5、叛逆の兆し
ラーナは図書室から出て部屋に戻り、この本を隠そうとした。だが途中で気がついたのは、痛んだ紫色の表紙の本を手に持っていると、通りすがりの者に怪しまれることだった。両親にも見せてみたい興奮が冷めることはなかったが、王妃と王に見つかると取り上げられるのではないかとも思った。そこで自分の持ち物を手元から消してまた呼び戻すことができる魔法で片付けておいた。この魔法は魔法を使う者なら、簡単にできる術だ。今日は午後から家庭教師による授業があるので、本は夜に読むことにしようとラーナは考えた。
それより、気になったことがある。城の衛兵や護衛がいつもより多く、慌ただしくしていることだった。護衛は普段なら必要最小限の人数しかラーナはつけておらず、多くは訓練に勤しんでいることが多いものだ。しかしいつも見ない顔に、正直ラーナは戸惑った。
子どもの頃はよく城を魔法で抜け出したものだが、十歳を過ぎた頃になると流石に両親たちに止められ、かつ自分の状況も理解できるようになり、公的な許しが出ない限りは城の外には出られずに顔見知りの護衛たちや侍女と過ごすことが多かった。衛兵はいつも忙しくしているのであまり話したことがなく、親しげに声をかけることもできず様子を伺っていた。
「また見つけたぞ!」
鎧をつけた護衛は何やら仲間に一枚の紙を見せている。
「一体何枚ばら撒かれているんだ」
呆れた顔をしながら護衛は肩をすくめた。
「今、これと同じ内容の紙が城下町中に広がっているらしい。それも、同時に一斉にばら撒かれた。魔法のようにだ。他の町にも同じものがあると先ほど連絡が入った」
「なるほど。魔法が使われた可能性があるな。それにしても魔法が使えるのは限られた人物だ。一体誰がこんなことを」
「ああ、でもこれがもし事実ならば……」
と、その時、言葉を静止させるように護衛は腰に携えていた剣の柄を握った。
「事実なはずなかろう! これに踊らされるとは、馬鹿なことを言うな」
そう言って護衛は持っていた紙をくしゃくしゃに丸め、乱暴に放り投げた。ちょうどそれはラーナの近くに転がった。
「一応隊長は城の守りを強化するとのことだ。特に陛下をお守りするとのこと。こんな嘘に騙されてないで、仕事に戻るぞ」
二人が離れていったところで、ラーナは丸まった紙を拾い、広げてみた。印刷された紙に、ラーナは思わず目を疑った。
『今のルリーサイント家はキャフリル王国の正当な王位継承権を持った血族ではない。本当に王になるべき存在は他にいる。血を分けた二人の兄を忘れるな。今こそ暴虐無人な王族を討ち、本来あるべき国の姿を取り戻す時だ』
何が書いてあるのかわからなくなり、何度も最初から読み返した。
「ど……どういうこと?」
しばらくラーナは動けなかった。気がついて息をし始めた。ようやく血が通い始めた気がした。そして動くことができるようになると、一目散に走って王と王妃の元へ駆けて行った。
父である王の執務室がある。この時間帯には王は執務室で仕事をしているとみて、ラーナは混乱する思考の中でも足を向けた。的中した。しかし扉が固く閉まり、一〇人ほどの近衛兵が立っている。近衛兵たちはラーナに気がつくと礼をしたものの、いつものようにラーナは返すことができなかった。近衛兵たちはラーナならと入っても大丈夫と考えたのだろう。扉への道をあけてくれた。ラーナはノックして王に会おうとした時だった。
「これは一体どういうことですか?」
キャメロット王妃の声だった。ラーナが一番言いたいことを母は全く同じように問いつめた。
「こんなものは知らない! 知らないと言っているだろ!」
王の声がする。いつもどこか冷静なはずのアンドロス王は、この時ばかりは声を激しく荒げていた。何か隠し事があると父王は声を荒げる癖がある。やはり何かを隠しているのだろうか、ラーナはそんなことを思った。
「王国に関わる内容ですわ。これがもし事実なら、国民が黙ってはいません」
「だから、知らないと言っているだろう!」
