愛と信頼
久遠とも別れ、帰路に就いた光斗は足取り重く自宅へと向かっていた。
理由としては辿り着いた真実への衝撃が大きすぎて受け止めきれないというのもある。とはいえそれに匹敵するほど、もう一つ大きな要因があった。
「――どこに行ってたの光斗? 私たちも避難するから、早く荷物を詰めて来なさい」
「そうだよ、おにーちゃん! 宇宙怪獣が来るんだよ!?」
帰宅するなり若干緊迫した様子の朱理と、慌てふためく愛理に迎えられる。
足取りが重かった原因は、自分が家に残る事を納得させる必要があったからだ。今すぐに避難可能なほどに荷物を纏めながらも、光斗が帰宅するのを待っていた優しい家族に。
避難勧告に従わないタイプなら話は簡単だったのだが、朱理は非常に賢明だった。特別な能力を持つ者たちが街の平和を守っている事を現実として受け止め、警告を一考に値するものとして避難を決めていたのである。
「……ごめん、母さん。俺は行かない」
「何言ってるの、お兄ちゃん!? このままだと物凄い怪物がやってくるんだよ!? 幾らリアリストのお兄ちゃんでも強情過ぎだよ!」
「光斗、確かに現実味が無いのも分かるわ。もちろんお母さんだって半信半疑よ。でも特別な力を持った人たちがこの街の平和のために頑張ってくれてる事は知ってるの。だから万全を期して避難するのよ」
理由を省いて残る事を伝えるも、半泣きの愛理に縋りつかれ、朱理には厳しい表情で窘められる。
やはり理由を話さず残る事は無理なようだ。仮に何らかの嘘を吐いた所で、母親を誤魔化す事は出来ないだろう。故に光斗は真実を語る事に決めた。
「母さん、愛理。実は俺――俺が、ライトニングなんだ」
「えっ」
「あら……」
一旦言葉を切った所でカバンからヒーロー衣装を取り出し、超音速の早着替えを披露する。視線を一瞬たりとも外していなかった愛理たちには、瞬間移動や時間操作の類に見えたかもしれない。二人揃って目を丸くしており、これ以上ないほど的確な能力披露となった事は明白だった。
「ええぇぇぇぇっ!? ほ、本当に!? 本当にお兄ちゃんがライトニングなの!?」
「ああ、そうだ。だから俺は、もうすぐ現れる怪物と戦わなきゃいけないんだ。そいつを放っておいたら、この町どころか地球が滅亡しかねない」
「えっ……お兄ちゃん、そんな化物と戦うの……?」
瞳を輝かせて迫って来た愛理だが、光斗の返しに途端に表情は曇る。
恐らくそこまでの化物を相手取るとは思ってもいなかったのだろう。曇った表情には途端に涙という名の雨が滲み始めた。
「だ、駄目っ! 駄目っ! お兄ちゃんまでお父さんみたいに死んじゃったらやだよ!」
「大丈夫だ、愛理。俺は死なない。俺には特別な力があるし、同じ力を持った仲間たちがいるんだ。だから大丈夫だ」
「本当、に……?」
「ああ。俺が嘘ついた事、今まであったか?」
「エッチな本は持ってないって、嘘ついた……」
「そ、それは置いといてだな……」
母親の前でとんでもない事を暴露され、思わずたじろいでしまう。だが視線を向けてみれば当の母親はエロ本の話題など全く気にせず、悲哀と歓喜が入り混じった複雑な面持ちを浮かべていた。
「……やっぱり、お父さんの子ね」
そして紡がれるのもまた、矛盾した感情に満ちた呟き。誇らしさに満ち溢れながらも激しい絶望を感じさせる、胸が痛む声音であった。
「あの人は特別な力なんて持ってなかった。でも自分の命を賭けて人を守るヒーローだった。その精神があなたに受け継がれてると思うと、嬉しいような悲しいような複雑な気分だわ」
「ごめん、母さん。俺、親不孝者だよね……」
父は他者を救い帰らぬ人となり、その息子は命を賭けて強大な怪物と戦う。
傍から見ればとても高潔で聖人にも思えるほど清く気高い親子に見えるだろう。しかしその実体は残された家族を泣かせ苦しませる最低最悪の外道に近い。すでに伴侶を失くした朱理にとっては余計に辛い事だ。親不孝とそしられても仕方が無かった。
故に光斗はビンタの一発や二発は覚悟していたが――
「――そう思うなら、今後の人生はちゃんと親孝行して貰うわよ。だから、必ず生きて帰ってきなさい」
「絶対! 絶対無事に帰って来てね! 約束だよ!」
