衝撃の答え
『お主そんなキャラじゃったか、ショールよ……?』
ルチルが訝し気に口にした通り、彼女の名はショール。翠と融合している<結晶人>である。
ルチルの例に漏れず、彼女もまた絶世の美少女の姿をしていた。ショートカットの黒髪に、鮮やかなネオンブルーの瞳が輝く様は正に宝石のよう。小柄ながらもスタイルは良く、出る所はしっかり出ていて実に魅力的だ。
ただし身に纏う衣装はかなり病的。黒のロングコートや黒革指貫きグローブ、眼帯などの中二病御用達の衣装なのだ。見た目は美少女だというのに残念な雰囲気が漂う辺り、もしかすると宿主の影響を受けているのかもしれない。
「にしても驚きだよな。たった数日で全員の<結晶人>が目覚めるなんてさ」
『全くじゃ。最低でも十日以上はかかる見通しだったんじゃがな?』
翠のように怪しげなポーズを取って浮遊しているショールを眺めながら、光斗はあまりにも幸運すぎる偶然を噛み締める。
驚くべき事にルチルの見通しに反し、生命力を分け与えてから僅か三日で<結晶人>が全員目覚めたのだ。ここも実に都合の良い偶然が起こったわけであり、最早驚きよりも恐怖が湧いてくる所であった。
「まあ何にせよ、そろそろ避難勧告は打ち切りだ。ここからはヴィーヴルを倒すための準備に時間を割こう。秘密兵器の準備、頼んだぞ」
「任せるが良い! では我らは決戦のための素材収集にかかる! 後は頼んだぞ、ライトニング!」
『期待しているが良い。決戦では我らの華々しき活躍をとくと見せつけてやろう!』
「ああ、楽しみにしてる。頼んだぞ、二人共」
高らかに言い放ち、二人は左右対称のポーズを取ってから空の彼方へと飛び去る。
ヴィーヴルとの決戦で要となるのは、翠が操るとある秘密兵器。本当に実現できるのかかなり疑わしい代物だが、彼女が自信満々に提案してきた事を考えるに、大言壮語と言うわけでは無いのだろう。翠はやると言ったらやる女だ。
何にせよ翠の様子の確認を終えた光斗は、次なる地点である南へと向かった。そこは宗二の担当なのだが、どうやら早々に避難勧告に見切りをつけたらしい。とあるビルの屋上で黄昏ている所を発見した。
「宗二、こっちの避難状況はどうだった?」
「光斗さん……まずまずですね。やはり避難勧告に従わない者が多いです。まあ宇宙怪獣などという荒唐無稽な存在を引き合いに出した避難勧告ですから、信じられないのも無理はないでしょう」
『――やれやれ、人間たちは愚かだね。この広い宇宙に存在する生命体が自分たちだけだと思っているのかな? ボクらから見れば地球人だってエイリアンなのにさ』
『お主も何か変わったな、アクアよ……』
ため息を零す宗二の隣に、半透明の存在が姿を現しながら肩を竦める。宗二と融合している<結晶人>――アクアだ。
鮮やかな空色の髪が首元まで流れ、深い紺碧色の瞳が煌めく様は、さながら空と海の蒼さを象徴するかのよう。例に漏れず美少女であり、中性的な魅力すら感じられるほどに顔立ちが整っている。白いパーカーに膝まである茶色のハーフパンツと身に纏う衣装もユニセックスであるため、下手をすると美少年に見えてしまいそうなほどだった。
「これ以上は面倒を見切れないし仕方ない。お前も明日に備えて、修業するなり休息するなりして体調や準備を整えてくれ」
「分かりました。避難に力を入れるあまり、ヴィーヴルとの戦いで全力を発揮できなければ本末転倒ですからね。ああ、そういえばグリーフとは接触出来ましたか?」
「いや、まだだ。毎日街中を駆けずり回って探してるが、影も形も見当たらない。この分だと決戦には間に合いそうにないな」
ヴィーヴルの一件が片付くまで停戦や共闘の要求をしたかったのだが、元々神出鬼没な事もあり接触どころか探し出す事すら敵わなかった。そもそも鎧の下の正体を知らないため、例え目の前を歩いていたとしても鎧無しではグリーフだと気付かないだろう。見つけ出すなど雲を掴むような話であり、収穫はゼロであった。
