宝喰竜ヴィーヴル
「行くぞ、皆! 奴を倒して、俺達の大切な物を護るんだっ!」
『そして、同胞たちの仇を討つのじゃ!』
だが光斗たちは引き下がらない。家族や亡くなった者たち、己が大切な者たちのため、皆が本能を捻じ伏せた。絶対に負けられない戦いに覚悟と戦意を昂らせる事により、皆の心が一つに重なり共鳴する。
想いを一つに束ねようが、本来なら物理的な変化など生じない。しかし<結晶人>と共生する<融輝人>ならば話は別。共鳴した想いは<星彩光>の輝きと化し、<融輝人>を介して夜闇を煌々と照らし出した。己が身に宿す<結晶人>の輝きを放つ、眩い四つの恒星として。
「――<電磁気力司りし正義の女神>」
真っ先に己の理想を高らかに叫び、<星彩光>を発動したのは翠。
彼女に寄り添う<結晶人>の正体。それは熱する事で電気を帯びる性質を持つ、トルマリンと呼ばれる宝石の変種――ショール。正式名称をブラックトルマリン。
本来最も一般的な色はエメラルドにも似た落ち着きのある緑色だが、そこはブラックの名を冠するトルマリン。翠の身体から溢れ出すのは闇より深き漆黒であり、暗黒の光という矛盾した輝きを放っていた。
加えて闇色の光の奥で、時折稲妻染みた紫電が生じ迸る。<星彩光>の習得は単に能力の出力が上がるわけでは無い。場合によっては新たな力を獲得する事もある。翠は正に後者であった。
「――<静寂と安寧を運ぶ北風>!」
次いで叫ぶのは宗二。放たれる輝きは清らかで澄み切った深い空色の光。
彼と共にある<結晶人>は、ラテン語で『海の水』を意味する言葉を由来に持つアクアマリン。その中でも最高峰の輝きを誇るサンタマリアアクアマリンである。
彼の場合は空色の光の中に不純物は見られない。しかし佇んでいるだけだというのに、足元に急速に霜が降り寒々しい冷気が漂っていた。
「――<共にあるに相応しき英雄>!」
更に続くのは久遠。彼女は全身から荘厳かつ神々しい蒼の輝きを放っていた。
同時に胸の中心で美しい蒼玉が咲き誇り、瞬く間に全身へ広がり覆い尽くしていく。最終的に現れたのはサファイアの鎧に身を包んだ凶悪な様相。グリーフがモデルのため致し方ない事だが、実に鋭角的で悪魔的なフォルムだ。
彼女と共生している<結晶人>はブルーサファイア。ルビーと対を成すコランダムの変種だ。不純物で色が異なるだけなので、性質や強度などはルビーと何ら変わりない。逆説的に言えば高速移動を抜きにした身体能力に関しては、グリーフと同レベルのポテンシャルを秘めているという事だ。実に頼もしい事である。
「――<光速超越せし救世主>!」
眩い金色の輝きを纏い、最後に叫ぶは光斗。
久遠と同様に胸の中心に宝石が生じ、瞬き以下の刹那の時間で水晶の鎧が展開される。あくまで表面を薄く覆うのみであり、デザインらしいデザインは無い。しかし水晶の下で輝く黄金の光はため息が零れるほどに美しく、正に星の輝きの如き煌めきだ。
相棒たる<結晶人>は、実は少し特殊な存在。他の<結晶人>が単一の宝石の化身であるのに対し、彼女は二つの宝石の化身なのだ。スタールビーと成り立ちを同じくする、水晶の内部にルチルという鉱物が閉じ込められた宝石――ルチルクォーツ。それこそが彼女の正体であり、真名だった。
『グルオオォォ……!』
皆が<結晶人>と共鳴し眩い光を放った事で、ヴィーヴルがご馳走を前にした犬猫のように目の色を変えた。鼻息を荒くし粘つく視線が釘付けになる辺り、やはり<結晶人>は食欲をそそる存在らしい。
