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第8話 崩壊

「何か、家の周りが騒ついてないか?」

「そうね……何かあったのかしら」


 ギルドから帰ってきた二人は、白い家が乱雑に建てられている広場で踏破者たちが慌ただしく動き回っていることに気づく。

 依頼を受けられないことに苛立った踏破者が出立の準備をしているのかと思ったが、それにしては動きがおかしい。


「なあ、どうしたんだ?」


 近くでニヤニヤと笑っている男にアレクが話しかける。


「どうしたもこうしたもあるかよ……ヘヘッ」


 男はいまいち要領を得ないことを喋り、笑いながら立ち去る。

 アレクには一体何が起きているのか全く分からない。


 だが、イザベラが何かに気づいたのか広場の一角を指差す。

 そこには多くの踏破者が密集しており、その中央には一人の男が立っている。

 中央の男は木箱か何かの上に乗っており、唾を飛ばすような勢いで何かを言っていた。


「何者かが、この村にエルフの子を連れ込んだ! 間違いなく私が依頼を出していた、私が森で見たエルフのことだ! エルフを私の前に連れてこい! 連れてきたものには金貨を十枚、いや二十枚出そう!」

「「「ウオオォォォ!!!」」」


「……どうなってんだ」


 エルフの子というのは、間違いなくレィトのことだろう。

 二人の脳裏を、バルトシュとレィトの姿がよぎる。


 レィトが森に戻ろうとしていた時、その様子を見ていた一人の木樵がいた。

 その木樵は、過去に商人に連れられて森を開拓しようとしていたとき、偶然にもエルフの子どもが水浴びしている光景を目にした。


 商人もその光景を一緒に見ており、それが依頼を出すことにつながるのだが、その木樵が今度は開拓村の中でエルフの子どもを見たと報告してきたのだ。

 だが、その木樵も焦っており、エルフの子どもがどこに向かって走っていったのか見ていなかった。


 そこで商人は踏破者を使い、人海戦術をすることにしたのだ。

 謎の疫病が発生したことにより、高額報酬を目当てにはるばる開拓村まで来た踏破者の多くが、金に飢えている。

 この唯一金を稼げる機会といってもいい話に、乗らない手はなかった。


 こうして、五十人を超える踏破者が総額たった金貨二十枚の報酬のためだけに動き出そうとしていた。


「金貨二十枚もありゃ、しばらく遊んで暮らせるに違いねぇ。……ヘヘへ」

「畜生どこにいやがる!」

「この家ん中か!? 邪魔するぜえ」

「なんでお前ら、何しやがる!? クソッ! お前ら人間じゃねえ!!」

「ここら辺にはいねぇみたいだ! 森まで行くぞ!」

「森だと!? 森はやばいんじゃねえか!?」

「二十枚よりは安い! いくぞてめえら!!」


 秩序を失くした踏破者はエルフの捜索に加え、それに便乗するように盗賊となんら変わりない略奪行為を繰り返す。

 危険を感じた商人たちは大事な資産を馬車に詰め込み、すでに逃げている。


 膨大な金と時間が賭けられた開拓村は、僅か二十枚の金貨と数時間で全てを失った。


「バルトシュは大丈夫なのか……?」

「無事を確かめないと……行きましょう」


 全く予想のつかない現実に、ようやく頭が回ってきた二人が暴徒の中心へと進もうとする。


「待て! こっちだ!!」


 二人が歩を進めようとした瞬間、どこからか現れたバルトシュが二人を止める。

 そして、驚きで一瞬動きが止まった二人の腕を掴むと素早く、暴徒と化した踏破者たちから離れる。


「すまん、俺のせいでこんなことになった。……二人は無事か?」

「俺は大丈夫だ」

「私も平気」

「なあ、バルトシュ……。一体、何があったんだ?」


 バルトシュは、沈んだ声で説明する。


「二人にギルドに行ってもらってる間に、俺はレィトの世話をしていたんだ。食事の準備や、服を着せようと一生懸命になったりしてた」

「レィトは外套を着せるだけでも嫌がっていたから……大変だったでしょうね」

「ああ、この頬の傷はレィトとの戦いで負った。……それで、服を着せたのはいいんだが、それからの記憶が曖昧なんだ」


 バルトシュは記憶を探るように頭を振る。


「あの時の俺はどうかしてたんだ……気付いたら俺は横になっていて、レィトがいなくなっていたんだ」


 バルトシュの声が弱々しい。

 気丈な振りをしていても、焦りと後悔がバルトシュを苦しめているようだった。


「そうか……」


 アレクはそうとしか答えることができなかった。

 だが、アレクはバルトシュが普段よりも明らかに様子のおかしいことに気づいていた。

 前に、バルトシュが森の中で言っていた呪術の影響なのだろうか?


