決戦
遂に迎えた六月五日。午後八時四十分。
星々が瞬く夜空の下、光斗たちはヴィーヴルが襲来すると目される松雪中学校の屋上で待機していた。光斗はヒーローとしての衣装に身を包み、久遠たちも金属や氷、あるいはサファイアの仮面を装着して準備万端である。
可能なら無駄に仰々しい衣装や仮面を身に着けず、素のまま己自身で戦いに臨みたかった所だ。しかし素顔を晒すに晒せない理由が周囲に広がっていた。
「ねえ光斗、アレどうする? 報道と警察のヘリ、あとパトカーに野次馬までいるよ?」
翠がため息交じりに口にした通り、今現在松雪中学校の周囲は祭りの会場と勘違いするほど賑わっていた。ヘリコプターが何機も周囲を飛び交い、正門や裏門前にはパトカーが何台も詰め掛け、敷地内には入っていないが報道関係者や野次馬までもが溢れている。
彼らは光斗たちを応援しているわけでもなければ、協力してくれているわけでもない。ヘリコプターからのサーチライトでしつこく照らしてきたり、正門や裏門を封鎖している辺り、むしろ光斗たちを学校に立てこもった凶悪犯として扱っている節まであった。一応事前に警察や自衛隊に事情を話して協力を要請したものの、結果は骨折り損のくたびれ儲けだったのだ。
「もう放っておこう。俺たちは散々危険を説いて警告をしてきた。これ以上は自己責任だし、面倒は見切れないよ」
「そうですね。こう言っては何ですが、今この場に集った方々は危機意識が薄く頭の固い者ばかりです。不幸があっても自然淘汰と割り切りましょう」
「うーん。あたしたちはヒーローだけど、さすがにあんなのまで救う義理は無いよね?」
「ちょっと残酷かもしれないけど、あれだけ警告したんだから仕方ないよ……」
光斗の発言を最早誰も咎めない。むしろ揃って同意してくる始末。
数日に渡る避難勧告や協力要請の無視、及び妨害を根に持っているようだ。若干思う所はあるが決戦の時は目前なので、意識を切り替え彼らの存在を頭の中から追い出した。
「みんな、もうすぐ奴がやってくる時間だ。覚悟は良いか?」
「応とも! 準備は万全、気力も充実! 後は奴を打ち滅ぼすのみ!」
『我が故郷を滅ぼした恨み、晴らさでおくべきか!』
真っ先に光斗の問いに答えたのは、翠とショールの中二コンビ。二人で左右対称の怪し気なポーズを取り、自信と覇気に満ち溢れた様子がありありと窺えた。
「こちらは家族の説得に少々骨が折れましたが、まあ何とか認めて貰いましたよ。もちろん覚悟も出来ています」
『大切な仲間たちを護るために頑張るさ。ボクらまで死んでしまえば<結晶人>は絶滅してしまうし、この星も終わりだからね』
次いで答えたのは宗二とアクアの理知的コンビ。二人共世界を護るという大それた目的意識は感じられないが、何も問題は無い。家族や仲間を始めとした大切なものを護る、戦う理由などそれだけで十分なのだから。
「わ、私も大丈夫だよ。自分で決めたなら頑張ってきなさいって、言って貰えたから」
『が、がば、頑張りますぅ……!』
最後に答えたのは久遠とサファイアの大人しいコンビ。久遠は恐怖よりも緊張を強く滲ませており、サファイアに至っては恐怖と怯えに縮こまり涙ぐんでいる。しかし二人共戦いから逃げるという選択肢は無いようだった。
「……お前はどうだ、ルチル?」
『フッ、今更な問いじゃな』
皆の決意と覚悟を確認した後、光斗は己の相棒にも問いを投げかける。
とはいえ確かに無駄な質問だったらしい。融合しているからか、あるいは<星彩光>に目覚めるほど深く心を共鳴させたからか、戦意を昂らせる彼女の意思や心が手に取るように理解出来た。
この場に集った全員、戦いの意思は揺るがない。ならば後は持てる力の全てを尽くし、ヴィーヴルを倒すのみ。
「そういえば光斗さん、グリーフの件はどうなったのですか? 共闘、あるいは停戦だけでも飲ませる事は出来ましたか?」
「……ああ。少なくとも、奴は俺たちの邪魔はしない。それだけは確実だ」
宗二の問いに対し、あえて多くは語らない。