「もしかして、まさかと思いますが、これが『王国の真実』と呼ぶものですか?」
キャメロット王妃は、『王国の真実』という言葉をややゆっくりめに言った。
少し時間があく。中から王の笑い声が聞こえた。
「さすが娘だ。あの者に似ておる」
「今そんなことは関係ありませんわ!」
やはり王は何か隠している。ラーナは素早くノックして、王から制止されたが部屋の中に入っていった。椅子に座った王に、王妃が机に手を当てて身を乗り出している。
「ラーナ、なんの用だ。今大事な話をしている。後にしてくれ」
怒りが残っているのか、ラーナに対する目つきも鋭い。ラーナはそんな目を見つめ返して、手に持った例の紙を王と王妃に見せた。
「これはどういうことなのですか? 私はお母様と同じように、何が起こっているのか、知りたいのです」
部屋には護衛が大勢いた。彼らの視線は王女に注がれる。きっとこの人たちも知りたいのかもしれない。
「知らなくてもいいことがある」
王は、ラーナから目を逸らした。
「知られていないから、こんな真実か憶測かわからないような紙が配られているのではありませんか?」
「子どもが口出しするな!」
「私もラーナと同じくそう思いますわ」
鋭く王妃が言った。
「お父様、秘密とはなんですか? お父様は秘密を隠しすぎています。ご自身のことも国のことも。あの、隠された呪文の事だって……」
「呪文? 一体何のことを言っている? ……それとも」
王の顔から血の気が引いていく。
「……まさか」
すると、勢いよく王は椅子から立ち上がった。そして部屋中に響くような大きさの声で、告げた。
「今すぐ、ラーナトラヴィア以外部屋を出ろ」
護衛たちに動揺が走った。互いが互いに目を合わせ、どうすればいいのか考える。
「これは王族しか知ってはならんことだ」
ラーナは大事なことを確認する。
「待ってください。お母様は? お母様は家族でしょ?」
「王族の血のあるものだけだ」
「だからってお父様、お母様があんまりです」
「キャメロットは、あの者に聞けばいいのだ」
「……あの者……?」
敬礼をして、近衛兵長が進み出た。「申してみよ」という言葉に頭を下げながら述べる。
「この状況で両陛下と王女様だけにしてしまうのは、警備上いささか心配かと」
「大丈夫だ。どうせ何も起きん。その紙を書いた憎き不届き者は実行に移さぬ腰抜けだ。今はラーナに教育するほうが重要だ」
少し冷たい空気が流れる。
「はっ。失礼いたしました」
「今から重要な話をする。王族以外は出るように。心配な者は扉の前で待っておれ、のちに扉を開けることとする」
王の言葉を聞いて、諦めたような顔をしながら護衛たちは部屋を出ていった。
「失礼いたします」
一人の老人がノックをして入ってきた。護衛たちが出た後、入れ替わりで入ってきたのは、王の侍従長で一番の側近でもある、ブロンという人物だった。
ブロンは元々先代の王に仕えており、その後先王が亡くなるとアンドロス王に仕えた。家柄も王家の血筋が入っており簡単な魔法なら使うことができた。今では王のそばに仕える最側近ともいえ、王が一番心を許している人物でもあった。高齢ではあるが、武術にも剣術にも若い者にも負けず、王の絶大な信頼を得ている、本来なら親しみをこめた言い方をするのに、今回ばかりは少し機嫌が悪そうな顔をしていた。
「なぜ入ってきた。そなたも同じだ。聞かなかったか、王族しか入ってはならないと」
ブロンは頭を下げた。
「紙の内容を見て、驚き、すぐに王の元に行くべきだと」
「なるほど、そなたも馬鹿者の遊びに振り回されておるのか」
「……馬鹿者の……遊びですか」
王は呆れたような顔をして、椅子に座り直した。
「心配はいらぬ、嘘にきまっておる」
「……そうでしょうか」
「ん?」
王が眉をつり上げた。ブロンはなおも頭を下げたままだ。少し足が震えている。
「本当のことをおっしゃってください。国民に教えてください」
「一体何を言っておる……?」
ブロンが顔を上げた。
