第十二章 故郷ではない土地
公爵領の中心都市グランベルクは、名前だけが残っていた。
グランフェルト家追放後、領地は三つに分割され、王家の寵臣たちに与えられた。
最初の数年は問題なかった。
しかし新領主たちは王都への献金を優先し、道路や水路の修繕を怠った。
税は増えた。
鉱山労働者の待遇は悪化した。
若者は土地を離れた。
かつて王国でもっとも豊かな地域の一つだった場所は、二十年で疲弊していた。
城門前には大勢の人々が集まっていた。
武器はない。
老人。
農民。
職人。
商人。
アルベルトが馬で近づくと、群衆の前に白髪の老人が出た。
「アルベルト様」
聞き覚えのある声だった。
かつて公爵邸の庭師をしていた男。
名前がすぐには出ない。
「ベン?」
老人の目から涙が落ちた。
「覚えて……」
アルベルトは馬から降りた。
老人は膝をつこうとした。
肩を支える。
「やめてください」
「お帰りなさいませ」
アルベルトは動きを止めた。
群衆の中から、同じ言葉が聞こえる。
お帰りなさい。
公爵様。
アルベルト様。
彼は城壁を見上げた。
幼い頃、何度も父と歩いた街。
夏祭り。
収穫祭。
初めて領民の裁判を見学した庁舎。
記憶は残っている。
しかし、自分の中に浮かんだ感情は、二十年前に想像していたものとは違った。
「私は帰ってきたのではありません」
老人が顔を上げた。
「ここへ来たのです」
「同じでは……」
「違います」
アルベルトは穏やかに言った。
「私の家は北にあります」
その夜。
旧公爵城へ入った。
かつて自分の部屋だった場所は、別の領主の子供部屋になっていた。
壁紙も家具も変わっている。
窓だけが同じだった。
窓辺に立つ。
フレイヤが後から入ってきた。
「ここで育ったのか」
「ああ」
「狭いな」
「北の家より大きい」
「部屋の話だ」
アルベルトは少し笑った。
妻は部屋を見回した。
「思い出したか」
「いろいろ」
「セシリアという女のことも?」
アルベルトは彼女を見る。
フレイヤは嫉妬している様子ではなかった。
「思い出した」
「会いたいか」
「会わなければならない」
「質問が違う」
アルベルトは窓の外を見た。
「分からない」
「そうか」
フレイヤはそれ以上聞かなかった。
翌朝、旧公爵家の地下文書庫が調べられた。
そこから、グランフェルト家追放後の領政記録に混じり、二十年前の事件に関係する書類がいくつか見つかった。
そして何より、旧家臣たちの証言が集まり始めた。
偽証を強要された騎士。
帳簿改竄を命じられた商人。
口封じのため投獄された官吏。
生き残っていた者が、次々と名乗り出た。
冤罪はもはやアルベルト個人の主張ではなくなった。
記録として、歴史として、覆しようのないものになっていく。
アルベルトはその証拠をすべて写本させた。
「王都に撒く」
側近が驚いた。
「軍事機密では」
「秘密にする理由がない」
数万枚の布告が作られた。
そこには簡潔に、二十年前の事件の証拠と、国王エドワードによる偽造命令が記されていた。
商人。
難民。
降伏した兵士。
あらゆる経路で王都へ届いた。
エドワードは布告を見て、怒りのあまり暖炉に投げ込んだ。
「偽造だ!」
誰も答えなかった。
「聞いているのか!」
重臣たちは顔を伏せている。
王妃セシリアだけが、燃えていく紙を見ていた。
そこに記された署名。
エドワードの文字。
二十年前。
アルベルトが自分に尋ねた。
――私が反逆を企てたと思うか。
自分は答えた。
何が真実なのか分からない。
セシリアは目を閉じた。
二十年を経て、ようやく真実は分かった。
あまりにも遅かった。




