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「お嬢様や使用人が体調を崩し、馬や犬が原因不明の病気になったと伺いました」
一同は、一通り現場を巡った後、応接室に移った。テーブルを挟んで伯爵夫妻とベルティーナが向き合って座り、エルンストや執事達が周囲に立つ。
テーブルには高価そうなカップに入ったお茶が置かれたが、ベルティーナは飲むどころでない。高級な雰囲気も伯爵の顔も怖すぎる。ひぃぃと叫んで逃げ出したい。
「原因は、キョウチクトウの中毒かと思われます」
20cm程の長さの細長い楕円の葉をテーブルに載せる。番犬のゾフィーの体に付いていた葉っぱと同じものだ。
「庭に植えられているのに気付きました。夏にピンクや白等の綺麗な花が咲くので観賞用に植えられます。
しかし強い毒性があります。花、葉、枝、根、樹液。植わっている付近の土にも。葉が腐葉土になっても長く毒が残ります。
庭師や、夏に咲いた花を生けて部屋に飾ったメイドは、手に炎症ができたり体調を崩すことがあったそうです。手や傷口に汁が触れたり、枝を切る時に汁が飛んでそれを何かの拍子に口にしたと思われます」
キョウチクトウの枝を串にして焼いた肉を食べた人が亡くなったという話もある。とても強い毒だ。
「犬は番犬として庭に放されているので、木に触れる機会があったり、葉を誤って口にしたと思われます。お嬢様はゾフィーを可愛がっていると伺いました。ゾフィーの体についた樹液等に接触した可能性が考えられます。
馬屋では、寝藁にキョウチクトウの枯れ葉が紛れているのを見つけました」
キョウチクトウは塀の穴の近くに生えていた。ゾフィーは侵入する動物を追い払うため、狭い場所でキョウチクトウに何度も体をぶつけ、傷や樹液を身に受けたかもしれない。
伯爵が唸る。
「……こんな木は焼き払ってやる!」
ひぃぃ。ベルティーナは内心半泣きだ。しかし言うべきことは言わねばならない。
「生木を焼いた煙にも毒があります。それに、つきあい方に気を付ければ怖くありません。
例えば、剪定した枝葉や掃除した落ち葉の置き場を変えれば、馬屋に葉が紛れることはなくなるでしょう。庭師には注意を伝え、犬に近寄らないよう指示してはいかがでしょう。木に罪はありません」
真っ青になった家政婦長が、近くに控えていた使用人に何事か指示し、その人はすぐに部屋の外へ出ていった。何だろう。
伯爵は暫く黙り込み、こちこちと時を刻む時計の音だけ響き続ける。
「……『理系屋』、お前の説明は理に適っていた。そして、思い込みをいかに強弁するかや、いかに私の機嫌をとるかではなく、客観的な事実を積み重ねて答を目指す姿勢は誠実だった。
いい仕事をしたと認めよう。当家の問題を解決してくれたこと、感謝する」
伯爵は頭を下げた。
ベルティーナは何度目か心の中で、ひぃぃ、と悲鳴を上げる。
しかし、話の分かる人でよかった、とベルティーナは思う。来た初日の執事とのやりとりを思い出す。
使用人が苦しむのは雇用者側の力不足だと言い切り改善に取り組み、雇用者側はまともなスタンスを持っていると印象をもった。その通りだったようだ。
その時だ。
バァン!と部屋の戸が開け放された。
波打つ金髪を一つに結び、碧の目を爛々と輝かせた10歳の美少女が、ズボン姿で乱入してきた。
「お父様!お母様!私、絶対『理系屋さん』になります!」
伯爵は目を白黒させ、家政婦長は卒倒寸前。執事はぱきんと真っ直ぐ凍りつき、ついでにぱきんと折れそうだ。
「まぁエリザベート、体の具合はいいの?」
これまでずっと空気になっていた伯爵夫人が、初めておっとりと口を開いた。
「はい!先程侍女から、キョウチクトウは毒があると分かった、触れなかったかと訊かれました。これからは触れないようにするから大丈夫です!
キョウチクトウの裏の塀の穴は、そろそろ私の体には小さくなってきたとは思っていたんです。
お忍びで街に下りるにはもう、隠れてじゃなくて堂々と門から出ることが必要と、覚悟を決めました!」
そういうことか!ベルティーナの中でかちりとパズルがはまった。
エリザベートの部屋の独楽、あれは屋敷を抜け出した彼女自身が街で手に入れたのだ。
「許さん!お前は伯爵家の娘だぞ!いつからそんな戯けたことを!」
「あらまぁ、エリザベートは元々こういう子じゃないですか。ね?」
「ね?」
母と娘がよく似た輝くばかりに美しい顔を同じ角度で傾けて微笑み合う。母子共々、外見と中身は大分違うようだ。
エリザベートの印象の逆転に頭がくらくらしたが、待てよ、とベルティーナは思い返す。
考えてみるとエリザベートは何一つ、猫を被ったり偽ったことはない。
初めから素直に『理系屋さん』に憧れを示し、貴族にそぐわぬ庶民の独楽を部屋に飾り、科学の実験に好奇心一杯に見入っていた。
ベルティーナの質問へ彼女が礼儀正しく整然とした対応をしたことを、貴族の淑女らしいと受け止めたが、彼女の聡明さや大人さを示すと解釈した方が本質を突いていたのだ。
妖精のように儚げな風貌や先入観で、ベルティーナは勝手に幻想のお嬢様像で彼女を上書きしてしまっていたのだ。
ーー自分の目に見えているものは『事実』そのものとは限らず、自分自身の目の仕組みによる『解釈』かもしれないーー
エリザベートに色の錯視を教えた時のことを思い出す。
ブーメランのように返ってきた自分の言葉に、後ろから頭を叩かれたような気分のベルティーナだった。