だがこれは逆に好都合。<結晶人>の捕食が最優先されるならば、狙われるのは共生している<融輝人>の光斗たち。撤退せずに迎え撃つ限り、ヴィーヴルが他の地へ移動する事は無いのだ。
故に光斗たちは決して退かない。むしろ校舎の屋上から身を投げ、ヴィーヴルに向かって自ら距離を詰めるのだった。
「三分だ! 秘密兵器の作成には三分かかる!」
『その間、何としても我が魂の片割れを守るのだ! 頼んだぞ、盟友たちよ!』
秘密兵器の作成という役目がある翠だけは校庭の隅に陣取り、校舎の影に大量に用意していた金属を操りとある兵器の組み立てにかかる。様々な金属片が縦横無尽に空を舞い飛び、校舎の向こう側へと消え去り派手な音を立てて合体していく。
<星彩光>を得て能力の出力が上昇したにも拘わらず、全てのリソースを割り振らなければならないほどの兵器なのだ。時間を稼ぐためにも、光斗たちは体高百メートルの化物の気を引かねばならなかった。
「了解です! しかし倒せるなら倒しても構いませんよね!」
真っ先にヴィーヴルへ肉薄するのは宗二。宙に氷のスロープを生み出し滑りながら、衝突によって出来上がったクレーターの中に身を躍らせる。
本来なら高速移動能力を持つ光斗が真っ先に切り込むべきだが、現在クレーターの内部は火山の噴火口の如き地獄の灼熱と化している。隕石の衝突と同じく、ヴィーヴルが地表に衝突した時の運動エネルギーが膨大な熱に変換された結果だ。煮え滾る溶岩の中には、ただ速く移動できるだけの光斗は踏み込めない。だからこそ宗二が切り込んだのだ。
「行きますよ、アクアさん! あの鬱陶しい爬虫類を永遠に冬眠させてあげましょう!」
『ボクもそれには賛成さ! アレが爬虫類かは疑問が残る所だけどね!』
宙に身を躍らせた宗二は、ヴィーヴルに殴り掛かるように右手を振り被る。
だが拳に集中するのは物理的な力ではなく、輝かしいほどの白銀の煌めき。彼の拳を中心に埒外の極低温が生じ、濃密な霧にも似た白煙が広がり固体化した酸素や窒素の雨が降り注ぐ。
<星彩光>によって宗二が得たのは、絶対零度の領域まで冷気を操る力。地獄のような極低温では、物質の硬度など関係ない。森羅万象、あらゆるものが凍り付く。
「はあああぁぁぁぁっ!!」
『ギャ、オォォ――』
白銀の輝きが迸る右拳が振り抜かれ、ヴィーヴルの鼻先に叩きつけられた。瞬間、秘められた極低温の冷気が解放される。
爆発的に広がった絶対零度の冷気が、瞬く間にヴィーヴルの巨体を凍り付かせていく。暴力的なまでの極低温の前には、身に纏った宝石や金属の硬度も成す術がない。凄まじい勢いで氷が巨体を覆い尽くし、刹那の時間で美しい氷像へと変貌させた。冷気の余波で灼熱のクレーター内も急速に冷却され、人が踏み入る事が可能な環境に戻る。
すでにヴィーヴルは絶対零度による氷結状態。まともに考えれば戦いは終了しており、追撃を仕掛ける必要は無い。だが相手は数多の<変彩光>を得た宝飾竜。この程度で終わるわけがなかった。
『こ、この光はっ!? まさか、本当にガーネットかい!?』
氷像と化した身体の背部で深紅の輝きが生じ、一瞬で全身に広がっていく。巨体を駆け巡る赤い輝きは、凍り付いたはずのヴィーヴルの身体を灼熱の業火で包み込んだ。
「炎!? サファイアさん、これってやっぱり……!」
『そ、そうだよ! 私の仲間たちを喰らって手に入れた、<変彩光>を使ってる……!』
その光は<結晶人>を喰らい奪い取った輝き。宝喰竜の装飾品として穢され貶められた者の<変彩光>。持ち主が死しても輝きに陰りは無いのだろう。炎の火力は凄まじく、内側から氷結を溶解させ始めた。
