6、真実に気がついた者
ブロンも王もいなくなり、部屋に二人だけ残されて、しばらく動けずにいた。
「助けを……」ラーナはそれを言うので精一杯だった。
「そうね、護衛は何をしているのかしら。助けを求めましょう」
冷静に言いながらも声は震えている。二人ともこんな事態は初めてだった。王妃が扉を開ける時も、ラーナはその手が震えているのを見た。
扉を開き、廊下に出た。すぐにその光景を目の当たりにした。
護衛が倒れている。扉の前に控えていた鎧をつけた兵士たちは、一人残らず倒れていた。首を切られ血を流した者、鎧の金属と金属の間に剣が刺さった者。彼らはみんな死んでいた。声をあげそうになるラーナを、王妃は手で静止させた。何も言わずに首をふる。
「ここで声を出してしまえば、敵に見つかるわ」
かき消えそうな小さな声だった。ラーナは首を縦に振ることしかできなかった。ラーナは心の中で、『敵』という言葉を繰り返した。
「……王妃様、王女様……」
微かに聞こえる声がした。うつ伏せで背中に深手を負っている近衛隊長をみつけた。体にも顔にも血がついている。王妃とラーナはすぐに駆け寄った。
「大丈夫ですか」
それをいうのが精一杯だ。
微かな声で答えが返ってくる。最後の力を振り絞らんとばかりに、駆け寄ってきた王妃の手を取った。
「仮面を被った男と裏切り者たちが、剣と魔法で……皆を……」
「しっかり!」
息をするのも絶え絶えだ。
「この城には、街には、国には、裏切り者がいます。どうか、安全な場所に……お逃げください」
「近衛隊長!」
瀕死の近衛隊長から力が抜けた。重い瞼を閉じ、力が戻ることはなかった。
「そんな……護衛の中で一番力がある近衛隊長が……」
ラーナの声は上ずる、目に涙が溜まってくる。体に力が入らなくなる。
「ラーナトラヴィア、今泣いている場合ではありません」
そう言う王妃にも目に涙を浮かべている。
「でも」
「逃げましょう。特にあなたは危険な目に遭わせられません」
「どこに?」
母から答えは返ってこなかった。生きている護衛を探すにも、まだこの城には、近衛隊長が言ったような者たちがいる可能性がある。城の妙な静けさにラーナは思わず身震いした。ブロンが使うワープの範囲は城の範囲くらいと限られている、そう考えるとブロンはまだ城のどこかにいると王妃は予想したが、下手にワープして敵に見つかってはいけない。
「そうだ、安全な部屋があるわ。王と私の寝室です。あそこは特別な魔法で守ってますから、少なくとも魔法攻撃からは守れるはず。ラーナ、いきますよ」
二人はすぐさま王と王妃の寝室にワープした。
部屋に入ってからすぐに王妃はウォークインクローゼットを開けた。たくさんの洋服が並んでいるものの、人が二人入れるだけのスペースはあった。部屋の灯りもつけないとクローゼットの中は暗かったが今はその方が都合がいい。王妃とラーナはそこに身を寄せ、扉を閉めた。安全と思われる場所にきたことでキャメロット王妃に少し安堵の表情が伺えた。尚も心臓の鼓動が激しく脈うつのはラーナも王妃も同じだった。
「お母様」
微かな声で呼びかける。王妃がラーナの顔を見たのがわかった。
「さっきブロンさんが言っていた、国の秘密とは一体なんのことですか?」
明らかに王妃はラーナから目を背けた。そして首を振った。
「わかりません。王のみが知っているようなことでしょう。私にも一切教えてくれないのです」
「ブロンさんに聞けばわかるのかしら」
「あなたも見たでしょ、ブロンは裏切り者です。危険なことを言うんじゃありません」
裏切り者。その言葉を口の中で繰り返す。
「他に知っている者はいないのですか?」
王妃は口をつぐんだ。言っていいものかそうでないか、考えている。
「もしかして、お母様は何か知っていらっしゃるんですか? 教えてください、その秘密とやらが今回のことにつながっているのでは?」
