4、『ルーイン』という呪文
ジェームズもラーナの横につき、ラーナと共に本を確認した。本の大きさはラーナがいつも読む本の大きさと変わらず、大きすぎることも小さすぎることもない。さほど分厚くもなく、すぐに読めそうだとラーナは思った。ただ本来紫色の表紙は傷んでいて古めかしさが感じられた。
「……不思議なこともあるものです。普通部屋が埃っぽかったら本にもついて本も埃っぽいと思うのですが。その点、これは綺麗ですわ」
「た……確かに。もしかしたら、大切な本なのですから、魔法で守られているのかもしれませんよ」
「なるほど! 気がつきませんでした。そうに決まってますわ。表紙は痛んでいるように思いますが、肝心の紙自体は綺麗ですわ。ここもきっと強い魔法で守られていたのでしょうね」
「そ、そうに違いありません」
ジェームズは本に触ろうした。そして、手を引っ込めた。
「この本は、王族の本なのでわたくしではいけませんね。ついつい手に取ろうとしてしまいました。失礼いたしました。王女、さっそく開いてみてはいかがですか?」
「そうね。さっきの部屋のことも書かれてあるかもしれない」
石の台に乗っている紫の表紙の本には、王族の紋章──太陽とそれを支えるような三日月と、植物の模様の下には二匹の鳥──が描かれている。これは王族のみが読むことを許されたものだと、物語っている。隠された本とは一体どんな内容なのか……気になる気持ちと冷静になれという思いが心臓の鼓動を激しくさせる。ラーナは小さく震える手で表紙を開けた。
表紙を開けてすぐ、古語でこう書かれた。
『この魔法は、王族のみ使えることができる。発動するには王族の術者の血を一滴必要とする』
「……王女、なんと書かれてあるのでしょうか」
「この魔法は王族のみ使えると、書かれてあります」
「やはりそうでしたか。どおりで王族の隠された魔導書とされるわけだ。王族……つまりルリーサイント家しか使えないのですね」
「そのようです」
ラーナは熱心にページをめくっていく。
「もしよろしければ、その呪文はなんなのでしょうか、教えてはいただけませんか?」
「そうよね、ここまできて気になるのはあなたも同じですよね」
魔導書には、このように書かれていた。
呪文の名前は……。
「『ルーイン』という呪文だそうです」
「……どんな呪文なのでしょう」
「それが、こう書かれてあります」
少しも黄ばみがかっていない紙に書かれた古語の文章を、指でなぞりながら読み上げた。
『ルーイン』という呪文は、この国が生まれた頃の古語の意味で『再生』。国に再生をもたらす特別な呪文である。
「再生ですか」ジェームズは感嘆するように言った。
「これには続きがありますわ」
ラーナは読み上げる。
かつて国に争いが起こり、建物は壊れ、多くの人々が死に至り、混乱に陥ったとき、ルリーサイント家の王が唱えた。すると建物は戻り、草木は育ち、人々の心には平安が戻り、争いは終結した。平和をもたらす特別なものとしてこの魔法は管理され崇められることになった。王はのちに英雄とも称され、国をその魔法と共に豊かなものへと繁栄させていった。
「これは……素晴らしい魔法のようね」
ジェームズはにっこりとラーナに笑いかけた。
「そのようですな。まさしくこれは王女が知っておくべき魔法なのかもしれませんな」
「なぜこんな素晴らしい魔法が隠されているのか分かりませんが、とてもいい魔法だわ。この本の続きは……そうね、初めてかつての王がルーインを使った時の状況や歴史が書かれていますわ。そして、その王が使った後に、他の王も使ったとのこと。……どうして私はこれまでこの歴史を知らなかったのかしら。お父様の方針? 本当にお父様は隠し事が多いですわ」
ラーナは本を閉じ、表紙を親しげに撫でた。そしてジェームズを見た。
「この本、もっと読んでみたいわ。借りてもいいかしら?」
「ははは、王女様、わたくしはあくまで図書室の掃除係ですよ? 本の貸し借りを管理する立場ではございません」
「それもそうね。でもジェームズさん以外の他の図書室の方はこの本の存在に気がついていないのでは? この本のことを知ったら、驚かれてしまいます。それに気が付かれたらどうしよう」
と、ジェームズは拳で掌を一つ叩いた。
「なら、王女」
「この隠された魔導書を持ち出したのは、わたくしと王女だけの秘密にしましょう。わたしが責任を持ちます」
「本当にいいのですか? 明日には返します」
「いえ、せっかくですからごゆっくり読んでいただきたい」
「……では、お言葉に甘えさせてもらいます」
王女は片手に本を抱え、もう片方の手でドレスを持ち上げた。
「ありがとうございます」
「そんな、礼をされることなんてしておりません」
ラーナは本を両手でしっかり抱えた。
「それにしても、ここは空気がよろしくありません。図書室に戻りましょう」
「そうですね」
二人は部屋を後にした。石の扉を通ると、あとは勝手に閉まった。魔法がかかっているようだ。石像が壊れた二つの部屋もとおる。その時ラーナは自分の中で腑に落ちたことがあった。
「この石像が壊れているのは、魔法が使われる前のことを表しているのですね。ほら、呪文の意味は再生でしょ? ここに壊れたもので、破壊と再生を表現しているんだわ」
「なるほど、そういう意味でしたか。さすがラーナ様は聡明でいらっしゃる」
ラーナは謎が解けて清々しい気持ちで図書室に戻った。
いつも嗅ぐ図書の香りに興奮していた心が落ち着いてくる。長い時間いたような気がしていたが、時間は一時間も経っていないようだ。
「では、今日はありがとうございました。冒険しているみたいで楽しかったわ。本は明日返します」
「こちらこそ、楽しいひとときでした。本の内容、また聞かせてください」
「ええ、ぜひ」
大切そうに本を抱え、ラーナは図書室を出て行った。
さてと。ジェームズは仕事に戻る。はたきを取りにいくと、図書室の貸し出し業務にあたる図書係の老婆がじっと睨みつけているのに気がついた。
「あんた、どこ行ってたんだよ。仕事をサボっていたのかい?」
「ああ、すみません」
「それにあんた、なんでそんなにニヤニヤしているんだよ」
老婆に言われてジェームズは開いていた唇を噛んだ。一息ついて、老婆の言葉に答えた。
「いえ、ラーナ王女はとても素直な方だなと思って」
ジェームズはもう一度唇を強く噛んだ。
次話は2026年11月4日の16時ごろを予定しています
よろしければお待ちください(^ ^)




