アステリズム
最低最悪な事に、星を食らう宇宙怪獣が<変彩光>をも身に着けてしまったらしい。<結晶人>という種が絶滅の瀬戸際にまで追い込まれた事実から考えるに、食われた数は十や二十では足らないだろう。数個の<変彩光>を持つグリーフにすら苦戦した辺り、逆立ちしても敵いそうにない。
果たして何故そのような化物が、よりにもよって地球に現れるのか。原因を考えようとした矢先、宗二がルチルに向けて敵意を宿した鋭い睨みを向けた。
「鉱物を喰らう怪物――そんな存在からすれば、鉱物生命体であるあなたたちはとても食欲をそそる存在なのではないでしょうか。もしやヴィーヴルはあなたたちを追ってきたのではないですか? よくも平和な地球に恐ろしい化け物を呼び寄せてくれましたね」
「ちょっ!? 宗二、それはさすがに言いすぎじゃない……?」
憎々し気な口調に翠が止めに入ろうとするも、宗二は一瞥しただけで制する。
実際彼の発言は間違っていないはずだ。超常的な能力を秘めた<結晶人>がその身に宿しているエネルギーは、他の鉱物とは比較にならないのは考えるまでも無い。鉱物を喰らうヴィーヴルからすれば正にご馳走、付け狙われるのも実に自然な事であった。
故に平和だった地球に化物を呼び寄せたルチルに対して、光斗も大いに怒りが湧いてくるものの――
『すまぬ。わらわたちは何としても生き延びなければならないのだ。それがヴィーヴルを足止めするために命を賭した者たちの、そして我が父の、最期の願いだったから……』
「あ……」
悲痛な面持ちで頭を下げるルチルの姿に、その表情に胸を打たれ、自然と胸の内に沸き上がった怒りは消え去ってしまった。
理由としては傲慢で鼻につく態度の目立つルチルが、深々と頭を下げて謝罪している事が大きい。しかし何よりも大きいのは、唇を噛み締め絞り出した悔恨と悲哀の言葉。
恐らく彼女の父親は自ら命を投げ打ったのだろう。ルチルを、そして残り少ない同胞を守るために。その境遇に強い共感を覚えてしまった光斗には、最早彼女の行いを咎める事など出来なかった。
「……宗二が怒るのも分かる。けどルチルたちが来なければ、お前は家族と一緒にあの飛行機事故で死んでたんだ。許せとは言わないが、あんまり責めないでやってくれ」
故にルチルを庇い、怒り心頭といった様子の宗二を宥める。
あの飛行機事故の一件は、後々の調査で飛行制御システムを始めとした連鎖的な故障が原因である事が判明していた。光斗たちが<変彩光>を得ていなければ、<結晶人>たちがこの地球に降り立っていなければ、悲劇的な大惨事を免れる事は出来なかったのだ。
それを宗二も思い出したのだろう。何か言い返そうと一瞬険しい目を向けてきたが、すぐに納得したように表情を緩めていた。
「確かに、その通りですね。それに生物である以上、種の保存のために行動するのは当然の事ですからね。どうやら些か気が動転していたようです。申し訳ありません」
『気にするでない。この星に災厄を呼び込んだ疫病神なのは事実じゃからな……』
深く謝罪する宗二と、自罰的なルチル。二人が織りなす暗い雰囲気のせいで重苦しい沈黙が降りる中、燃え盛る炭が爆ぜる小気味良い音だけが室内に響いていた。
「そ、それよりもう一つ質問良いかな!? もしかしてグリーフとヴィーヴルって何か関係がある存在だったりしない!?」
耐え難い沈黙に誰もが押し黙る中、率先して声を張り上げたのは翠。暗い雰囲気を吹き飛ばすかのように、無駄に大きく明るい声で別の話題を口にしていた。アホの子で中二病だが、気遣いのできる良い子である。光斗はこれ幸いと話題に便乗した。
「それは俺も気になるな。そもそも<変彩光>の持ち主が五人もいるなんて変だ。地球に落ちた<結晶人>は四人のはずだろ?」
翠のおかげで重苦しい沈黙が吹き飛んだものの、今や全員が不可思議な謎に首を捻っていた。地球に舞い降りた<結晶人>は四人だというのに、<変彩光>の持ち主が五人も存在するのは計算が合わないのだ。
『ふむ。もしかすると、この星には過去にも<結晶人>が降り立った事があるのかもしれんな? 奴は<結晶人>との相利共生を結んだ存在――<融輝人>、その末裔かもしれぬ』
「<融輝人>! 良いね、カッコいい響きで気に入ったよ!」
聞き慣れぬ響きの言葉が琴線に触れたのか、翠が瞳を輝かせる。確かに宿主よりは耳心地が良いので、光斗としても異論はなかった。
「ではヴィーヴルは共通の敵でしょうし、一時共闘する事も可能かもしれませんね。望みはかなり薄そうですが」
