2、とある賢者の予言 ②
ラーナ王女はその後すくすく成長していったようだった。追放された身の私はキャフリル王国から遠く離れた場所に移り住み、魔法で様子を見る事しか許されなかったが、ラーナ王女のことは毎日見ていたよ。
ラーナ王女はとても明るく笑顔の絶えないお人になった。元気で朗らかで太陽のように眩しかった。
ただ少し困ったことに、城からワープ魔法で抜け出してしまう癖があるようだ。城下町に行っては、一人で歩き回り、同世代の遊び相手を見つけて遊んでいたようだ。王も王妃も、勝手に抜け出すことを止めたが、遊び盛りのまだ幼い王女にとって城に居続けることは退屈だったのだろう。王女には気付かれないよう平民になりすました警備をつけ、王妃の使う魔法できちんと見守ることで、暗黙の了解を得ていたものだ。それに、国民と仲良くする王女は、予言通り、王にとっても望ましい姿だったのかもしれん。
これは確か王女が六歳の時だったかね。
「すみません、ナタリーいますか?」
昼下がりの城下町、大通りに面するとあるパン屋に入ってきた女の子に、店主の男性は目を見張った。
「お、王女! まさかここにいらっしゃるとは!」
困惑する店主をよそに奥から女の子が出てきてラーナを迎えた。
「ラーナ王女だ! 本当にきてくれた! お家に来るって約束守ってくれた!」
そう嬉しそうに言ったのはこのパン屋の娘ナタリーだった。ラーナ王女とは同い年で昨日一緒にかくれんぼして遊んでいた子どもたちの一人だった。ナタリーは両親に秘密で次の日はお家で一緒に遊ぼうと約束していたのだった。
「ナタリー、まさかナタリーが呼んだのかい?」
「そうだよ、お父さん」
「困ったな……」
店番をしていたナタリーの母が、ナタリーと目を合わせてこう諭した。
「ラーナ王女を家や店に入れるのはいけません」
「なんで?」
そう尋ねたのはラーナ王女の方だった。丸い目で見つめられてナタリーの母は困惑してしまう。どう言えばわかってもらえるか。
「それは警備上の理由が……周りの護衛様が探せなくなりますし……」
今頃店の外で護衛が探していると思うと心がざわつく。王女に何かあったら大変だし責任なんてとれない。だから護衛が見える範囲で遊んでもらっているのだ。
「そうだ、王女様、ナタリー、パンを作るついでに作ったクッキーがあるんです。お外で一緒に食べましょう。中では食べられないので、お外で食べましょう」
「もしかして昨日作ったクッキー? 食べたい!」ナタリーは目をキラキラさせる。「カゴに入っているやつだよね! 持ってくるね!」
ナタリーは店の奥に駆けていった。
「私も食べていいの? ナタリーやパン屋さんたちが食べるために作ったんでしょ?」
かわいい質問を聞いたナタリーの母は、にこやかに優しく微笑んだ。
「いいんですよ、王女」
「やったあ!」
ほんとに嬉しいとぴょんぴょんとジャンプして溢れる喜びを表現する。
「え、いいのか? お菓子を王女様にあげて大丈夫なのか?」
話を聞いていたナタリーの父が妻に問いかけた。
「ほら、城にはきっと毒味役ってのがいるだろうに。別にお菓子を疑ってるとかじゃないけど、召し上がってもらって王女は不安にならないかな」
「そうね、変なものは入ってないけど、王女のお口にもあうかしら。やっぱりあげるのは」
「ドクミ? なんですか?」
「クッキーにお腹を壊すような変なものが混ざってないかを確認するんです。それにちゃんとおいしいかも」
すると王女はこう言い張った。
「ナタリーのお母様がつくったものなら、絶対おいしいに決まってます! 変なものなんて入ってるわけありません! お腹も壊しません!」
「……王女様……」
ナタリーが持ってきたカゴに入った袋の中にはたくさんのクッキーが入っていた。綴じていたはずだが空いていて、ナタリーがもう食べている様子。ナタリーは袋からクッキーを取り出すと、王女に向かった。
「おいしいよ! 食べてみて!」
四角い形のクッキーをナタリーからもらうと、ナタリーの両親が見ている前で、王女は口に入れた。サクサクという音が三人には聞こえ、飲み込んだ後で、ラーナ王女はほっぺに手を当てた。
「すっごくおいしいです! ナタリーのお母様のクッキーもお店で売ればいいのに!」
「よかった……」
「お母さんのクッキーおいしいでしょ? もっとどうぞ!」
ナタリーの父は笑いながら言った。
「こらこら、お外で食べる約束だぞ。お母さんとお外に行って食べなさい」
「そうだった! ラーナ王女、行こ!」
ナタリーに連れられラーナ王女とナタリーの母は外に出た。
外は活気で溢れていた。パン屋は商店が並ぶ通りにあるため、通りに出るとたくさんの買い物客が歩いていた。ラーナ王女はナタリーと平然とクッキーを食べているが、ラーナ王女がいるだけでパン屋は注目の的となった。とはいえ王女を街で見かけるのはそう珍しいことではなくなったのだけれど。
「ねえナタリーのお母様のクッキーおいしいから、もっと知ってもらおうよ」
「いいね! まだたくさんあるから配るのはどう?」
「私はいいよ! もういっぱい食べたから、今度はみんなにも食べてほしいな」
「ちょっとちょっと、子どもたちだけで話が進んで……それにどうやって配るのですか?」
ナタリーとラーナ王女は考える。
「お店一つに、一つのクッキーを、お店の人に渡すとかどうですか?」
「いいね! 隣のお店にも、向こうの八百屋さんにも食べてもらおうよ」
「ま、まあ、子どもたちに任せるか……」
