絶体絶命
「――えっ」
だが処刑刀がヴィーヴルの首を断ち切る事は無かった。首元を覆う氷を一瞬にして気化させるほどの威力と熱量を秘めた一刀は、鱗一枚裂く事も出来ずに首筋で止まっていた。
掠り傷一つ負わせられなかった事は、百歩譲れば認められる。曲がりなりにも宇宙を駆け、地表に衝突する形で現れた宇宙生物。熱や衝撃への耐性は並大抵ではないはずだ。
認められないのは、振り下ろされた処刑刀が周辺に一切の被害をもたらさなかった事。仮に受け止められたのだとしても、莫大な衝撃や風圧の全てが爆発の如く巻き起こるのが当然。にも拘わらず、そよ風一つ発生していない。まるで処刑刀の威力は勿論、衝撃も風圧も全てを打ち消されたかの如く。
戦術兵器を上回る破壊力を全て余さず打ち消すなど、当然ながら現実には不可能。しかし<変彩光>という超常の力があればあるいは。
『こ、これはまさか――ゼオライトの<変彩光>か!?』
『ヤバい! 皆逃げるんだ!』
『ひいいぃぃぃっ!? こ、これは無理っ! 防げないっ!』
ショール、アクア、サファイアの三人が途端に恐慌をきたす。詳細の説明も出来ずに混乱している辺り、相当危険な状況らしい。
しかし詳細が分からなければ対処のしようが無い。膨れ上がる危機感を抱えながらも、光斗は己の意識を加速して一瞬を何百倍にも引き伸ばした。加速された時間の中で話し合いなど出来る訳もないが、光斗と融合しているルチルならば話は別だ。
「ゼオライトの<変彩光>って何なんだ? メールには載って無かったが……」
『……エネルギーの吸収じゃ。奴は戦況を決定づける威力の一撃を吸収するため、あえて意識を失った振りをしていたのじゃろう』
視線を向ければ、絶望的な面持ちによる説明が返ってくる。
どうやらメカヴィーヴルの一撃は打ち消されたのではなく、威力の全てを吸収されたらしい。衝撃波や風圧は、言わば収束できなかったエネルギーが拡散している現象だ。エネルギーが全て吸収されれば当然拡散する余剰は存在しないため、風圧も衝撃波も発生しない。鱗に弾かれた音すら無かったのも、音が生じるエネルギーすら吸収された事が原因なのだろう。
「トカゲの癖に演技してたのか。でも吸収だけなら、そこまで警戒する事は無いんじゃないか? 確かに今のチャンスで仕留めきれなかったのは痛いが……」
『エネルギーの消滅、相殺などなら問題は無かったじゃろう。しかし、これはあくまでも吸収じゃ。消えてはおらぬ。では吸収されたエネルギーはどこへ行く?』
「……まさか、今度はエネルギーの放出が来るって事か!?」
<結晶人>たちがあれほどの恐慌をきたす理由があるとすれば、思い浮かぶのはそれしかない。自らの予想に光斗は戦慄を禁じ得なかった。
恐らくエネルギーの吸収と放出がワンセットになった<変彩光>なのだろう。銀河すら切り裂きそうな一撃が返ってくるとなれば、彼女らの恐怖も痛いほど理解出来た。
『然り。どのような形で放たれるかは分からぬし、あれほどの威力を叩きつけられれば死体が残るかも怪しい。じゃが例え喰らう事が出来なくなってでも排除する事を決めたのじゃろう。わらわたちはそれほどまでの危機感を奴に与えてしまったのじゃ』
「そうか……健闘を称え合いたいとこだけど、それは全てが終わった後だな。今は何としても奴の攻撃を乗り越えるしかない」
『うむ。気を付けよ、次の攻撃は文字通り格が違う。防ぐ事が出来るとは思わん事じゃ』
相談を終えた所で、意識の加速を戻す。
途端に周囲に動きと喧騒が戻ってくる中、ヴィーヴルの巨体を炎が包み氷の拘束を溶かし始めた。やはり前後不覚に陥ったように見えたのは演技だったらしい。
「みんな、落ち着けっ! さっきのはエネルギー吸収の<変彩光>だ! これからその吸収したエネルギーを用いた攻撃が来るぞ!」
「んええぇぇっ!? 何その反則<変彩光>!? チートじゃん!」
「あ、あの一撃がそのまま返ってくるの……!?」
「冗談じゃありません! 何が何でも回避しますよ!」
簡潔な説明に全員が事情を理解し、即座に回避行動に移れるよう身構える。
メカヴィーヴルの操作に全霊を傾けている翠は、光斗が抱き抱えているため問題無し。とはいえ次に放たれるであろう攻撃は文字通り必殺となるのは確実。念のため距離を取ろうと駆け出した時、ヴィーヴルの背部で銀色の光が激しく瞬いた。
「――ひゃうっ!? な、何、これぇ……!?」
「か、身体が、重いっ……!」