ついラーナは興奮気味になる。王妃が静かにするよう指を当てた。小さな声で、王妃は答えた。
「……お母様なら」
「お母様? えっと、それは」
「私の母であり、ラーナの祖母にあたる人です。名前はディアドラ。お母様なら、何もかも見通して知っているでしょう」
「私の……お祖母様? いないのではなかったの?」
「ある時アンドロス王から追放されたのです」
ラーナの疑問は止まらなかった。
「なぜ? 今どこにいらっしゃるの?」
「今どこにいるか、私にもわかりません」
寝室の扉がノックされた。二人は体を固くした。
「王妃様、王女様、いらっしゃいますか?」
「……この声は護衛のあの人の声だわ。彼は安全だわ。助けが来たみたい」
キャメロット王妃はクローゼットの扉をゆっくり開けた。
「このままずっとここにいてはまるで籠城だわ、応援をよんでくる」
「お母様、本当に行くんですか? それなら私も行きます!」
「だめです。いいというまで隠れてなさい」
王妃はクローゼットを開け、ラーナを隠すように扉を閉めた。狭い空間に真っ暗の中一人。ラーナは思わずしゃがみ込んだ。恐怖で足が震えている。何が起こっているのか、頭の中で整理がつかない。王妃が扉を開ける音がした。伺うように少し開いて、「あなたたちだったのね、よかった」と言いながら扉を完全に開けた。そして、それ以降王妃の声がしなくなった。重い物体が倒れるような音がした。ラーナは一瞬心臓が止まったように感じた。
「こんなところに隠れていると思ったよ、この部屋は魔法が使えないからな」
ラーナは記憶を辿り、王妃をずっと護衛していた兵士だと気がついた。
「やはりお前の言った通りだったな。これで俺たちはあのお方からずっといい地位をもらえるぞ。今までのような護衛ではなくてな。金もいくらもらえるんだろう」
他の男の声がする。
「おいおい、今王妃をやったのは俺だ。お前は関係ない」
「なら王女を探さないと。王妃は王女を匿うはずだ。もしかしたらこの部屋にいるかもしれない」
部屋に入ってきたのだろうか、足音が近づいてくる。
「王女はいつも鈴をつけている。聞こえたら間違いなくここにいる」
ラーナの体が震えている。それと同時に腰につけている鈴も……ラーナは鈴を握って音がならないようにした。クローゼットのそばまで来ている。ラーナは息を止めた。
「いそうか?」
「いや、いないな。他のところにいこう」
二つの足音が遠ざかっていく。やがてなんの音もしなくなった。すぐに母親の元に行って何があったか確認したかったけれど、ラーナの足は簡単に動かなかった。嫌な予感が的中するのが怖くて、動けなかった。
どのくらいの時間が経っただろう。ラーナは少しだけクローゼットの扉を開けた。その時ちょうど王妃の顔が見えて、ついにラーナの足に力が入った。
「お母様!」
王妃は心臓を剣で一突きされた状態で倒れていた。強い魔法を使う暇もないまま一息で。
「なんで……なんでこんなことに……」
涙が、一つ、二つ、こぼれ落ちては止まることを知らなかった。
「一体何が……」
王妃はもう動かない。時間が経てば経つほど硬く冷たくなるのがわかる。
と、声が響いた。
「ラーナ王女! どこにいらっしゃいますか? 王妃がお呼びですよ」
その声はさっき王妃を殺した王妃の元護衛を同じだった。声は近づいてくる。今度はラーナを探している。
母親の亡骸を置いてラーナは一人で逃げるしかなかった。
重い足で重い体を前に進めながら、ラーナはこの城はもう危ない場所なのかもしれないと思った。とにかく、外に逃げた方がいい。ラーナを探す裏切り者たちの目を盗んで、ラーナは階段をおり、下の階へと進んだ。だがあることに気がついた。下に行けば行くほど、護衛が、護衛と……いやもう敵と呼んだ方がいいか……と戦っていた。
そしてなんとか最下層のホールに行き着いた時、火の手が回っていることに気がついた。それの国民が火をつけている。軽く武装した国民たちが、兵士たちが、松明の火を城に放り投げていた。そこに油が撒かれ、大きく燃え広がった。
