希死念慮について
すぐに俺は匙を投げた。
第一これは趣味なのだ。
楽しくなくてどうする。
そのころ、俺は高校を全日制から通信制に転学した。
朝起きる時間は日に日に遅くなり、その時刻は正午を回ろうとしていた。
何もする気が起きない。
無気力、憂鬱。
横になっている時間が、その他の時間の合計値を大きく上回った。
いつしか、何のために生きているのかもわからなくなってきた。
『生きる意味って、何?』
問いかけても、答えなんて出たりしない。
【何のために生きてるの?】
それが分からないんだってば。
今の生活が楽しくなければ、必然的に楽しいことを想像するのが難しくなる。
楽しいことを想像できなければ、生きることを楽しむ方法すらわからなくなってくる。
じゃあ、何か?
死ねばいいのか?
死んだところで何か変わるのか?
でも今生きてたところで何かあるか?
じゃあ死ぬの?
そうは言ってないじゃん。
じゃあ、生きるの?
そうも言ってないじゃん。
自殺する人って、何考えてんだろうね。
『何考えてるんだお前!自殺だなんて!!!』って意味じゃなくて、純粋に『何を考えてるんだろう。』っていう疑問。
その思考は、今の俺と一緒なのかなぁ。
そんな日が、数か月続いていた。
ある日、眠っていると。
『あれ…?』
今まで、映像として見えていた夢が、いきなり閉じた。
シャットダウンした。
しばらくすると。
頭の中に、声が響いた。
【映像も情報の一つだよ。今から話す情報は、映像よりも言葉の方が分かりやすいよ。】
夢は、現実で起きた情報を処理するために、脳が見せている幻覚。
と、言われている。
【一回、死んでみようよ。…キミの、創作の中で。】
その声は、今までのヒカリさんの声よりもはっきりと聞こえてきていた。
【シミュレーションしてみよう。死んで、キミの好きな世界に転生してみよう。】
久方ぶりに、やる気のようなものが芽生えてきたような気がした。




