四つの流星
「……じゃあ、気を取り直して真面目な話に移ろうか。君はどうやってその能力を手に入れたんだ? 俺は金色の流れ星に直撃されたせいだと思うんだが、その辺りの記憶は曖昧でさ」
恋愛に関する話に区切りがついた事で、満を持して本題に移る。能力の事、グリーフの事、重要な話題は枚挙にいとまが無かった。
「あたしも同じだよ。でもあたしの場合は金色じゃなくて黒い流れ星だったなぁ?」
「黒? 何かヤバい色してるなぁ。望まない形で願いを叶えそう……」
「えー? 良いじゃん、黒。何物にも染まらぬ漆黒の闇! って感じで!」
瞳を星のように煌めかせ、どこか興奮気味に言い放つ翠。どうやら中学二年生らしく黒がお好きらしい。
流れ星が放つ光の色は、燃え上がる塵や岩石に含まれる金属による炎色反応だ。金色なら十分あり得る範囲だが、黒く燃える金属などさすがに覚えがなかった。こうなるとあの流れ星が金属や岩石以外ではない未知の何かであった可能性も浮上してくる。
「だとすればグリーフは赤い流れ星にでも直撃されたんだろうな。アイツだってさすがにぶつかりそうになった時はビビっただろ。良いざまだぜ」
「グリーフ? あの赤い宝石の鎧を纏ったヴィラン、グリーフって言うの? それって確かラテン語で『嘆き』とか『悲嘆』って意味じゃなかったかな」
「嘆きに悲嘆? アイツとは一番縁遠い感じの意味だな……」
グリーフはさほど感情を表に出さなかった。ヒーローという存在に対しては怒りにも似た執着を見せていた辺り、どちらかといえば『憤怒』や『憎悪』という言葉が相応しい。百歩譲っても悲しみに拘わる要素は微塵も見られなかった。
「ていうか、何でぱっとラテン語が出てくるんだ? もしかして翠って頭良い?」
「ハッハッハ! ラテン語は我らオタクにとって一般教養だよ、君ぃ!」
「ラテン語は死んだ言語って聞いたことがあるけど、そんなものが一般教養とかオタクの敷居高すぎないか?」
若干初対面の時の雰囲気が零れ出てきた翠の発言に、思わず苦笑してしまう。
やはり彼女はオタク気質な所があるらしい。尤も部屋の様子を見るに中二病という表現の方が相応しいと思われる。男が中二病だと痛々しいだけだが、女の子だと途端に可愛らしく映るのが不思議である。
「あっ、そうだ。さっき光斗は赤い流れ星って言ってたよね? もしかして落ちた流れ星の色も数も知らない感じ?」
「えっ、もしかして数が分かってるのか?」
「うん、全部で四つだよ。元々は一つの流れ星だったんだけど、途中で四つに分裂したの。全部色が違ってて、金と黒意外に青色と空色があったよ」
「そうだったのか。四つって事は、つまり能力者も四人いるって事だな。俺と翠、そしてグリーフで三人。残るはあと一人って事か……」
重要な情報をもたらしてくれた翠のおかげで、早速一歩前進するのを感じた。
能力者の数が分かったのは紛れも無い躍進だ。今の所敵か味方かは分からないが、どちらに転ぶにせよ早めに探し出すべきだろう。
「あと能力者といえば、グリーフの能力ってどうなってるんだろうね? 光斗みたいな高速移動に、ダンプカーの衝突も全く効かない鋼みたいな身体、鉄の塊を素手で引き裂くパワー。明らかに複数の能力を持ってるよね?」
「うーん、そこは分からないな。ただ奴は俺たちが授かったこの力の事を<変彩光>って言ってた。俺たちよりも情報に通じてるのは間違いないな」
「シャトヤンシー……確か宝石の光学現象の一つだったかな? 針状に並んだ内包物が、猫の目みたいな明るい光の筋として現れる現象の事だよ。猫目効果とかキャッツアイとも呼ばれるね。ニャー!」
「良く知ってるな、本当に。さすがは中――あ、いや、オタクだな!」
「えへへ、褒められちゃったー」
迫真の表情で猫の鳴き真似をしたかと思えば、頬を染め照れ臭そうに身体を揺らす翠。犬が尻尾を振るように長いツインテールがぶんぶんと振られ、機嫌の良さを表していた。
光斗たちに直撃した色とりどりの光、グリーフが全身に纏っている紅い宝石。そしてシャトヤンシーという宝石の用語。複数の共通点から察するに、もしかするとあの流れ星は石や金属の類ではなく宝石だったのかもしれない。
尤も予想が正しかったとしても、グリーフの強さの秘訣や正体に繋がるわけではない。下手の考え休むに似たり。すぐに光斗は被りを振って、無駄な思考を頭から追い出した。
「まあ何にせよ、アイツは危険だ。対抗するためにも、最後の一人の能力者を何とか見つけて味方につけたいところだな」
「そうだね。もしかしたらあたしたちが外れだっただけで、最後の一人はグリーフに匹敵するくらいの凄い能力を持ってるかもしれないし」
「よし。それじゃあ俺達の当面の目標は、最後の能力者を探して仲間に引き入れる事だ。そして――」
当面の目標を口にしていた折、不意に光斗は言葉を切る。
何故なら窓の外、遠くの方から緊急車両のサイレンの音が耳に届いたからだ。唸るような特徴的な音からして恐らくパトカー。咄嗟に携帯を取り出し調べてみれば、どうも交通事故を起こした一般車両が街中を逃げ回り大迷惑をかけているらしい。
「――困ってる人を助ける事、だよね? ライトニング?」
顔を上げてみれば、そこには澄んだ空色の瞳を正義に燃やす翠の姿。図らずも目標の二つ目を実行する瞬間が訪れており、やる気は十分という様子だった。