「そうですか。まあ気を落とさないでください。元より共闘など受け入れそうにない相手です。ヴィーヴルが<結晶人>の怨敵である以上、僕たちの邪魔や妨害をする事は無いでしょう。それだけでも十分ではないですか?」
「まあな。少なくとも三つ巴の戦いにならないだけマシか」
三つ巴のバトルロイヤルになれば、真っ先に落ちるのは光斗たちだ。恐るべき宇宙怪獣と悪鬼羅刹の如き星紅玉の鎧の怪物が同時に襲いかかってくれば、幾ら<星彩光>という力があろうと蹂躙される未来しか見えない。
単なる想像だがあまりにも絶望的な状況に、思わず身震いしてしまう光斗だった。
「……そういえば、宗二はもう<星彩光>を修得したのか?」
「い、いえ、まだです。目指す姿や理想と言われても困るんですよね……」
『大丈夫さ、宗二。ボクらの心は通じ合ってる。後は君が理想を想い描くだけだよ』
氷のハーフマスク越しでも分かる程の渋面を浮かべた宗二は、アクアに励まされてますます表情を歪めた。
<星彩光>を修得するには、<結晶人>と心を通わせ共鳴するという曖昧かつ厳しい条件が求められる。翠はショールが目覚めて即座に修得したらしいが、聡明で理知的なタイプの宗二には難しい事だろう。何かアドバイスでもしたい所だが、ルチルと心を通わせているとは信じ難い光斗には気の利いたセリフは浮かんでこなかった。
「まあ、頑張れよ? まだ時間はあるし、ゆっくり考えれば良いさ」
「はい……とりあえず、<星彩光>の習得に専念したいと思います。では僕はこれで」
両手からの冷気の噴射で舞い上がった宗二は、そのまま周囲の建造物を渡り夕焼けの中へと消え去って行った。
見送りを済ませた所で、光斗は最後に松雪中学校の北の街角を目指した。そこは久遠が避難勧告を担当している地区。今までの経験から考えると成果は望み薄なのは分かっていたが、一生懸命人々に避難を呼びかけているであろう久遠を労うために足を向けた。
「――いっ!? ぐ、グリーフ!?」
だが現場に到着した途端、宝石の鎧に身を包んだ凶悪な怪物を発見して腰を抜かしかけた。まさかこんなタイミングで遭遇するとは想定もしていなかったからだ。
驚愕のあまり足を止めると、グリーフはゆっくりとこちらを振り返り――
「あっ、光斗くん! どうかしたの?」
「……っ!?」
見た目に反して女の子な声を出し、しかも女の子らしい走りで駆け寄ってきた。これには高速思考が可能な光斗の脳もオーバーヒートを起こし、訳の分からない状況に思考停止してしまう。
『落ち着け、光斗。こやつはグリーフではない。良く見ろ、色と輝きが違うであろう?』
ルチルの指摘に脳が再起動を果たし、改めて眼前の怪物の姿を観察する。
確かに宝石の鎧を身に纏っているが、良く見れば星の輝きを宿した深い紅色ではない。清廉で透き通った美しさを誇る深い蒼色であり、夕日の輝きを反射して紅に染まっているだけであった。内側に星の煌めきも宿っておらず、同じコランダムでもグリーフの鎧とは正反対。スタールビーではなく、純粋なブルーサファイアだった。
「く、久遠……なのか?」
「うん、そうだよ。あっ、この姿だったから驚かせちゃったかな?」
おっかなびっくり尋ねると、その人物が面貌の部分だけをスライドさせる。どうやら本当に久遠だったらしく、蒼玉の下からは見知った幼馴染の素顔が現れた。尤も他人に見られないよう、すぐさま隠してしまったが。
「いや、マジで驚いたよ。いきなりグリーフが出たかと思ったぞ……」
「ご、ごめんね? 驚かせる気は無かったの……」
『ご、ごめんなさい……!』
胸を撫で下ろす光斗に深々と頭を下げるのは、久遠とその隣に現れた<結晶人>。
今までの<結晶人>は皆少女の外見をしていたが、この<結晶人>――サファイアだけは女性と言える姿形をしていた。腰まで流れるウェーブがかかった長い髪も、煌めく瞳も正に蒼玉の化身に相応しい蒼色。コートやロングスカートなどでかなりの厚着を装っているが、豊満なスタイルは隠しきれない。人外の美貌はもちろん、豊かな乳房にくびれた腰、安産型の臀部と男の理想を詰め込んだ姿であった。
