風花翠
『――スーパーヒーロー、現る!』
光斗が見事に人命救助を成し遂げた翌日、世間はその話題で持ちきりであった。
一見すると性質の悪いジョークにしか思えないニュース。しかし数多くの動画が出回っており、実際に助けられた者たちや活躍を目の当たりにした人々の反響も強いため、かなり信憑性の高いニュースとしてあらゆる媒体で拡散されていた。反応も概ね好評であり、ヒーローたる光斗への声援に溢れている。
とはいえ何事も肯定的な意見のみが集まるわけではない。グリーフとの戦いの動画も広まっているため、特別な能力を持つ光斗たちを危険視する声もある。
尤もその辺りは光斗とて覚悟していた事。個人的に少し納得がいかない事は別にある。光斗のヒーローとしての名前が、ライトニングで定着している事だ。恐らく原因はマグネーターと名乗る少女。彼女が光斗をライトニングと呼び、相棒として扱っていた光景が動画で拡散されたのが理由なのだろう。自然と世間ではライトニングの名前が定着してしまい、しかもマグネーターを相棒とする正義のヒーローコンビにされていたのだ。
「は、はじめまして! あたしは風花翠! 十四歳で、浜梨中学校の二年生です!」
そして諸悪の根源たるマグネーターは、今現在光斗の前で素顔を晒しガチガチに緊張していた。
日時は四月二十二日の土曜日、午後一時。昨晩の約束通りに住居を訪れ、もの凄く普通のおっとりした母親に迎えられ、訪ねてきた友達として部屋に通されたまでは良かった。しかしごく普通の女の子、しかも中学生の美少女がマグネーターの正体とはさすがに予想外であった。
初対面の時の傍若無人な振舞いや痛々しい独特の口調はどこへやら。気の毒になるほど緊張し赤面しており、本当に同一人物か疑いたくなるほどであった。
「……俺は結城光斗。南十字高校の二年生だ。君がマグネーター、なんだよな?」
「う、うん……そういうあなたは、ライトニングなんだよね?」
「まあな。その呼称に関しては君が名付けたもので、俺が名乗った覚えは無いけど」
「じゃあ証拠! 証拠見せて!」
「証拠かぁ……」
対面に正座していたマグネーターこと風花翠は、皮肉には気付かず身を乗り出すようにして証拠の提示を求めてくる。
初対面で住所を明かすほど大胆だった割には、今の彼女は随分と慎重なようだ。極めて真剣な面持ちで、疑いの色すら浮かぶスカイブルーの瞳で見つめてくる。
とはいえ狭い部屋の中で高速移動能力を見せるのはなかなか難しい。良い方法が無いか頭を捻りつつ視線を巡らせると、翠の部屋の様子が目に入る。中学生の女の子だけあり、実に華やかな部屋だ。白とピンクを基調にした色合いの家具やベッド、可愛らしいぬいぐるみなど正に女子の部屋といったところ。
尤もそれは半分のみ。もう半分は漆黒のカーテンやら頭蓋骨のインテリアやら、中学二年生らしさを感じさせるものが勢揃いしている。カーペットなどは黒塗りで魔法陣が刻まれているという拘りようだった。
「……これでどうだ?」
悩んだ末、ぬいぐるみを数体手に取り別々の方向に放り投げ、床に落ちる前にキャッチして戻ってくるという離れ業を行う。
ぶわっと風が巻き起こり彼女の長いツインテールが揺れ、スカートがめくれそうになり白い太腿が露わになる。しかし当人は全く気にしていない――というより、今目の前で起こった出来事に感動しているらしく、瞳を興奮に輝かせていた。
「凄いっ! 本物だ! 本物のライトニングだっ!」
「べ、別に俺が名乗ったたわけじゃないんだけどな……」
そして感極まった様子で光斗の両手を握ってくる。まるで大好きなアイドルと握手でもしているかのように、黄色い声を上げてぶんぶんと手を振る形で。小さくすべすべした手の感触に、今度は光斗が戸惑い緊張する番だった。