突如として全身が鉛と化したかの如く急激に重さを増し、堪えきれず翠を抱えたまま膝をついてしまう。肉体が押し潰されそうな苦痛が全身を駆け抜け、光斗も翠も<星彩光>が途切れてしまう。加速は消え失せ、メカヴィーヴルは沈黙する。
ただ先ほどの催眠とは異なり、<星彩光>自体が妨害されたわけではない。圧力にも似た暴力的なまでの外的な力により、無理やり動きを封じ込められている感覚だ。メールには記載されていない<変彩光>だろうが、周囲の様子から自然と正体に見当が付いた。
翠を抱える光斗を中心としたごく小規模な範囲で、大地が陥没しているのだ。加えて翠の長いツインテールが全くなびかず地面に垂直に垂れている。念動力の類ならばわざわざ髪を固定する理由はどこにもない。これは恐らく、強い重力に引かれているのだ。すなわち、重力を操る<変彩光>である。
「これは……重力操作ですね!? お二人共、動けますか!?」
「だ、駄目だ! 動けないっ!」
「お、重いよぉ! 潰れちゃうぅ……!」
「じゃあ、私が力づくで――はあああぁぁぁっ!!」
異変を察した宗二たちが近寄って来るが、重力という実体のない力に抗う術は無い。対抗策が浮かばないのか宗二は焦燥した様子で立ち尽くすばかり。久遠は膂力に任せて光斗たちを影響範囲から引きずり出そうとするも、膝が地面にめり込んだ状態の光斗の身体はびくともしない。
恐らく影響範囲を絞り、更に吸収したエネルギーを上乗せする事で出力を増しているのだ。正に光斗と翠はまな板の上の鯉。恐らく光斗はおまけなのだろうが、絶対に翠を殺すというヴィーヴルの本気の殺意を感じてた。
『コオオォォォォッ……!』
燃え盛る巨体を起き上がらせたヴィーヴルが、真なる殺意を発露させる。ただの案山子と化したメカヴィーヴルを押し退けると、光斗たちを真っすぐ見据えながら口腔に光を灯し始めたのだ。
ファンタジーではなく現実である事を差し引いても、竜が口元を光らせていれば放たれる物など一つしかない。恐らくはドラゴンブレス。強烈な炎を吐くのが一般的だが、口腔の奥の光は炎の如き深紅の輝きではない。美しく煌びやかな極彩色の輝きだ。単なる火を噴くだけのドラゴンブレスなどありえない。
加えて背部の宝石群が尻尾の先端から頭部に向かい、色取りどりの光を煌めかせながら遡る。さながらエネルギーの充填染みた挙動と輝きは息を呑むほど美しく、同時に死した<結晶人>たちが上げる痛々しい悲鳴にも感じられ実に悍ましかった。
「ブレスを吐く気だ! 二人共、もう逃げろっ!」
「このままじゃ全員死んじゃうよ! お願いだから、二人とも逃げて!」
「ふざけないでください! 仲間を見捨てて逃げる事など出来る訳が無いでしょう!」
「絶対に守るって決めたんだもんっ! <蒼玉の盾>!」
自分たちを見捨てて逃げろと翠共々叫ぶが、久遠と宗二は決して従わなかった。光斗たちに背を向け、宗二は全力で氷の防壁を幾重にも生み出し、サファイアの鎧を纏った久遠が更に蒼玉の大盾を構える。
『その通りだよ、宗二。それに万が一の事があっても、ここまで一緒に戦ってきた盟友と共に散るっていうのなら悪くはないさ』
『こ、怖くて堪らないけど……一人で残される方が、もっと怖いもん……!』
二人と融合している<結晶人>が説得してくれるかと思いきや、アクアもサファイアも二人に手を貸す始末。彼女たちも<星彩光>を用いて、更に防御を厚くしていく。
『えぇい、分からず屋共め! 硬度が高いと頭も固いのかのう!?』
『我が半身! こうなればメカヴィーヴルの金属を全て防御に回すぞ!」
「了解っ! おりゃあああぁぁぁぁぁっ!!」
翠の叫びと共にメカヴィーヴルの身体が金属片に分離を始め、氷の防護壁の前に次々と突き刺さり壁と化していく。
体高百メートルの鋼鉄竜を形作っていた金属は相当な質量だが、素材自体はさほど強度の高くない鉄やステンレスが最も多い。吸収したエネルギーを上乗せするであろうブレスを防ぎ切れるかは未知数であった。
しかし最早これ以上打つ手はない。後は運を天に委ねるのみ。
「……頼む、助けてくれ。お前が本当に、俺の思ってる存在なら」
『――ガアアァァァッ!!』
最後に光斗がぽつりと助けを求めた瞬間、宝喰竜の咆哮と共に絶対なる死をもたらすブレスが放たれた。それは正に太陽が生まれたような光。百重千重に張り巡らせたはずの防護壁越しに、あらゆる感覚が極彩色の閃光に飲み込まれるのだった――