「そういえばまだ聞いてなかったな。俺と一緒に、ヒーローとして活動してくれるか?」
「ふふん。あたしを誰だと思ってるのかな?」
翠が腕を一振りすれば、周囲に散っていたパチンコ玉が寄り集まり、融合し形を変えていく。瞬きの間にサーフボードとドミノマスク、鈍色のマントへと変貌する。彼女は身を翻してボードに乗ると、仮面とマントを装着して無駄に大仰なポーズを取った。
「金属支配せし正義の女神マグネーター、参上! 人々を救い、悪を討つ!」
最終的に現れたのは、正に昨晩目の当たりにしたマグネーターの姿。口調もノリもあの時と寸分違わない。
恐らく中二病の翠は仮面を着けてマグネーターと化している時は、テンションが上がって口調が厳めしく変わってしまうのだろう。とはいえそこに恐ろしさや凛々しさはなく、正にコスプレのような可愛らしさしか無かったが
「よし、それじゃあ――行こう!」
「応ともさっ! ラブラブヒーローカップル、出撃!」
何にせよ心強い仲間である事は確かなので、揃って窓から飛び出し出撃した。超音速で駆けるヒーローが大地を駆け、磁性金属を操るヒーローが空を行く。傍から見れば実に絵になる光景だった事だろう。
尤も衣装を自宅に置いてきた光斗は着用のために一旦帰宅する必要があったので、いまいち格好がつかなかったが。
『正義のヒーロー! ライトニングとマグネーター、大活躍!』
『超能力者かミュータントか。国が極秘の実験を行い生み出した新種の人類か?』
『彼らの正体に繋がる情報を募集中! 国民の協力を求む!』
翠と共にヒーロー活動を続けて早十日。やはり世間は光斗たちの話題で盛り上がっていた。
概ね好評で好意的なのだが、政府からの心証はあまり芳しくない。とはいえ元々名声や見返りを期待して行っているわけではないので、特に何も問題は無かった。
重要なのは翠が仲間になったおかげで、出来る事が大幅に増えたという事実だ。身体能力も多少上がったとはいえ、光斗の能力はあくまで高速移動。交通事故で歪んでしまった車体に閉じ込められた人を救助したり、崖下や谷底に落ちた車を中の人ごと引き上げるなどは今まで不可能だった。
しかし金属を操る力を持つ翠がいれば話は変わる。歪んだ車体を元に戻し、落ちた車を浮かせて引き上げる事も出来る。共に出動した最初の事件では、街中を走り回る逃走車を宙に浮かせて手も足も出なくさせるという活躍を見せたほどだ。
金属製品が至る所に溢れているこの時代、翠の能力ほど有用なものは無いだろう。正直なところ、もう全て翠一人で良いのではないかと思ってしまったくらいである。
「――いやー、すげぇなぁ。もうどこもかしこもあの二人のニュースで持ち切りだぜ」
「そりゃあそうだ。特殊能力を持つ人間が実際に現れてヒーロー活動してるんだからな。話題になるのも当然だよ」
「俺も特殊能力欲しいぜ。もちろんエロい事に使うけどな、へへっ」
「ハハハ……」
連休を目前に控えた五月二日、火曜日。昼休みを迎えても光斗の友人たちの話題は変わらず、飽きずにヒーローの話題を口にしてきた。当事者としてはいい加減飽き飽きしてくる所であり、最早乾いた笑いを零す事しか出来ない。
何故なら学校でも、そして家でも話題になるのは自分たちの事ばかりだからだ。軽くノイローゼになりそうなほど、至る所でライトニングとマグネーターの話題が溢れている。翠はかなり満足げだったものの、光斗としてはだいぶ参っているのが本音だ。
「悪い、ちょっとトイレ行ってくる。朝から腹の調子が悪くてさ……」
「おう、便器詰まらせんなよ。俺この前家のトイレ詰まらせて酷い目にあったからな」
「ぶはっ! どんなヤバいもんを流そうとしたんだよお前?」
やむなくトイレに行く振りをして話題から逃れ、なかなかに汚い話題にシフトした友人たちの声を背に教室を出た。これでライトニングとマグネーターの話題から離れられたので、解放感に思わず頬が緩んでしまう。
「スゲェよな、ライトニング! 風のように現れて人を助けて颯爽と立ち去る! あれこそ正にヒーローだろ!」
「何言ってんのよ、マグネーターの方が真のヒーローに相応しいに決まってんでしょ。強いし可愛いしファンサービスも出来るし、非の打ち所がないじゃない。ライトニングはストイックすぎなのよ」
しかし解放感に浸れたのは一瞬のみ。廊下に出ればどちらがヒーローに相応しい存在かという、男女の熱い激論が耳に入ってしまう。
実際の所、ヒーローに相応しいのは翠の方だ。翠もテレビのインタビューなどは遠慮しているものの、代わりに人々との交流は積極的である。正体が明るみに出かねない写真撮影こそ渋るものの、握手くらいは求められれば必ず応えている。
反面光斗は正しい対応が分からず戸惑い、最終的には走って逃げてしまう有様。この違いは恐らく、ヒーロー活動を行う上での信念や目標の違いだろう。光斗の場合は罪滅ぼしの割合もかなり大きいため、素直に好意や称賛を受け取る事が出来ないのだ。
故にあらゆる場所で自分を称賛する声が上がる現状は針の筵。ある種の自縄自縛に陥っている光斗は、安らぎを求めて自然と人気の無い屋上へ足を進めていた。
「――光斗くん。ちょっと良いかな?」
「えっ……」
そうして屋上に続く薄暗い階段に差し掛かった時、背後から声をかけられた。光斗の聴覚が狂っていなければ、学校で一番話しかけられたくない人物に。




