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北王帰還 ――追放された公爵令息は、二十年後に故国を征服する  作者: ゲント・カイ


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第三章 友の告発

王宮からの召喚状が届いたのは、雨の朝だった。


 アルベルトは理由を知らされていなかった。


 ただ、王太子エドワードが緊急に会いたいという。


 いつものことだと思った。


 南部の洪水か、北方国境の問題か、あるいは外国使節との交渉について急ぎ相談があるのだろう。


 アルベルトは馬車を使わず馬で王宮へ向かった。


 雨に濡れた石畳を進み、東門をくぐったところで、普段とは違うことに気づいた。


 王太子府へ向かう廊下に、近衛兵が並んでいる。


 しかも、何人かはアルベルトを見ると、わずかに視線を逸らした。


 執務室の扉を開く。


 そこにいたのはエドワードだけではなかった。


 宰相。


 軍務卿。


 司法卿。


 近衛騎士団長。


 そしてセシリア。


 彼女は窓際に立ち、両手を胸の前で重ねていた。


 アルベルトは足を止めた。


「何があった」


 誰もすぐには答えなかった。


 エドワードが机の向こうに座っている。


 いつもの友人の顔ではなかった。


「アルベルト・グランフェルト」


 正式な名で呼ばれた。


 アルベルトはゆっくり彼を見る。


「反逆の疑いがある」


 意味を理解するまでに、少し時間がかかった。


「誰に」


「お前にだ」


 アルベルトはエドワードを見たまま、しばらく何も言わなかった。


 それから、ほんの少し笑った。


「朝からずいぶん悪趣味な冗談だな」


「冗談ではない」


 机の上に、一通の書簡が置かれた。


 アルベルトはそれを手に取る。


 読んだ。


 もう一度読んだ。


「これは私が書いたものではない」


「筆跡鑑定では、お前のものと判断された」


「鑑定した者を連れてこい」


「他にもある」


 帳簿。


 武器の記録。


 騎士たちの証言。


 次々と示される。


 アルベルトは最初、一つ一つ反論していた。


 しかし途中から、言葉が少なくなった。


 巧妙だった。


 彼自身の行動や公爵家の取引を熟知していなければ作れない。


 誰かが長い時間をかけ、グランフェルト家を反逆者にするための物語を作っている。


 アルベルトは書類を机に置いた。


「調査に時間をくれ」


「その間に軍を動かすのか」


 エドワードの言葉に、アルベルトの動きが止まった。


「何だと」


「お前ならできる」


 部屋の空気が変わった。


 アルベルトは親友の顔を見た。


「本気で言っているのか」


「公爵領には一万を超える兵を集められる。北西軍にもお前と親しい者がいる。王都の官僚にも、軍にも、お前を支持する人間は多い」


「だから?」


「もしお前が反乱を起こしたなら、王国は割れる」


 アルベルトはしばらく何も言わなかった。


 やがて机から手を離す。


「エドワード」


 王太子ではなく、名前で呼んだ。


 近衛騎士団長がわずかに身じろぎしたが、エドワードは止めなかった。


「俺を見ろ」


 エドワードは顔を上げた。


「俺が、お前の王位を欲しがったことが一度でもあったか」


「人間の考えは変わる」


「俺が、いつ、お前を裏切った」


 答えはない。


「十七年だ」


 アルベルトの声は低かった。


「俺たちは五歳の頃から一緒だった。剣を習った。馬から落ちた。教師から逃げた。お前が十三の時に高熱を出した夜、俺は朝まで部屋の外にいた。覚えているだろう」


「昔の話だ」


「そうだ。昔の話だ」


 アルベルトは頷いた。


「だから、今のお前に尋ねている」


 一歩、机へ近づいた。


 近衛兵たちが緊張したが、アルベルトは剣に触れなかった。


「証拠ではない。俺を信じるかと聞いている」


 長い沈黙だった。


 エドワードはアルベルトを見ていた。


 その目の奥で、迷いが揺れていた。


 それをアルベルトは見た。


 だから、最後まで待った。


「信じたい」


 やがてエドワードが言った。


「だが、王太子として信じることはできない」


 アルベルトの顔から、何かが消えた。


 怒鳴らなかった。


 机を叩きもしなかった。


 ただ、視線を落とした。


「そうか」


 それだけだった。


 そして、セシリアを見る。


 彼女は青ざめていた。


 アルベルトは少しだけ表情を和らげた。


「セシリア」


 彼女が顔を上げる。


「君は?」


 たった二文字の問いだった。


 セシリアの唇が開く。


 しかし言葉が出ない。


「私が反逆を企てたと思うか」


「アルベルト……」


「思うのか」


「私は……」


 彼女は両手を強く握っていた。


「私にも、何が真実なのか分からないの」


 その言葉が落ちた後、アルベルトは動かなかった。


 雨音だけが窓の向こうで続いていた。


「分からない」


 彼は静かに繰り返した。


「ごめんなさい。でも、これだけ証拠があって……殿下も……」


「分かった」


 セシリアの言葉を遮った。


 声は穏やかだった。


 その穏やかさの方が、セシリアには恐ろしかった。


 アルベルトは婚約者を見つめた。


 長い時間ではない。


 それでも、二人の間にあった十五年以上の歳月を確かめるには十分だった。


「もういい」


「アルベルト」


「もう、答えはもらった」


 近衛兵が進み出る。


 剣を預けるよう求められた。


 アルベルトは腰の剣を外し、騎士団長に差し出した。


 柄には、成人祝いとしてエドワードから贈られた王家の紋章が刻まれていた。


 騎士団長が受け取る。


 アルベルトは一度だけその剣を見た。


 それから背を向けた。


「アルベルト」


 エドワードが呼んだ。


 彼は振り返らなかった。


 扉が閉じた。


 その日、三人の幼馴染だった時間は終わった。


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