7、信じた者の末路
「もしかして」
「そうです。今こそ使う時ではありませんか。争いをやめ『再生』をもたらした魔法。わたくしにはできない、あなただからこそ使える魔法です」
「私にしか……」
「どうか、多くの者を救ってください。ラーナトラヴィア王女」
ラーナはもう一度両手を見た。そして、強く握った。
「そうね、私にしかできないわ」
「その通りです、王女」
今の自分にできることはそれだけだ。
あの魔法は、魔導書によると、王族の血を一滴必要とする。
国民のためなら傷など厭わない。ラーナは散らばっているガラスの破片を手に取ると、指先に当てた。白い肌に赤い血が流れる。
「王女」
ジェームズは後ろに下がり、礼儀正しく頭を下げた。
「よろしくお願いします」
ラーナはバルコニーに一人で立ち、城下町を見据えた。
尚も人々が戦っている。血を流して倒れている。その多くは国民だ。
一つ息をついた。そしてラーナは口を開いた。
「ルーイン」
その瞬間、城は崩れ、街は『破滅』の都となった。
「ラーナ王女が、ラーナ王女が……!」
足元のバルコニーが壊れていく。城が瓦礫と化して崩れていく。何もかもが跡形もなく形を変えていく。ラーナは瓦礫と共に落下していった。
そんな中、足場が崩れて落ちていきながらも浮遊の魔法を使ってゆっくり降りていくジェームズが、崩落の音とともに叫んでいるのが耳に入った。
「ラーナ王女が破滅の魔法『ルーイン』を使った! 歴代の王が封印して隠し通していた、このキャフリル王国が最も恐る災厄の魔法だ!」
さらにジェームズは続けた。
「王女は国を壊したぞ! そして罪のない国民たちを巻き添いにした! こんなことを王家がしていいのだろうか! 国民の裏切り者だ!」「みんな見たか! これが使ってはならない魔法だ! これが今の王族の真の醜い姿だ! 今の王家は滅びなければならない!」
拡声の魔法で叫ぶジェームズの声は多くの者たちの耳に入る。
家も店も一瞬で廃墟となった街には、どのくらいの生存者がいるのかわからない。道は砕け、土が剥き出しになる。今ままで戦っていた人々はそれどころではなくなった。廃墟の下に埋もれた人々を助けようと必死になった。
とある兵士が、国民が、瓦礫の上のラーナを見た。
向けられた、刺すような視線が飛んでくる。
しかし、ラーナ王女は何も感じなかった。
今はこのラーナが敵だ。視線が飛び交っている。
しかし、ラーナ王女は何も感じなかった。
悲しいも、怒りも、恐怖も、ラーナの心の中から消えていた。
廃墟と化した城の前で、ジェームズの声に呼応するように兵士の男たちが国民を先導するように叫ぶ。
「ラーナトラヴィアを捕まえろ! それがこの国を救う最後の手段だ!」
「新たな王を信じろ! 今こそ悪き王族を滅ぼして新たな王にイリルンドーサ様を立てる時だ!」
兵士が剣を掲げながら声高々に叫ぶ。それはすぐに兵士の中で広がっていた。国民も同じように声を上げた。今はもう人々は戦わない。やることは一つ。みんなの目的は一つ。
「破滅に追い込んだ王女を許すな! 捕まえろ! 悪きアンドロス王と共に処刑台へ!」
ラーナは何も感じなかった。
目は力を失いぼんやりと廃墟の城下町を見つめるだけ。ジェームズさんは何を言っているの? なぜ魔法が使えない彼が魔法を使えているの? 一体何が起こったのか? 今どうした方がいい? 私は何をした? どうしてこんな状態に?
そんな疑問さえ……何も感じない。
『ルーイン』は『再生』の魔法ではなかったの?