「わたくしはこれまで先祖代々ずっと、王位継承権を持ちキャフリル国の王となる方に仕えることを誇りにしてきました。しかし、まさか、裏切られるとは思いませんでした」
「裏切られる? なんのことだ。いくら侍従長でも言葉が過ぎるぞ」
今ここに護衛はいなかった。ブロンは続けた。
「私は隠されていた秘密に気づいてしまったのです。ルリーサイント王家の血を継ぎ、本当の王となるべき方は他にいる。そして、歴史と掟どおりにいけば本来はその方がなるべきだった。しかし高貴な血を持ちながら、王族らしい生き方は許されなかった。挙句の果てには下僕のように働かされて、その血が流れていることさえ忘れ去られていた。しかしその方は自身の秘密に気がつかれたのです。私はその方に謁見しました、国をよくするための素晴らしい考えをお持ちの方だった。考えれば歴代の王家は国民を軽んじている。この方こそ王にふさわしい」
ブロンはまだ言い足りないようで言葉を続けようとしたが、王は声を荒げられずにはいられなかった。
「ふざけるな! そんな戯言を言って、不敬にも程がある!」
ブロンは構わずに続けた。もう王に頭を下げることはない。こんなに二人が声を荒げていても、扉の向こうにいるはずの護衛は入ってこない。それを耳で確認する。
「王はその血を分けた者たちのことを知っているはずです」
「王族の秘密をなぜ知るものがいる。これは私しか知らないはずだ」
「おや、やはり隠し事の秘密はこれですか?」
王が目を見開いて唾を飲み込んだのを、ラーナは見た。
「そのような者はいない。存在しない!」
「そう存在しないように、歴代の王はその血筋を歴史の闇に封じ込めてきたのです。今では国民も知らないし、他の使用人も知らない。私も、前までは知りませんでした。その方に聞き、真実を知るまでは。私とて王に仕えてきた存在。最初は疑いました。しかし、全ての証拠が当てはまる今、否定はできないのです」
ブロンはカツカツと足音を立てながら、王の横まで歩いて行った。王に近づいても礼をしないその姿は、不敬そのものだが、ブロンは気にしない様子だった。
「王権を奪った、そして他の血族を隠した、それこそがこの血族の罪でもあるのです。高貴な王族の中の裏切り者の末裔であり、それは同時に国民の裏切り者である。今日この日こそ、正統な王位継承者が太陽の元に照らされる時なのです。そして陛下」
ブロンはアンドロス王を見た。
「今までありがとうございました。悪く思わないでください。これはずっと隠してきた王が悪いのです、われわれ国民は騙されてきたことなのですから」
「ブロン、いくらなんでも許さん。お前など処刑台に……」
その時だった。王の意識は無くなった。ブロンが王の首の後ろを叩いたのだった。
「陛下!」「お父様!」
と、ブロンは腰の短剣を引き抜いた。刀身が鋭く光る。それを気を失っている王の首に当てた。キャメロット王妃は魔法をブロンに繰り出そうとしたが。やめる他選択肢はなかった。
「キャメロット王妃、ラーナトラヴィア王女、今私に攻撃しようものなら、王に命はありませんぞ。今あなた方の王は気を失っています。これから新たな王になる方の元に差し出し、その方が自らの手で裁きを下すのです」
「なんのつもりです、大罪を犯していることがわからないのですか」
「王族の人間を探しているのは私だけではないことを伝えておきましょう。いつか捕まるのですから、あなたがたはせいぜい逃げるのです。それに、連れてくるよう言われているのは、王だけです。老人の身ですから、連れて行けるのはアンドロス王で精一杯ですね」
キャメロット王妃とラーナ王女を交互に見た。そしてブロンは言った。
「それでは」
気を失った王を抱えるとブロンの足元は白く輝き出した。そして瞬きするうちにワープ魔法で消えていった。
次話は2026年11月5日の朝8時30分ごろを予定しています。
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