しかし翠は先ほどまでガチガチに緊張していたというのに、今はこの有様である。感情も表情もコロコロ変わる、実に忙しない子であった。
「よーし、それならあたしも証拠を見せないとね? 刮目せよ!」
「おおっ……!?」
ひとしきり握手した翠は、自信満々のドヤ顔で小さく右手を掲げた。
直後にベッドの下から大量のパチンコ玉が転がり出てきたと思えば、宙に浮かび上がり彼女の右手を中心にくるくると回り始めた。さながら恒星の周りを巡る惑星のように。
「あたしの力は金属を操る事。鉄やニッケルみたいな磁石にくっつく金属を自由に操れるの。凄いでしょ?」
「ああ、やっぱり……ってことは、サーフボードみたいにしてたアレも金属だよな?」
「そう。金属でサーフボードを作ってそれを浮かしてたんだよ。この通り、形を変えるのも自由自在だからね!」
周回していたパチンコ玉が一塊になったかと思えば、立方体や円錐上に変化したりと様々な挙動を見せる。
やはり彼女の能力は金属操作だったらしい。となると約十トンもの重量を動かす出力を持ち、なおかつ変幻自在に形を変えられるほどに精密な操作が出来るらしい。光斗の口からは自然と感嘆の吐息が零れていた。
「凄いな。俺は速く走れるだけだし、君の力に比べるとちょっと見劣りするな?」
「そんな事ないよ! だって大事なのは力の大小じゃなくて、心の在り方だもん!」
「心の在り方……?」
「そう、この力を持つに相応しい心を持つかどうか。あたしはこの力を得て、正直物凄くテンション上がった。自分は特別な人間だって思い上がって、やったことは苛めっ子への仕返しとか悪戯とかそれくらい。全然力を持つに相応しい事はしてなかったの……」
翠は拳を握って力説したかと思えば、肩を落とし己の行為を恥じるように俯く。
彼女が能力を得てから行った行為は、確かに誇れるものではない。しかし悪と断ずる事も出来ない。むしろ法に触れる悪事に利用しなかっただけ、良識があると言えるだろう。
「でも、あなたは違った。人命救助っていう、とっても清く正しい事に使ってた。しかも自分の行いを全然誇りもしないで、人を助けたら颯爽と立ち去って行く……あたし、そんなあなたの姿に凄く痺れて、憧れたの……」
「や、やめろよ。俺はそんな、褒められるような人間じゃないし……」
顔を上げた翠は頬をバラ色に染めていた。キラキラと輝く瞳は潤んでおり、ある種の陶酔を感じさせる面持ちを浮かべている。どこか色気すら感じる表情で熱い視線を注いでくるのだから、実に居心地が悪かった。
「だから、その……好きです! お付き合いしてください!」
「……えっ?」
しかし次の瞬間放たれた言葉に、居心地の悪さが吹き飛び極大の混乱が訪れる。
光斗の耳が突然おかしくなったのでなければ、今彼女は告白してきたのではないか。馬鹿げた幻聴だと一笑に付したくなったものの、耳まで羞恥に赤く染まった彼女の頬と、一世一代の覚悟に満ちた眼差しを前にすれば幻聴とは思えなかった。
「いや、その……冗談、だよな? ハハハ……」
「本気も本気だよ! あなたに一目惚れしちゃったの! カッコいいあなたの彼女になりたいの! 一緒にラブラブヒーロー活動したいのっ!」
小粋なジョークを期待していたが、他ならぬ当人が勘違いを許さぬ言葉をのたまう。
どうやら翠は本当に告白して来たらしい。やけっぱちになったように立ち上がり、拳を上下に振るって力説してきた。確かに彼女は最初から非常に好意的だったがまさか告白されるとは予想もしておらず、光斗はしばし開いた口が塞がらなかった。