何も感じない。
「ラーナ王女」
背後からジェームズの声がした。
「あなたは国を破滅に追い込んだ。とんでもない大罪を犯しましたね」
その瞬間目隠しをされ、手首を紐で締められた。きつく縛られているのに、ラーナは声も上げなかった。
「そして、どうです? 私の先祖が味わった苦しみは。……あ、そうでした」
襟元を掴まれた、ジェームズの息がラーナの顔にかかる。掃除係の服が近づいて埃っぽい。
「ルーインを使ったから、もう王女の感情さえ破滅しているんでしたね。苦しいもないか。非常に残念です」
ラーナは抵抗することもなく引きづられて行った。
気を失っていたラーナは目を開けた。どのくらいの時間意識がなかったのか、わからない。もう目隠しは外されていて周囲を見ることができた。
どこかの小さな箱型の部屋のような場所に入れられているのだろうか。窓のない馬車みたいだ。少しだけ光が漏れていると思ったら、この入れ物のような部屋の扉が十センチほど開いている。空気が中に入ってきてこの近くにいると呼吸がしやすくなる。そしてその隙間から外が見えそうだ。
「皆の者、よく聞くように!」
隙間から見えた。今拡声魔法で言ったのは元侍従長のブロンだった。ブロンの隣には、鉄の仮面を被った鎧姿の人物がいる。剣を携え、集まった国民や兵士たちを見つめている。そして、アンドロス王がいることに気がついた。王は何度も殴られたのか顔を腫れさせ、服には血がそこかしこに滲んでいた。正座をして、手には木で作られた錠がかかっており、動くことができそうにない。
「今ここにいらっしゃる鉄仮面の勇者様こそが、ジェーン・イリルンドーサ様だ! この方は王族の血を引きながら先祖代々下僕のような扱いを長年受け続け、王族からはその存在さえ忘れられるという屈辱を経験なさり、そのお顔には火傷の跡がある。よって仮面を被っていらっしゃるのだ。しかしそんな状況の中でも国を平和で安寧に導きたいと長年願い、王族の真実を暴き、ここに立っていらっしゃる。我々は、国の安寧を手に入れるための戦いに勝利した!」
人々の歓声が聞こえる。「ジェーン様!」「イリルンドーサ様!」「どうかお助けを!」様々な声は、どれも新たな王とされるものを称賛するものばかりだ。
「新たにキャフリル王国を治め、アンドロス王やラーナトラヴィア王女が犯した国の混乱を、安寧へと導いていかれる。そのはじめとして、イリルンドーサ様に王と王女に処罰を下していただく」
「おー!」
また国民は湧く。
「アンドロス王には散々苦しめられた!」「王女はいい方だと思っていたのに、裏切られた!」
ジェーン・イリルンドーサと名乗る鉄仮面の男は、携えていた剣を引き抜いた。そしてその長い刀身は王の首に当てられる。王は抵抗するそぶりもない。
「アンドロス」
ラーナにも聞こえた。仮面の中から声が確かにした。
「最後に言い残すことは」
イリルンドーサの声に応じるよう王は口を開いた。「ラーナ……」
ラーナがいる箱の方を見た。隙間からラーナと父王の目があう。
「……ラーナは、多くの人に愛されている」
するとイリルンドーサとブロンは同時に笑った。
「なんだそれは! 最期に親子愛を見せるのか! 愚かなものだ!」
イリルンドーサは、ラーナのいる箱を見た。そして、笑いながら、鉄仮面を一瞬外した。その時にラーナは見た。その仮面の下は、決して火傷など負っておらず……。
「……ジェームズ……さん?」
図書室の掃除を担う、ジェームズだったのを、混乱したラーナの頭は確かに見た。
「王女、目を覚まされましたか」
微かな声がした。
「王女、どうか逃げてください」
背中を向けていた男は見張りを任されていたラーナの知らない護衛だった。その護衛は振り返って、緑色の瞳で部屋を覗き込んでラーナを見つめた。
「逃げてください。王が処刑されるとき、全員がその様子を見るでしょう。その隙に逃げるのです。きっと今の王女は先の魔法で魔法が使えなくなっているでしょう。全速力で走るのです」
ラーナから答えが返ってこないとわかると、護衛は続けた。
「私は王女の味方です。信じてください。王は助けられず心苦しいですが、王女だけでも」
イリルンドーサがアンドロス王に向かって剣を振り下ろそうとする。護衛は、その様子を背中で隠した。
「王女は、あんなの、見てはなりません。記憶に残ってしまいます」
護衛は引き扉に手を当てた。
「タイミングになったら、私が扉を開けます、その時に、すぐに逃げてください。私は魔法が使えない者です。魔法で補助できないのが申し訳ない」
国民、兵士が、一斉に声を上げ沸いた。同時に、扉が開いた。
ブロンも、イリルンドーサも剣を高く掲げた。それに多くのものが続くように手を挙げた。護衛も剣を掲げ、ラーナと話していた護衛は興奮したようにわざと大きく扉から離れた……道をあけるために。
人々が気がつくと、ラーナはいなくなっていた。
ラーナトラヴィア王女がその後どうなったのか、誰も知らない。
お読みいただきありがとうございます
ラーナは一体どうなったのか。これで第1章は終わりです。
次からは舞台が変わりメインキャラも出てきます。
よろしければまたお立ち寄りください(^^)