実際は要求を飲ませるどころか、今日に至るまで接触すら出来なかった。しかしすでにグリーフの正体や目的に見当が付いているため、ヴィーヴルとの決戦の邪魔をするつもりが無い事は分かっていたのだ。
「えっ、そうなの? 嫌に聞き分けが良いね?」
「グリーフはあれだけ私たちを殺そうとしてたのに、突然どうして? やっぱりヴィーヴルが脅威なのかな?」
「………………」
翠と久遠が目を丸くするものの、理由を答えるわけには行かず沈黙で返す他にない。常識的に考えれば報連相を重視すべきだが、共有すれば混乱は必須の情報なのだ。決戦を前に心を揺るがす衝撃的な情報を教えたくはなかった。
何より光斗自身が口にしたくない情報である。言葉として紡いでしまえば、辿り着いた悲しい真実が現実として確定してしまう気がしてならなかったのだ。
「だんまりですか。さては何か秘密がありますね。まあ良いでしょう、この戦いが終わったら全て教えて貰いますからね」
「ああ、分かってる。その時は余すところなく、全部話すよ」
光斗の雰囲気から何かを察してくれたのか、皆素直に引き下がってくれた。
ただし不機嫌そうに眉を寄せたり、頬を膨らませたりしながら。それが隠し事をされている事に対する苛立ちより、信頼されていない事に対して腹を立てているようにも見えて、思いの外自分への信頼が厚い事に苦笑してしまうのだった。
「そっか、全部話してくれるんだ? じゃあそろそろあたしの告白への返事もして貰おっかなー?」
「告白? 翠ちゃん何それ詳しく教えて」
「お前、よりにもよってこのタイミングで……」
中でも翠が非常にむくれていた。意趣返しとでも言うが如く、非常にわざとらしく久遠を意識してとんでもない事をのたまった。狙い通りに釣られた久遠は、目の色を変え底冷えするような恐ろしい声音で話に食いつく。
「ふふっ。モテモテで良いじゃないですか、光斗さん。羨ましいですねぇ?」
「ぐっ……」
修羅場をさも愉快と言いた気に笑う宗二。口では羨ましいと零しつつも、実に清々しい嫌味な口調であった。
光斗だけがかなり肩身の狭い状況になってしまったものの、おかげで宗二たちは随分リラックス出来たらしい。先ほどまでの緊迫した空気は見事に弛緩しており、とても決戦を直前に控えているとは思えぬ雰囲気が醸し出されていた。
『……お喋りはそこまでじゃ。どうやら遂におでましのようじゃぞ』
しかしリラックスできたのはほんの僅かな間のみ。ルチルの張りつめた声に夜空を仰ぎ見れば、一際強く輝く星の煌めきが嫌でも目に入った。
刻一刻と大きさを増し光を強めているのは、極彩色の光を放ち輝く実に美しい流れ星。それが大気を引き裂き雲を吹き飛ばし、宇宙の果てから隕石として落下していた。
『来るよっ! 衝撃に備えるんだ!』
アクアの警告に対し、全員が即座に行動を起こした。サファイアの大盾を具現した久遠が光斗たちの前に立ち、翠と宗二がその前方に金属と氷の防護壁を生み出す。
ジェットエンジンよりも激しく轟く風切り音に鼓膜が破れそうになった瞬間――爆音と衝撃が同時に世界を揺るがした。
「うおおおぉぉぉぉぉぉっ!?」
「きゃあああぁぁぁぁぁっ!?」
あまりの激しさに数秒ほど全感覚を喪失し、前後不覚に陥る。超高速かつ大質量の物体が地表に衝突した爆音や衝撃もさることながら、直後に生じた強烈な閃光も尋常ではない。自分が悲鳴を上げているのか、地に足をつけているのかすらも判断できなかった。
それでも<変彩光>による高速思考が可能な光斗は一番復帰が早い。白光に焼かれていた視界が戻った時、周囲は酷い有様と化していた。破損など無かったはずの校舎の屋上は千年の月日が流れたかのようにボロボロになっており、周辺の家屋も大型台風の直撃を受けたかの如く激しく損壊している。ガラスというガラスが割れ、屋根という屋根が吹き飛んだ有様はまるでミサイルの爆心地の光景だ。
予め危険域に住まう人々を強制的に避難させていたので人的被害はゼロだが、本来ならこの時点で数千人規模の死傷者が出ていてもおかしくは無かった。