「なぜこんなことをするの……」
城の扉まで行き着くことは難しいだろう。
「こうなったら、バルコニーから飛び降りるしかない。こんなに頭が混乱して集中できるかわからないけれど、そこから魔法で空を飛べば」
ラーナは今降りてきた階段を今度は登っていくことにした。バルコニーは五階にある。
「お母様……お父様……」
足は進みながら、心が追いついていかない。進みながら、平和に見えていた日々の思い出が蘇って気持ちをひきづってくる。様々なことを考えながら、でも今は城の外に逃げることを考えないとと鼓舞した。
バルコニーはいくつかあるが、ラーナが思いついたのは城の五階にある広い部屋のバルコニーだった。この部屋は広いバルコニーのおかげて日当たりもよく、観葉植物を育てている場所だった。この中には誰もいないことを確認して、ラーナは中へと入る。太陽によって暖められた部屋、光が差し込み明るい部屋、そしてバルコニーからは国民の生活が見える部屋。ここはラーナが好きな部屋……のはずだった。バルコニーに続く窓ガラスが大きく破れていた。
ラーナは、バルコニーに思わず身を乗り出して、目を見張った。
城下町も焼けている。人々が逃げ惑い、倒れる人を置き去りにして、敵と戦うものもいる。兵士と一般国民が戦っている。力の差は歴然だった。国民を守るはずの兵士が国民を平然と倒していく。ラーナは思わず目を背けた。
「こんなの、見ていられない」
声を上げたくても上手く声が出ない。
そこここで悲鳴が聞こえる。「王族を守れ!」という声と「王族を殺せ!」という声が、剣と剣の交差する音から聞こえてくる。
「……私にできることは、できることは。泣くだけではだめ、私がなんとかしなくては」
涙しか出てこない。何をすればいいのか考えようとすると、涙が溢れるようにこぼれ落ちる。
「私はキャフリル王国の王女なのだから、みんなを助けなくてはならないのに。お母様の時、何もできなかった。何もできずにただ眺めるだけなんて、ごめんだわ」
ラーナは両手を見た。こんな震える手で何ができようか。どんな魔法をかければこの事態は落ち着くのか。
「ラーナ王女!」
一瞬敵が来たのかと身構えて勢いよく振り返った。
「ジェ、ジェームズさん……」
しかしこの人は少し前まで一緒にいたジェームズではないか。
「王女、ご無事ですか?」
その瞬間、体がふっと軽くなった。
この人なら大丈夫。さっき仲良く一緒にいたではないか。
「城が大変な事態になっていると知って、仕事どころではなくなり、王女を探していました。ご無事で良かった」
「ジェームズさん……」
ラーナはジェームズの前で膝から崩れ落ちた。出し切ったと思っていた涙が溢れてくる。
「そうですよね。怖かったですよね」
「もう一体何が起こっているのか。城も護衛も国民もめちゃくちゃです……お父様はどこかに連れて行かれたし、お母様は護衛に殺されるし。今もみんなが私を探しています」
ジェームズが「失礼します」とラーナの肩に手をのせる。意外と分厚くまめのある手をしていた。
「私、何もできませんでした。これからも何をすればいいのかわからない。こんな事態止めてしまわないといけないのに、放っておけばもっとたくさんの人が死んでしまうというのに……」
「王女、わたくしの目を見てください」
そう言われ、ラーナは顔を上げた。ジェームズの青色の瞳にラーナの顔が映る。
「王女は素晴らしい力を持った、王族の血を引く方です。今日のことを忘れたのですか?」
「今日の……」
ジェームズはニヤリと笑った。
「そうあの魔法のことです」
お読みいただきありがとうございます(^-^)
次の更新は2026年11月5日の16時ごろを予定しています。
多分ですが第1章が終わるまでは1日2回投稿しようと考えています。