こうやってナタリーの母のクッキーを歩きながら配るのが始まった。
「ナタリーのお母様のクッキーおいしいですよ」
「多分今度からパン屋で売り出しまーす」勝手にナタリーは宣伝する。
「ナタリー、まだ決まってないわよ」
「お母さんのクッキーぜひ買ってくださーい。今日はタダで配ってまーす」
「おいしいですよー」
ナタリーの母が赤面しているのを、前を歩く子どもたちは気がつかない。
「王女も言ってるみたいだし、今度買いに行こうかしら」
「かわいい宣伝だこと」
三人に微笑ましい視線が注がれる。クッキーを食べてくれる者もいれば話してくれる人もいる。
雑貨屋の前を通った時だった。
「お? クッキーか? 食べてみたいな」
通りを歩いていると、雑貨屋の男性店主が三人を見ていた。
「あ! 雑貨屋のおじさん。食べる?」
さっそくナタリーは一枚取り出していた。
「おいしいよ!」
「王女もお墨付きか……ん! おいしい!」
「ナタリーのお母さんが作ったんだよ。今度パン屋で売るよ」
ナタリーの母が雑貨屋の店主に困った顔を見せた。
「まだ決めてませんよ。うちの子どもが勝手に言ってすみません」
快活そうな若い店主は大声で笑った。
「王女もお気に召したなら、お城でも売れるかもしれません」
「そんな、そこまでの自信はありません」
「今度買いに行きますよ」
雑貨屋の店主は王女を見た。
「それにしても、パン屋の奥さんも大変ですね、今日はラーナ王女がいるんだもんな」
「きっと護衛の人が探してるわ」
「護衛も大変だろうな」
その時、雑貨屋の店主は閃いた。
「そうだ」
雑貨屋の商品である銀色の鈴を一つ手に取った。揺らすとシャンシャンと鳴る。
「なあに? それ」
興味深そうにラーナ王女は見つめていた。
「王女、城下町のみんながラーナ王女が来たとわかるよう、これをつけませんか?」
王女の澄んだ瞳は鈴から店主の茶色の目に映った。
「今、お金持ってない……」
「いいんです、これは差し上げます。腰のベルトにおつけしましょうか」
「うん」
店主はラーナ王女のピンクのドレスについた腰のベルトに銀色の鈴をつけた。
すると、店の中で座っていた店主の母親が、見かねた様子で顔を出した。
「ちょっとバルグ、王女に鈴をつけるなんて、犬や猫じゃないんだから」
店主の母親は男性に注意したが、当のラーナ王女は満足そうだった。試しに飛び跳ねるとシャンシャン音が鳴ってよく聞こえる。
「綺麗な音。ありがとう!」
心配でみかねたのか街の者がつけた鈴は意外と役に立った。王女が身につけた鈴が鳴ると、近くに王女がいると気がついて、みんなが王女のことを出迎えた。お話したりお菓子をあげたり遊び相手になったりしたものだ。王女が来るだけで国民は嬉しそうにしていたよ。
そんな元気な王女だったが、ちゃんとしなければいけない場面では王女の貫禄を見せた。他国の王家が来た際、幼い王女はきちんとご挨拶をし、おとなしくじっとしているのだった。お客様である隣国の王子から話しかけられたときもきちんと一人でお話しなさっていて、それには普段元気な王女を見ている両親も私も驚きを隠せなかったようだ。本当に聡明なお方になったものだ。
実は一度だけ私もラーナ王女に会ったことがある。私は、王は内緒で、娘である王妃に会ってとある用事をこなすためにキャフリル王国に出向いた。そこで街の中で見つけたのだ。その時身を隠すためのフードを深く被っていたが、王女はフードを被った私にさえ恐れた様子もなかった。こちらとしては少し心配するがな。何かを読み取ったのであろう、シャンシャンと腰につけた鈴を鳴らして近寄ってくると、王女から話しかけてきたものだ。
「おばあさん、なんでフードを被っているの?」
そのころの王女は七歳くらいだろうか。まさか城から抜け出してきた王女に出会うとは思わなかった。魔法越しに見る王女よりよっぽど頬がふっくらとしていて可愛らしかった。金色の長い髪は編み込みもされていて、サラサラと風に靡いていた。思わず我が孫の頭をよしよしと撫でたくなるのをぐっと堪えた。
「フードをかぶっていると怖いかい?」
「ううん、怖くなんかないよ」
ラーナ王女の透明感のある金色の瞳が美しかった。
「こうしている方が私は好きだからさ」
「そっか!」
ラーナ王女は本当に笑顔の絶えない子だった。
「私はね、おひさまがいっぱい浴びれるようにフードがないほうが好き!」
太陽の輝きが似合う子だよ。
「そうかい、そうかい。おひさまはあったかいもんね」
そんな他愛のない時間もすぐに終わってしまった。ラーナ王女を警備している王国兵が私の目には見えた。フードを深く被っていて、追放された身の私が兵士に見つかれば、大変なことになる。王女と話すのはこれで終わりにした。
「私と出会ったことを誰にも言わないでおくれ」
すかさず王女に言った。
「どうして?」
何もわからない様子の王女は首を捻る。
「そうしたら、私はもう王女の前にいられなくなるからね」
「……約束する」
それはまるで何かを感じ取ったかのようだった。
「賢い子だ。さ、おうちに帰りなさいな」
王女は何かを察したのだろう、黙って城の方に歩いていった。一度振り返ってこちらを見たが、それ以上関わるのは王女のために良くない。なんせ追放された身なのだから。
「大きくなりましたね、ラーナ王女」
同時に祈った。この子が予言通りにならないことを。私はこの時ほど、自分の予言が外れて欲しいと願ったことはない。