「とんでもないな、本当に……みんな、無事か!?」
「な、何とか、大丈夫……」
「本当に、情報通りですね。場所も、時間も、被害規模も、何かもが正確です……」
周辺は被害甚大だが、三重の防護で対処していた光斗たちは無傷。
最前面で大盾を構えていた久遠は、恐怖か緊張か震えながらも返事を返してくる。宗二に関してはヴィーヴル襲来に伴う被害よりも、全てがメールの情報通りだった事実に驚愕しているようだ。
「……結局野次馬とか助けに行くなんて、光斗ってやっぱりヒーローだよね?」
「死なれたら寝覚めが悪いだろ。ていうかお前も同じ事やってるじゃないか、全く……」
そして翠に関しては、場違いにも満面の笑みで笑いかけてくる。
結局光斗と翠は野次馬や警察たちを放置できなかったのだ。なので隕石が地表に到達するまでの間に、光斗は超音速でひた走り彼らを安全圏まで運んでいた。対して翠は金属を操る力により、車両やヘリコプターを強引に安全圏まで吹き飛ばしたのである。お互いどうにも非情になり切れなかった事に、苦笑を返す他なかった。
『見よ、あの忌々しい輝きを……!』
金属と氷の防護が解除され、光斗たちが目の当たりしたのは変わり果てた校庭の惨状。巨大なクレーターが形成され、その中心で極彩色に明滅する不気味な何か。形状はとても大気圏突入を成し地上に衝突したとは思えない、四方八方に結晶体が伸びた形。
ドラゴンどころか生物にすら見えない姿に、本当にあれがヴィーヴルなのかと首を傾げそうになった時――
『ひ、ひいっ!? 動き出したぁ……!』
巨大な結晶体が、擦れ合うガラスにも似た不快な音を響かせ動いた。花が開くような美しさを以て、悍ましき存在がとぐろを開く。
生物の姿に見えなかった理由は単純。大気圏突入に際し、肉体へのダメージを抑えるための防御態勢を取っていたからだ。
「……どうしよう、スペゴジの方がマシかも」
クレーターの中心で大地を踏みしめ、災厄の竜が遂に全貌を表す。
その姿、正にドラゴン。脚こそ短いが下手な大木よりも太く、はち切れそうな筋肉に満ちている。無論筋肉質なのは脚だけではない。ずんぐりとした胴体も、脚に比べて長い腕も、筋線維の収縮音が鳴り響きそうなほどに果てしなくマッシブ。
クレーターは明らかに五十メートル程度の深さがあるというのに、巨体の半分程度が地上から顔を出している。その状態でも四階建ての校舎の屋上に立つ光斗たちが見上げなければいけないほどだ。恐らく体高は百メートルを越えている。
尤もこの程度なら圧倒される事はあれど、凍り付く事は無かった。グリーフとの戦いで修羅場を潜り抜け精神が鍛えられ、更に謎のメールで事前に情報を入手していたからだ。にも拘らず光斗たちが息を呑み竦み上がったのは、想像以上にヴィーヴルの姿が胸糞悪いものであったから。
『何と美しく、そして醜悪な姿よ! 我らが同胞を辱めおって!』
頭頂から爪先まで、背部を極彩色の結晶が覆い尽くしている。結晶の一つ一つが異なる色と輝きを放ち、煌めきながら。七色を超えた極彩色の煌めきが調和し、一つの美として形を成しているのだ。美術家ならば感激のあまり咽び泣くほどの美しい光景だろう。
しかしあれは単なる宝石ではない。喰らい殺された<結晶人>たちの成れの果てだ。尊厳を踏みにじり形作られた悍ましい煌めきに、光斗は吐き気が込み上げるのであった。
「やはり、鉱物なら何でも己の力にするようですね……」
加えて身体の前面は宝石とは異なる輝きを宿している。月光を反射する銀色の輝きは、紛う事無き金属光沢。チタン、鉄、タングステン、部位によって異なる金属が鱗として身体を覆い尽くしている様は、最早装甲を纏っているように見えるほど。
前部には金属の鎧を、背部には宝石の装飾を纏った美しくも悍ましき竜。あれぞ正に虚飾と暴食の限りを尽くす、災厄の化身。
『――ゴアアアアァァァァァァァァッ!!』
最低最悪の宇宙生物――宝喰竜ヴィーヴルは天を仰ぎ、根源的な恐怖を煽る恐ろしい咆哮を轟かせた。