ただ完璧なプロポーションや外見に反し、常に臆病で怯えた様子が目立つのは否めない。今も瞳に涙を溜め、哀れになるほど必死に謝罪を繰り返していた。
「驚きはしたけど、別に怒ってはいないから気にしないでくれ。でも何でそんな恰好してるのかは気になるな。もしかしてそれが<星彩光>なのか?」
「う、うん、そうだよ。全身にサファイアを纏って、誰も傷つけられない強く頑丈な私になる。それが私たちの<星彩光>なの」
『デザインがアレなのは、やっぱりグリーフの影響が大きいかも……凄く強くて、怖かったし……』
目の前で繰り広げられるは厳つい見た目の鎧と絶世の美女が、揃って縮こまりもじもじしている強烈な光景。
以前図書館で久遠が語っていた通り、サファイアとルビーは同じコランダムに属する宝石。不純物の違いにより色が異なっているだけだ。ならば<変彩光>と<星彩光>の性質が似通うのも不思議ではない。むしろ当然と言っても差し支えないだろう。
しかしここまでの一致はさすがに度が過ぎる。必然や偶然の一致という言葉で片付けるのを躊躇うほどに。今まで散々都合の良い偶然ばかり巻き起こった事も含め、この相似にも何がしかの作為や意味が隠されているのではないか。
「――っ!」
瞬間、光斗の加速された思考に一つの仮説が電流のように閃く。
それは突拍子もなく、実に荒唐無稽。情報の洪水を一瞬で処理できるほどに意識を加速させられる光斗だからこそ閃いた仮説。しかしもしもこの仮説が正しかったなら、全てに説明がついてしまうのだ。グリーフの正体から、都合の良い偶然の多さにまで。
『………………』
ルチルも同じ結論に至ったのか、険しい表情で固唾を呑んでいた。この仮説に辿り着いたのが自分だけではないという事実が、仮説が真実である可能性を僅かに引き上げる。
だがまだ足りない。仮説を真実として完成させるには、少しだけ情報が足りなかった。
「……光斗君、どうしたの?」
「あ、いや、何でもない。それより久遠ももう引き上げて、明日に備えてくれ。避難を呼びかけるのも大事だけど、俺達は明日とびきりの化物と戦わないといけないんだからな」
「そうだね。できれば皆を助けたいけど、私たちにだって出来ない事はあるもんね……」
『ちゃ、ちゃんと避難は呼びかけたから、私たちに責任はないよね。うん……』
肩を落とす二人の姿を眺めながら、必死に思考を巡らせる。
まず間違いなく、この仮説においてキーパーソンとなるのは久遠だ。ならば真実を完成させるためのピースは彼女から得られるはず。だが果たして何を尋ねるべきか。
神速の思考を巡らせた果てに、とある疑問が脳裏に浮かんだ。
「久遠、ちょっと聞きたい事があるんだけど良いか?」
「えっ? うん、良いよ。何が聞きたいの?」
「……星宮タワーで会う約束。あの場所と時間を選んだのは、何か理由があったのか?」
それは光斗たちがあの飛行機事故の現場に居合わせる事となった事件。久遠はグリーフでは無かったため、偶然だと考えて忘れ去っていた疑問。
星宮タワーの展望台で大切な事を話したいという内容もかなり不自然だが、午後一時十五分という時間もまた不自然だ。だが今重要なのは話したかったであろう内容よりも場所と日時の方。何故わざわざ展望台で、何故飛行機事故が起きる直前の時間だったのか、光斗はその理由が知りたかったのだ。
サファイアの面貌のおかげで表情は見えなかったが、久遠はその問いにはっきりと答えてくれた。
「――――――」
「えっ……」
『何、じゃと……?』
返って来た答えに、光斗はルチルと共に絶句する。
だがそれは正に重要なピース。すぐさま衝撃から立ち直った光斗たちは、あまりにも荒唐無稽な真実に辿り着くのであった。