極低温の宇宙空間で恒星が光り輝くように、幾ら絶対零度であろうと燃え上がる炎を凍らせる事は出来ないのだ。
「……氷結に対抗して身体を燃やすなんてな。やっぱり明確な知性があるのか。これは一筋縄じゃ行きそうにないな」
『くっ! 他人の輝きを奪う盗人の癖に生意気じゃぞ!』
光斗は歯噛みしつつも冷静に現状を分析する。やはりヴィーヴルは<変彩光>を自在に扱えるようだ。<星彩光>に比べれば出力は低いはずだが、巨体に見合った出力と化しているのかもしれない。初撃で決着と言うのは虫が良すぎる話だったらしい。
『――グルオオォォォォッ!!』
やがて内側から氷結を突き破ったヴィーヴルは、仕返しとばかりに身体を回し強靭な尾による一撃を放った。遠心力も手伝い巨体に反した勢いであり、結晶と金属に包まれた強靭な尾が着地したばかりの宗二に迫る。
「――や、やらせないっ!」
『うひいっ……!』
だが自らクレーター内に飛び込んだ久遠が、驚くべき事にその一撃を蒼玉の大盾で受け止めた。控えめに見ても蟻と人の指ほどのサイズ差があるにも拘わらず、彼女は物ともせずに弾き返す。
<星彩光>によって久遠が得たのは無類の防御力。しかし同時に身体能力も極限まで高まっており、速度は青い残像が残るほどに素早く、膂力は最早完全に埒外の領域である。蒼玉の鎧を纏った状態ならば攻守両面に一切の隙が無く、物理的な面ならば最強と言って差し支えなかった。
「よし、俺達も行くぞっ!」
『当然じゃ! 我らの速さで、奴を攪乱させてくれようぞ!』
極寒の冷気と蒼玉の光、極彩色の輝きと灼熱の炎が織りなす地獄の中へ、光斗も自ら足を踏み入れる。
加速された意識の中で視界に映るのは、ヴィーヴルが振るう鉤爪をサファイアの剣で弾き返す久遠の勇まし過ぎる姿。質量差をものともしない強化具合は、やはり真の輝きたる<星彩光>というべきか。宗二も全体を凍らせるのではなく部位を集中的に狙う事で、燃え盛るヴィーヴルの脚を氷漬けにしてその場に釘付けにしていた。
光斗には久遠のような攻撃能力も無ければ、宗二のように足止め出来る力も無い。ただ速度が尋常でなく速いだけ。しかし速度とはすなわち重さである。上手く利用すれば、絶大な威力の攻撃を放つ事も出来るのだ。
「鉱物が食いたいんだろ? だったら好きなだけ喰らいやがれっ!」
故に最大限に速度を活かすため、ゴルフボール大の鉄の塊を取り出し全力で投擲した。
遠距離攻撃手段を持たない光斗は、翠に鉄を成形して貰い飛び道具を幾つも携行しているのだ。ある程度の硬さと耐久性を持ち、ヴィーヴルに食われてもさほど影響の無いただの鉄の塊を。
物体を放り投げるだけという、久遠や宗二に比べればあまりにも貧弱で原始的な攻撃。しかしそれを成すのが超音速での移動が可能な光斗ならばどうなるか。
『ギャオオオォォォォォッ!?』
まるでミサイルの直撃でも受けたが如き轟音が鳴り響き、ヴィーヴルは顔を大きくのけ反らせ悲鳴染みた咆哮を上げる。
オーバーリアクションにも思えるほどの反応だが、決して大げさではない。光斗が全力で投擲した鉄の塊は、マッハ十以上の速度でヴィーヴルの顔面を捉えたからだ。
数千度近い断熱圧縮により恒星にも似た輝きを放ち、雷鳴の如きプラズマを発生させて迫る鉄球。傍から見れば稲妻の尾を引く銀色のレーザーに見えた事だろう。
