと知ってるんじゃないのか?」


 バルグはラーナの方を見ないように努めた。


「えっとな」


 ルークとモネカ、そして自分も話に入れてよと言わんばかりに見つめてくる娘のミア。視線が痛い。


「あのな」


 バルグは頭に思い浮かんだものを、口からこぼれるように話してみせた。


「確かに、俺はキャフリル王国の出身で、八年前まで住んでいたのは事実だ」

 自分で笑いながら話していく。

「ただ、俺が住んでいたのはキャフリル王国の端の村だ。城下町なんて行ったこともない。そんな俺が王族の、しかも王女様の何を知っているってんだ? 王女というのはな、お高くて一般人には手の届かないような頻繁に会えるようなものではない存在なんだ。顔を見るなんてこともない。俺は王女については何にも知らないし、今王女がどうしているかなんて何も知らない」


 ラーナの視線が自分に向けられたのが、バルグにはわかった。


「だからルークのいう王女探しに、俺はなんの役にも立たない。わかったか?」


「……なるほど。そうか。確かに平民が王女のことをよく知ってるのは考えにくいな」

 納得した様子のルーク。


「そうだろ? だったらもう俺に聞くな」


「あれえ? バルグって城下町に住んでいたんじゃないの? 前そんなこと言ってなかった?」


 モネカの言葉にバルグの声が詰まる。

「そんなわけないだろ。モネカの聞き間違いだ」

 はっきりとした口調でバルグは断じた。


「……そうかな……あれ? どっちだったっけ。他のお客さんの話と混ざってるのかな」


「そうに違いない。変なこと言うな」


「ねえねえお父さん」

 ずっと大人たちの話を聞いていたミアが口を挟んだ。


「ミアのおばあちゃんはキャフリル王国にいるんでしょ? お手紙が届いてるのを見たことあるよ」


 何を思ったのか、一瞬バルグはミアにため息をつきかけた。

 それを止めて、代わりにミアを抱き上げた。


「確かに、俺の母親でミアのおばあちゃんはキャフリル王国にいる」

「何か知らないの?」とモネカ。

「知らない。手紙のやり取りをしたこともあるが……いつもただの近況報告だ。国のことなんて、知らん」


 すると、ラーナの口から声が漏れた。


「……そうですか」

 あまりに小さかった声は誰にも届かない。


「まあ仕方ないよね。確かに王女なんて一般市民には手が届かないか。一般市民は生きるので精一杯よ」

 納得した様子のモネカ。


「間違いない」とまたはっきりとした口調でバルグは言った。


「でも話してて思い出したんだけどね、ルークくん」


 残念そうに顔を落としていたルークの目が勢いよく戻る。


「そういえば、他国の行商人のお客さんが言っていたんだけど、キャフリル王国の王女は北に逃げて行ったと噂があるんだって。見た人もいるらしい」

「北ですか?」

「うん、その人も誰かから聞いたみたいで、噂の噂って感じで詳しくは知らないけれど」

「ありがとうございます! 助かります!」

「本当に、素直で可愛いわね」そう言ってモネカは笑ってみせた。


「やっぱりあんたは情報通じゃないか。連れてきてよかったよ。な、ルーク」


 ルークは一度バルグを見てから、目を逸らす。


「た、確かに……おじさんもありがとうございます……」

「やっと俺に素直になってきたか」


 ミアを抱きかかえる片手がルークの頭に向かおうとしている。ルークは華麗に避けた。


次は11月7日(土)16時ごろに更新します!

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