第四章 公爵家の滅亡
反逆罪の審理は、異例の速さで進められた。
本来なら数か月を要するはずの証拠調査が十日で終わり、証人の大半は非公開の場で証言し、グランフェルト公爵家側が求めた再鑑定は却下された。
公爵レイモンド・グランフェルトは王宮の廊下を歩きながら、その結論を聞いた。
六十歳を超えた老公爵は、長く国王ロベルト三世の友人として仕えてきた男だった。若い頃には共に戦場に立ち、先王の死後には即位直後のロベルトを支え、幾度も王国の危機を乗り越えている。
国王もまた、グランフェルト家の反逆を信じ切れてはいなかった。
非公式に開かれた会談で、ロベルトは疲れた顔をレイモンドに向けた。
「レイモンド」
「陛下」
「本当に、何も知らぬのだな」
「陛下まで、その問いをなされますか」
国王は目を伏せた。
「いや」
しばらく沈黙した後、椅子の背に身体を預けた。
「私は、お前を知っている」
「では」
「しかし、エドワードは譲らぬ」
公爵は何も言わなかった。
「軍務卿も司法卿も、証拠は揃っていると言う。評議会の半数が、お前たちを残せば内乱になると……」
「陛下」
レイモンドはゆっくり立ち上がった。
「私は四十年、あなたに仕えました」
「分かっている」
「あなたが王子だった時からです」
「分かっている」
「ならば、最後くらいは王としてお決めください」
ロベルトの顔が歪んだ。
しかし、結論は変わらなかった。
グランフェルト公爵家は爵位を剥奪された。
領地、城、鉱山、商会への持分、王都の邸宅、そのほか王国内に所有するほぼすべての財産を没収。
当主レイモンド。
妻エレナ。
嫡男アルベルト。
次男カール。
長女マリア。
そして同行を望む家臣たち。
全員が国外追放となった。
処刑ではなかった。
国王が最後に残した情けだった。
だが、千年近く続いてきた家にとって、それは死刑に近い。
出発の朝。
王都のグランフェルト邸は既に王家の封印を受け、家具も絵画も持ち出すことを許されなかった。
アルベルトは生まれ育った部屋を最後に見回した。
机。
本棚。
幼い頃にエドワードから贈られた木彫りの馬。
セシリアが十六歳の誕生日にくれた銀の筆記具。
何一つ持っていかない。
手荷物は衣類と、母から渡された家族の聖典だけだった。
廊下へ出ると、父が待っていた。
「行くぞ」
「はい」
屋敷の前には馬車が三台。
かつて数百人いた使用人のうち、同行を許されたのは十数人だけだった。
古参の執事。
侍女。
数人の騎士。
ほとんどが年老いている。
若い家臣には残るよう父が命じた。
「我々についてくれば、その者の子供まで国を失う」
そう言った。
王都の大通りを進む。
人々は道端から見ていた。
罵声はほとんどなかった。
それがかえって重かった。
昨日まで王国随一の名門として知られた家族が、今日から名前以外のすべてを失う。
アルベルトは馬車の窓から街を見ていた。
王宮が遠ざかっていく。
どこかにセシリアがいるのではないかと思った。
見送りに来ているのではない。
そんな期待ではなかった。
ただ、最後に一度くらい姿を見るかもしれないと思った。
しかし、彼女は来なかった。
城門が近づいた時、父が向かいの席から口を開いた。
「アルベルト」
「はい」
「復讐を考えているか」
アルベルトは答えなかった。
父は窓の外を見た。
「考えるなとは言わん」
「……」
「だが、それだけで生きるな」
アルベルトは父を見た。
「家も土地も名誉も奪われた。王国に残したものは、もう戻らんかもしれん」
「父上」
「それでも生きろ」
公爵ではなくなった老人は、静かに息子を見る。
「生きている限り、人間までは奪われていない」
アルベルトは返事をしなかった。
城門を抜ける。
二十一年間暮らした王都が、背後へ消えていく。
彼は一度だけ振り返った。
遠くに王宮の尖塔が見えた。
あの中で、エドワードは何をしているのだろう。
セシリアは何を思っているのだろう。
問いは浮かんだ。
しかし答えを求めることを、その時やめた。
前を向いた。
王都を出た馬車は北へ向かった。




