15、それぞれの目的
「北に行ったってことなら、やっぱりこれからは北に行かなきゃいけないなぁ。でもまだわからないことばっかりだ。どこにいるかもわからない」
「あの、モネカさん」
ラーナが口を開いたことがわかると、モネカは少し驚いた様子をみせた。そして影のかかった暗い金色の瞳が自分に向けられる。「どうしたの?」と言う声はかすかに上擦っていた。
「モネカさんは、『ディアドラ』という人を知りませんか? 私はその人を探しているのです」
「ディアドラ……。うーん、聞いたことあるような、ないような。……あ」
モネカはまたバルグの方を見た。
「ディアドラって人って、確かキャフリル王国にいなかった? バルグ知っている?」
「なるほど、お……ラーナさんは、ディアドラ様を探しているんだな」
「はい」
バルグに目を合わせてくるラーナ。それは真剣そのものだった。
「ディアドラ様は、昔キャフリル王国にいたそれはそれはすごい魔法使いだ。しかしその人は国を追放された。でも北に向かっていくのを見たと言う人は何人かいてな。『これからは生まれた地で静かに暮らす』って言っていたそうだ」
「やけに色々知ってるな」とルーク。
「いや、……端の村にいた俺にだってそれは知っているさ。この人は街や村にきては病気を治したりしていたからな。だから俺も知ってるってだけだ」
「なるほどな」
「とにかく、何年も前に北に向かって行って、出身国に帰っていったらしい。もしかしたら今もそこに住んでいらっしゃるかもしれない」
「その国の名前はお分かりですか?」
間髪入れずにラーナは質問を加えた。
「マクレーネル国」
「マクレーネル国なのですね」
有力な情報を、ラーナは口の中で転がすように何度か呟いた。
「山も越えなきゃいけないし、そこは冬になれば寒いところだ」とバルグ。
「マクレーネルって言えば、大陸の中でも魔法使いの血族が多く住んでいたり、大きな魔法学院もあったりして、『魔法の王国』とも言われているところよね」
バルグはモネカに向かって頷いた。
「ならば、私はそこを目指さなければなりません。手がかりをつかみながら、その国に行ったほうがいいかもしれない」
するとラーナはスカートを両手で少し持ち上げると膝を曲げた。空気を含むように、ふわりと裾が舞い上がる。
「どうもありがとうございます」
ルークもモネカもミアも、そしてバルグも、ラーナに魅入ってしまっていた。しばらくして、ラーナが不思議そうに四人を見るとそれぞれが顔を合わせた。
「いやいやラーナさん。私は何もしてません」
「ラーナさん、手がかりが見つかって良かったですね」とルーク。
「あなた、いいところのお嬢さんみたいだね」とモネカ。
「ミアもお姉ちゃんみたいにやってみたい」
「何か私、まずいことを言いましたか? 気分を害されたなら謝ります。人を嬉しくさせるのは確かこの言葉のはずだったと思いますが」
頭を左右に振るバルグ。
「思わず言葉が自然と出てきました。嫌な気持ちになったなら……ああ、こんな時なんて言えばいいんでしたっけ」
「何も害してません」
「本当ですか?」
「それよりお礼を言っていただいて嬉しい気持ちになりました。こちらこそ、ありがとうございます」
バルグがラーナに向かって礼をした。ラーナをもう一度見ると、ラーナの瞳が確かにバルグを捉えた。
「……ありがとう……ございます……? 私に?」
「はい。わざわざ礼をされるようなことはしていません」
「ありがとう……ですか」
「はい、こちらこそありがとうです。ラーナさん」
「ありがとうって……不思議な言葉ですね」
「なんか言われた時……少しだけ……。ううん、なんでもありません。こういう言葉は人にももっともっと使うべきなのかもしれませんね」
ラーナはルークを見た。
「なら私は北のマクレーネル国に行くことにします」
モネカはラーナに笑いかける。
「よかったわね。お嬢さんはルークくんがいるから旅するのも安心ね」
「え?」と声を出したのはルークだった。ラーナも顔をモネカに向けた。
「私たちは一緒に旅をしているわけではありません。昨日会ったばかりです」
「あらそうなの? 二人で一緒に旅をしているんじゃないの?」
「そういうわけではありません」とラーナは淡々とした調子で答える。
意外だとでも言うような顔でモネカは二人を見た。何かが引っ掛かっているらしい。言葉にしなくても何か言いたげだ。「でも……」とついに何かを言おうとしたところで、ルークは「あの、ラーナさん」と切り出した。
「もしよかったら、僕と一緒に行動しませんか? ラーナさんはマクレーネル国に行く、僕が探している人も北に向かったらしい。同じ北の方向に行くんですから、悪くはない話じゃないですか? 僕もその北の国を目指しながら、自分の目的を叶えたいと思います」
そう言われても、ラーナには目立った反応が見られなかった。すぐ答えが返ってこないことにルークの顔に緊張が走る。変わらない様子のラーナが、良いと思ったのか嫌と思ったのか、判断ができなかった。ルークの提案を聞いてラーナは驚いていると解釈した様子のモネカが、明るい調子で言葉を足していった。
「いいじゃない、いいじゃない! 今時女の子一人なんて危なっかしいわよ? この町だって、昨日はお金持ちの女性を狙った強盗も出たって話だし」
「確かに、強盗に旅の邪魔をされるのは困ります」
「でしょ?」
「どうですか? ラーナさん」
ラーナはよく考えた上で、ルークを見た。何も気がついていない瞳は純粋さを含んでラーナのことを窺っている。視界には、バルグが首を横に振っているのが入る。その様子はラーナしか見ていない。
落ち着いた声で一言言った。
「いいですよ」
「本当ですか? 良かったです!」
ルークの目が子供のように丸く開いた。
「ラーナさん、いいのか?」
間に入ったバルグがラーナを一瞥する。ラーナは小さく頷いた。
「旅は仲間がいた方が楽しいでしょうしね」とモネカも嬉しそうだ。
「確かに方向は一緒ですし、危険を切り抜けるにも味方の人数は多い方が良いと思います。北の地域には魔物がいるということは昔地理を勉強した時に学びました。戦いに一人は不向きです。私は魔法が使えますが、なんでもできるわけではありません。それにこれまで何度か危険だと思われることにも遭ったし、旅は困難がつきものです。旅を始めてからしばらく経ちますが、一人では骨が折れました。なんせルークさんは一緒にオオカミのいる草原を切り抜けてきましたし、馬だったら歩くより早いですしね」
「そう言っていただけて嬉しいです。一緒に助け合いましょう! 仲間は多いに越したことはありませんよ。北に行くとなると山も人通りの多い街もいきます。多分道によっては暗い道も行くのでは? 一人だなんて危なっかしくてこっちが気が気でなくて心配ですよ」
今まで思っていたことを全部言ったかのようにルークの顔はすっきりしていた。
「心配ですか……」
「はい、心配です。誰かに連れ去られないか、また強盗に遭わないか、危険に遭った時に一人で切り抜けられるのか、ラーナさんを一人で残したら、ここでお別れしても心配でたまらなくなってしまいます」
「そうなんですね……不思議な感情をお持ちですね。私にはまだわかりません」
すると、徐々にルークの顔は赤みを増してくる。
「いえ、えっと、それは……。とにかく、これからもよろしくお願いしますね」
「お願いします」
次の話は19時ごろに投稿します^_^




