第四八三話、砦への侵入
アゴーン砦は、聖都への道からさほど離れていない場所にあった。
そもそも砦というものは、敵とされるものの侵攻に対して、その監視を兼ねて建てる防衛施設である。
その敵というものは、進軍しやすい主要街道を通る可能性が高いので、聖都に向かうルート近くに砦が点在していることは別段おかしなことではなかった。
「理想を言えば、こっそり忍び込んで、こっそり盗み出したい」
騒ぎを起こさず、敵に食糧を奪われたことが発覚するのをできるだけ遅らせる。可能であれば、春まで気づかれないことのが理想だ。
「それは幾らなんでも無理ではないかしら?」
サターナはお姉さんぶって言う。シェイプシフターに生まれ変わり、慧太をお父様なんて呼ぶが、実年齢ゆえか、はたまたレリエンディール七大貴族の生まれゆえか、時々姉のように振る舞うのである。
「さすがに春はな。その前に在庫が減っていることに気づくよな」
大雑把な下級魔人だったとしても。
食糧調達作戦は発動された。アルゲナムゲリラと慧太たち一行は、森を通り目的のアゴーン砦を目指した。
「アルゲナムゲリラは、退路の確保を頼む」
ゲリラと協議した際に、慧太はそう告げた。
「食料を手に入れて持ち帰るとなると大荷物になる。それを運んでいる時を襲撃されたら、せっかくの物資を破棄する羽目になるかもしれない。それは避けたい」
「承知しました」
メイア隊長らゲリラ側は承認した。襲撃することは慣れているアルゲナムゲリラだが、気づかれずに忍び込んで、そのまま盗み出すノウハウはないのだ。
「セラは、ゲリラの方について、いざ戦闘になったら敵を一掃してくれ」
その方がアルゲナムゲリラも安心するだろうという慧太の読みである。そばに姫がいれば、ゲリラも勝手な行動はしないだろうし、慧太たちのことをわかっているセラなら、上手く連携をとりやすいはずである。
「盗み出すより、運んでいる最中が肝だ。戦闘になれば食糧を死守しなくてはならない。その時は遠慮はいらない。頼んだぞ」
「わかった」
セラも了承した。事はアルゲナムゲリラ、そして彼女の国の民に関わる。配置について思うところがあったとしても、個人のわがままを挟むべきではない。その点は、セラはアルゲナムの姫という義務を優先させた。
後は、砦に潜入するチームと、その支援、脱出直後の援護部隊を配置する。潜入チームはシェイプシフターに任せる。
リッケンシルトでも、魔人軍が制圧する城に工作した連中である。不安は何も感じていない。
慧太やサターナは、アウロラ、ヴルドたちと援護部隊として、砦の外で待つ。
「潜入チームがどういう形で外に出てくるか、次第だな」
こっそり出られるか、貯蔵庫から盗み出した後に気づかれ、戦闘しながら脱出してくるか。食糧を運び出したところで、砦の守備隊が追尾してくれる場合、それを不意打ちして殲滅、あるいは時間稼ぎをするのが、援護部隊の役目である。
砦への道中、聖都へ通じる街道近くで、セラ、アルゲナムゲリラと分かれる。彼女たちはこの近くの森に潜伏し、砦から食糧を調達したチームと援護部隊が戻ってくるのを待つのである。
潜入チームと援護部隊が戦闘しながら退却してきた場合、敵の追っ手を叩き潰すという重要な役どころである。これが果たされなければ、回収品を捨てて逃げることになる。
「ケイタ」
別れ際、セラは言った。
「わたしのことを信じてほしい」
「?」
一瞬、慧太は何をセラが言ったのか理解できなかった。
「信じているよ」
当たり前ではないか――慧太は反射的に答えた。セラはわずかに目を細めると、小さく頷いた。
何か意味ありげだったような……。慧太は首をかしげつつ、砦へ通じる森の中の小道を進んだ。
――オレが彼女を信じていないとでも……?
信頼している、はずだ。彼女の言葉がどうしても気になって頭の中をちらつく。銀色の髪、可憐な少女の顔立ちに浮かぶのは、かすかな迷い、それとも憂いだったか。
――セラは、オレの言動に、信じていることに疑問を抱くような何かを感じている……?
何かが彼女を不安にさせているのではないか。
「どうしたの?」
サターナが目敏く尋ねてきた。前哨のシェイプシフター兵が警戒をしているが、近くに敵の見張りや巡回の兵はいない。
「セラがな。……信じてほしいって」
どう思う?――と問うと、サターナは鼻で笑う。
「アナタは過保護だものね。そういうのをセラは感じ取っていると思う」
「そうかな……?」
「アナタは、セラがいつ敵にキレて行動しないか心配でたまらない」
このアルゲナムへの潜入偵察でも、本当なら彼女を連れてきたくなかったと思っている。虐げられている民を見て、優しいお姫様が黙って見過ごすなどできないだろうと、半ば確信していたからだ。
「セラは人との接触が多いお姫様。そういうの、言わなくても何となくわかってしまうものよ」
サターナは自身も七大貴族の姫であるから、一定の説得力はあった。慧太は首を横に振る。
「態度に出ていたか?」
「どう感じたかはセラ次第でしょ」
突き放すようにサターナは言った。
「でも、彼女はそう感じたのではなくて?」
そう言われれば、そうなのかもしれないと思う慧太である。受け取り方は、人それぞれ。こちらにそういう意図はなくても、相手がどう考えるかは別だ。
「気をつけよう」
そう言うしかなかった。
やがて、アゴーン砦が見えてくる。小高い丘の上に作られたその砦は、街道と付近を見渡せる位置にあり、いざ軍が侵攻してくればいち早くその存在を見渡せた。
「砦に入るには、丘をぐるっと一周しないと行けないのか」
これは攻めにくい砦だ。門へ突入するためには上り坂を一周しなくてはならず、その間、高い城壁から攻撃し放題である。
「まあ、オレたちシェイプシフターには、あまり関係ないが」
夜の闇に紛れて、潜入チームが砦の城壁へ挑んだ。