「とにかく、レィトを探しましょう!」


 イザベラが二人を鼓舞するように声を上げる。

 そうして二人の顔を上げさせると、慣れない指示を出し始める。


「えっと、まず村の中にはいないわね。こんなに多くの人が探したんだから。……じゃあ、あとは森ね。行きましょう」


 イザベラの手腕は強引で、有無を言わさぬ勢いがあった。

 しかし、今のバルトシュにはそれが有難かった。


 イザベラは、凹んだままのバルトシュの腕を取り、歩いていく。

 バルトシュは少しおぼつかない足取りだったが、しかし一歩ずつ着実に進んでいく。


 イザベラは、いつかこんな風に迷子と歩いたことがあったことを思い出した。

 その時に二人に出会ったことが、今のパーティを組むきっかけになったのだ。


(さあ、あと一人の迷子もさっさと探し出さないと)


 自然と頬が上がっていく。

 イザベラの歩みは軽やかで、力強いものだった。



 一方、アレクはどうにも心に引っかかる感覚を覚えていた。

 イザベラとは違い、バルトシュとの付き合いが長かったせいなのか、バルトシュの様子を見ていると危機感に襲われるのだ。


 人生の大部分でバルトシュを見て育ってきているだけに、こんなに弱ったバルトシュの姿に動揺しているだけなのかもしれない。

 だが、もし本当にゴブリンの呪術というのが存在しており、そのせいでバルトシュが苦しんでいるならば、再び森へ行くべきではないという気がしてくる。


(……本当に、レィトは森へ向かって行ったのだろうか?)


 もしかすると、自力で親元へ帰ろうとして開拓村を出ただけなのかもしれない。

 その考えがたとえ軽率なものだとしても、一度考え出すと止まらなくなる。


(レィトが森へ向かっていないのならば、俺たちが森へ向かうのは自殺行為だ。だったら、大きな街に、クラフに戻った方がいいのかもしれない)


「……行きたくない」

「……え?」

「森には行きたくないんだ」


 とうとう、言ってしまった。

 一度口から出した言葉は、なかったことにはできない。


「ちょっと、何考えてんのよ! レィトを迎えに行かないといけないのに!!」


 イザベラはアレクの突然の言葉についていけず、語気を荒げる。

 だが、アレクも未だ顔色の悪いバルトシュの様子を見て、ここで引き下がるわけにはいかないと言い返す。


「もし、森にレィトがいなかったらどうするんだ! バルトシュを見ろ! クラフに戻って体制を整えてから探すべきだ!」

「何を悠長なことを言ってんのよ! そんなことして、レィトに何かあったらどうすんの!」

「そもそも、レィトが森にいる根拠がないじゃないか! イザベラはレィトがどこのから来て、なぜあんなとこにいたのか知ってんのか! 俺たちはレィトのことを何にも知らないじゃないか!」

「そんなこと関係ないでしょ!?」


 二人の諍いは、どんどん激しくなっていく。

 パーティ結成以来、喧嘩は何度もあった。

 喧嘩の理由は様々だったが、そのどれもお互いに妥協することができていた。


 だが、今回だけは二人の話が交わり合う気配が全くなかった。

 お互い、武器に手をかけることはなかったが、二人の声には明らかに怒りと疲れが見え始めていた。


「止めろ!! ……俺が悪かった。俺は大丈夫だから、レィトを探しに行こう」


 バルトシュがようやく、二人を止める。


「一度、森に入ってレィトを探す。俺が危ないと判断したら諦めてクラフに戻ろう。……わかったな、アレク、イザベラ」


 相変わらずバルトシュの顔色は良くない。

 だが、そこには確かにパーティを率いる者の威厳があった。

 アレクもイザベラも、この言葉には従う他なかった。


「よし、日が暮れないうちに先を急ごう。……ありがとう、すまなかったな。イザベラ」


 イザベラの手を解き、しっかりとした足取りで歩き始める。

 その背中には、大樹の様な力強さが確かにあった。

誠に勝手ではありますが、次話の投稿を一週間遅らせていただきます。

詳しくは活動報告に載せていますが、主に私の力不足が原因です。

申し訳ありません。

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