無論こんな美少女に告白されて嬉しくないわけでは無いが、幼馴染の少女との問題を抱えている光斗には素直に受け入れる事も出来なかった。何より彼女は中学二年生。高校二年生の光斗が恋愛関係になるのは、ヒーローに似つかわしくないほど不埒な気がした。
「えーっと……気持ちは嬉しいけど、俺は君みたいな可愛い子に想いを寄せられるような出来た人間じゃないんだ。本当はどうしようもないクソ野郎なんだよ。子供の頃に幼馴染を酷く傷つけたゲス野郎で、未だに謝る事も出来ていないただの腰抜けだからさ」
「か、可愛い子なんて……やだ、もうっ……」
「ごめん、話聞いて……?」
やんわり説得しようとするが、翠は光斗の発言の前半部分しか聞こえなかったらしい。満更でも無さそうに頬を緩ませ、身体をもじもじとさせ自分の世界に浸っていた。
「……そっか。だから人助けをしてるんだね」
「ああ。言わば贖罪と神頼みだ。本当は素直に謝れれば良いんだけど、久遠に詰られるのが怖くてどうしても勇気が出せないんだよ……」
約十分後。懇切丁寧に諸々の説明をする事で、光斗は自分がいかに矮小で卑小な人間かを理解させる事が出来た。今や彼女は哀れみの眼差しを向けてきており、胸の内では失望が渦巻いている事が容易に想像できた。
一目惚れするほどに焦がれたヒーローが、崇高な目的など持っていなかったのだから当然だ。過去に傷つけてしまった幼馴染への謝罪が成功するよう、神頼み的に善行を積んでいるだけとは思いもしなかった事だろう。
「もちろん、父さんみたいな立派な人になりたいって気持ちもある。だけど俺は、本当は謝罪の一つすら神頼みしないと出来ない臆病な卑怯者なんだ。そんな奴が君みたいな子と付き合うなんて、絶対に許されない」
自分は彼女に相応しくない。だからこそありのまま、包み隠さず話した。
可愛らしい少女に告白されるなど、一生に一度あるか無いかの幸運だ。本音を言えば非常に惜しかったが、後悔の念も久遠への贖罪になると信じて未練を断ち切った。
「あたしは別にそんなの気にしないよ。嫌われるよりは今の微妙な関係のままの方が良い、っていうのも何となく分かるし。だから光斗がその久遠って子との問題を片付けるまでは、あたしへの返事はいいよ。だって光斗はその子の事が好きなんだよね?」
情けない自分を吐露したにも拘らず、翠は慈愛に満ちた眼差しを向けてくる始末。あまつさえ返事は保留で構わないという寛大な対応であり、これには面食らってしまった。
「それは……分からないな。確かに小さな頃からずっと一緒だった幼馴染だけど……」
「きっと気付いてないだけだよ。嫌いな子なら、嫌われたって気にしないでしょ? だから自分の気持ちに気付いて、その子との問題を片づけた後に、改めてお返事を下さい。あたしはいつまでも待ってるから」
戸惑う光斗の手を握り、純粋無垢な輝きを宿す瞳で見つめてくる翠。
どうやら一目惚れと言えど、想いの深さは並大抵ではないらしい。いっそ母性すら感じる対応と優しさに、光斗は自分の敗北を悟って苦笑した。
「君って本当に中学生? 何か俺より大人びてないか?」
「ピチピチの中二だよ! でもこういう展開はラノベとかアニメで予習してるから!」
「ピチピチって今どき……でも、うん。分かったよ。お言葉に甘えて、返事は保留にさせて貰う。何か男としてはかなり情けない気がするけどな」
「あたしはそういう一面を見せてくれるのもアリだと思うよ? うふふー」
光斗は居心地の悪さに顔が熱を帯びているというのに、翠は満足気に微笑むのみ。
向こうから告白してきたにも拘わらずこの余裕。情けない話を聞いておきながら全く気持ちが揺らいでいない。どうやら恋する乙女の想いの強さは、想像を絶するものらしい。
決して敵わない相手である事を悟りつつも、見放されなかった事に安堵して頬を緩ませてしまうのだった。