朱理は光斗を慈愛に満ちた抱擁で包み込み、ビンタよりも厳しい約束を突き付けてきた。横合いから愛理も抱き着いてきて、涙ながらに険しい表情で約束を求めてくる。
「母さん、愛理……」
二人の愛と優しさに包まれ、光斗はその温もりを噛み締めた。
例え血は繋がっておらずとも、こんなにも自分を愛してくれる家族がいる事に、心の底から幸せを感じながら。
「分かった、約束する。必ず生きて帰って来るよ」
故にこそ、絶対にヴィーヴルに勝利しなければならない。最悪命がけで相打ちに持ち込む覚悟すら決めていたため、作戦の変更を余儀なくされるのだった。
とはいえどんなに困難な道のりであろうとも、超音速を超えた速度で走れる光斗に踏破できない道はない。辛く苦しい道のりを駆け抜け、理想のハッピーエンドを掴む。愛する家族のため、光斗は完全無欠の勝利を固く胸に誓った。
「――それじゃあ、世界を救うヒーローのために美味しいご飯を作ってあげないとね。愛理はお風呂を沸かしてきてくれる?」
「はーい!」
「……は?」
故に涙を呑んで一時の別れに臨もうとしたのだが、何故か二人は揃って荷物を放りリビングや風呂場へ向かって行った。避難勧告など忘れたかの如く、いつもの日常を過ごすかのように。
「いや、何してるんだよ二人共!? 早く避難してくれよ! 何で今からメシと風呂の用意なんてするんだ!?」
「だってあなたは怪物を倒して生きて帰ってきてくれるのよね? それなら避難しなくても大丈夫じゃない。むしろ私たちがここに留まってあなたの面倒を見て、万全の状態で送り出すのが最善だと思わない?」
「そうだそうだ! お兄ちゃんたちが負けたら世界が滅亡するっていうなら、避難してもしなくても変わんないよ!」
「えぇ……」
ひょこっと廊下に顔を出し、言うだけ言って引っ込む朱理たち。血の繋がりを感じさせる同一の反応と肝の座り具合に、最早反論の言葉さえ浮かばなかった。
実際光斗たちが敗北すれば地球は滅亡コースなのだ。某大国がヴィーヴルに核ミサイルを撃ち込みかろうじて世界の滅亡を免れる可能性もあるが、原因が変わるだけで日本の滅亡に変わりは無い。避難してもさほど意味が無いのは事実だった。
『諦めよ、光斗。こやつらの意思は固い。ダイヤモンドもびっくりの硬さじゃぞ』
必死に反論を探し足掻くものの、ルチルから彼女たちの意思は決して曲がらないというお墨付きを貰ってしまう。
強引に避難させるという手もあるにはあるが、二人の信頼に泥を塗る事になるので実行は出来ない。必勝の宣言が虚偽であると証明する形になってしまうのだ。
「お兄ちゃーん、お風呂湧いたら一緒に入ろうね? それから今夜は一緒に寝よー?」
「良いわね、せっかくだから親子三人川の字で寝ましょうか? 何年ぶりかしらねぇ?」
光斗の葛藤を知ってか知らずか、二人は実に楽しそうに盛り上がっている。
硬い信頼と強い絆を寄せる二人を無理やり避難させる事など、出来る訳も無かった。
「あー、もうっ! 何なんだよ、二人共!?」
最早打つ手がなく、無力感に崩れ落ち途方に暮れてしまう。特別な能力を持つヒーローでありながら何の能力も持たない母と妹に手玉に取られた悔しさに、虚しく床に拳を叩きつけながら。
「光斗ー、晩御飯は何が食べたい? 今日は何でも作ってあげるわよー?」
「……カツカレー!」
「はーい、分かったわ。じゃあ待っててねー」
グリーフとの戦い以上に完膚なきまでの敗北を喫した光斗は、意地を張るのも馬鹿らしいので素直に受け入れる事にした。尤も手玉に取られた悔しさから、多少語気が乱暴になってしまったのは否めないが。
『……愛されておるのう、お主?』
「ああ、自慢の家族だよ。呆れちまうくらいにな」
からかいの笑みと共に羨望を滲ませるルチルに対し、躊躇いなく家族を誇る。
二人が街に残る以上、絶対にヴィーヴルとの戦いに勝たなくてはならない。守るべきものの存在を明確に感じた事で、燃え上がるような力が沸き上がって来るのを感じた。やはりヒーローが最も力を増すのは、大切なものを守る時という事なのだろう。
「……明日は、絶対に勝つぞ」
『無論じゃ。故郷を滅ぼされた恨み、あの宇宙トカゲに思い知らせてやるわ』
一心同体の存在であるルチルと明日への意気込みを確かめ合い、光斗はリビングへと向かうのだった。最後になるかもしれない家族との団らんを、心置きなく楽しむために。