無論過剰な速度に鉄球はすぐさま融解・蒸発してしまうが、クレーターに飛び込んだ事でヴィーヴルの顔面との距離は二百メートルを切っている。完全に鉄球が溶け切る前に質量を高速で叩きつける事は不可能では無かった。
『グルルルルルッ……!』
だが数々の攻撃に光斗たちは紛れもない脅威と認識されてしまったらしい。ヴィーヴルは腹の底に響く威嚇の唸り声を上げ、背部の宝石群で新たに琥珀色の光を煌めかせた。
「うおっ!? これは……」
『大地の操作――アンバーの<変彩光>じゃ!』
瞬間、大地が局地的な激震を起こす。半ば崩壊していた校舎がこの世の終わりを思わせる派手なを音を立てて倒壊し、瓦礫と粉塵を周囲に撒き散らす。体感で震度六強はありそうな大地震の中、光斗たちは立っていられずその場に膝をついてしまう。
この攻撃は謎のメールに記載されていた<変彩光>の一つ。アンバー――琥珀の化身たる<結晶人>が持つ、大地を操る<変彩光>だ。本領はあくまでも土を手足のように操る事であり、地震は余波や副産物に過ぎない。その証拠に揺れが震度七に達するかと思われた時、周囲の地面が弾け飛び遂に本命が姿を現した。
「本当に出てきましたね、土の蛇っ! メールの情報通りです!」
『これはもう蛇っていうより東洋の龍って感じだけどね!』
大地を引き裂き現れたのは、土と岩石で構成された大蛇。
ヴィーヴルに比べれば細身だが、樹齢数百年の大木に匹敵する太さだ。そんな土塊の大蛇が十数体、長い身体を鞭のようにしならせ襲い掛かって来た。
「ヴィーヴル本体ならともかく、このくらいなら怖くないっ!」
『す、凄い、久遠っ! カッコいい!』
巨大な化物の群れが殺到するのは恐ろしい事この上ないが、ヴィーヴルに比べれば迫力や質量に欠けるのは否めない。久遠は右手に握る蒼玉の盾で弾き返し、左手で操る蒼玉の剣で首を断ち切り返り討ちにしていた。
とはいえそこはただの土塊。壊されようが斬り落とされようが、足元の大地から砂を吸収してすぐさま復元を始める。事前情報通り、本体を叩かなければ消えないらしい。
『くくっ、あくびが出るほどの遅さじゃな。やる気はあるのか、ヴィーヴルよ?』
「全くだ! 俺を捕まえたければ千や二千は出すんだな!」
対して光斗は土塊の蛇を躱しながら、絡み合う長い胴の間を縫い鉄球をヴィーヴルに投げつける。数体纏めて襲ってこようが、時間差やフェイントを交えてこようが、超音速の光斗を捉えるには速度が決定的に足りない。
加えて光斗たちはこの攻撃を事前に知っているため、対策もすでに準備済みであった。
「それは土を操る<変彩光>。土とはすなわち自由に動き回る粒子の集合体です。では完全に凍り付き固まっても操れますかね?」
『君が奪った<変彩光>、ボクらの輝きで塗り潰してあげるよ!』
宗二が白銀の輝きを宿す両手を大地に振り下ろした直後、そこを起点に氷結が一気に拡散する。大地が芯から凍り付き、氷の膜が地面を覆い尽くして行く。
大地を糧に生み出されていた土塊の蛇たちも無事では済まない。十数体の大蛇は根元から瞬く間に凍り付き、クレーターの中は樹氷の如きアイスモンスターが立ち並ぶ極寒のスケートリンクと化した。
仲間すら巻き込みかねない強烈な氷結だったが、光斗は氷結圏内から抜け出す事は容易であり、サファイアの鎧を纏った久遠に至ってはこの程度では凍り付きもしない。
故に被害を被ったのはヴィーヴルのみ。大地を操る<変彩光>を完全に封じられる形となった。
『グルルッ……!』
しかし敵は無数の輝きを奪い取った虚飾の竜。この程度で終わるわけが無く、再び新たな輝きが背部で煌めいた。