「ぐ、グリーフと共闘? さすがに無理じゃないかなぁ……?」
「確かにアイツの力を借りる事が出来れば心強い事この上無い。でも当てにするのは止めといた方が良さそうだな。油断したら後ろから刺されそうだ」
恐るべき力を持つグリーフが味方になれば実に頼もしいが、机上の空論なのは火を見るよりも明らかだった。あれだけヒーローという存在に執着を示し、光斗たちを殺そうとしていたのだから。
提案した当の宗二さえ渋面を浮かべている辺り、完全に結論は決まっている。奇跡的に共闘が叶ったとしても、とても背中を任せられる相手ではない。
「やっぱり俺たちだけで戦うしかないな。ルチル、何か秘策とか無いのか?」
諦観と共に、軽い絶望を覚えながらルチルに問う。すると彼女はようやく自信に満ちた傲岸不遜な雰囲気を取り戻し、薄い胸を張って得意げに鼻を鳴らすのだった。
『そこでわらわたち<結晶人>の出番というわけじゃ! ヴィーヴルが奪い去り身に着けた<変彩光>は所詮表面的な輝き。こちらは<結晶人>と<融輝人>で力を合わせ、真なる<変彩光>――<星彩光>によって対抗すれば良い』
「<星彩光>……またカッコいい響き! ていうかこれも宝石の光学現象の名前だね!」
「言葉の響きは置いておきましょう。察するに、僕たちの力にはまだ先があるという事でしょうか?」
「あっ、もしかしてアレかな? 光斗くん、グリーフみたいに全身を宝石の鎧で覆ってたよね? あの時の光斗くん、全身から金色の光が溢れてて凄い速くなってたよ?」
「ああ、アレか。確かにあれぞ真の<変彩光>って感じだったな」
ピンときた様子の久遠の言葉に、光斗も思い当る節があり頷く。
つい先ほどまで謎の一つだったが、あれこそが真なる<変彩光>と言われれば納得だ。水晶膜と水晶鎧で防護が二重になった事で、以前までとは比較にならないほどの速度で走る事が可能になり、より速度の高みを目指す事ができるようになったのだから。
『うむ、正にそれじゃ。わらわたち宝石は実に美しく光輝き、色とりどりの光を放っておる。しかしその輝きは観測し、評価する者がいて初めて成り立つもの。単体ではただの石くれと変わらぬ。<結晶人>と心を通わし共鳴し、輝きに価値を見出す者がいてこそ、初めて宝石の輝きは星の煌めきへと昇華するのじゃ』
「おおっ!? という事は、あたしたちももっと強力な力を得られるって事!?」
『それは個々の<星彩光>、そしてお主らが描く理想によりけりじゃな。とはいえヴィーヴル襲来に備え、お主ら全員が<星彩光>を扱えるようにならなければならん。そのためにはお主らの中に眠る<結晶人>を目覚めさせる必要がある』
「どうすれば目覚めさせる事が出来るんですか?」
『そう急くでない。光斗、手を出せ。そしてお主らは光斗の手に己が手を重ねよ』
「こうか? ていうか、心を通わせてるぅ……?」
高飛車で鼻にかけた態度が目立つルチルと心を通わせている事にされたのは癪だが、指示に従い手を差し出した。ちょうど焼き網の真上なので燻されるように熱いが、全員の手を重ねるならここしか無かったのだ。
すぐに翠たちも手を重ね、焼き肉店の個室では少年少女四人が手を重ねている謎の光景が生まれた。
『では行くぞ。少々痛むが、手を引っ込めるでないぞ?』
「いっ……!?」
「ひゃんっ!?」
「きゃっ!?」
ルチルが注意した瞬間、光斗の腕に小規模な金色の稲妻が音を立てて迸った。同時に宗二たちが感電でもしたかの如く小さく悲鳴を上げ悶え始める。金色の電撃に身体を蹂躙されながらも、手を引っ込めようとしないのはさすがと言うべきか。
一体ルチルが何をしているのか気にはなるが、横目で窺うと瞑目し深く集中している様子なので口を挟むのは躊躇われた。
『――っと。うむ、この程度が限界じゃろうな』
「お、おい、お前何か薄くなってないか?」
十数秒ほど経過した後、半透明だったルチルの姿は更に薄くなっていた。加えて薄さのせいで分かりにくいが顔色も悪くなっており、かなり消耗した様子に見える。十数秒間軽く感電していた三人の様子よりも不安になってしまうほどだ。
『わらわの生命力をこやつらの内に眠る同胞に注ぎ込んだのじゃ。故に霊体の維持に支障が出ておる。まあお主が大量に飲み食いすれば今日明日には元通りじゃから安心せい』
「その程度で復活するとか、随分安い生命力だな……」
若干の呆れを覚えつつも、光斗は胸を撫で下ろす。
飲み食いすれば良いのなら、今現在焼肉屋にいる状況は実に都合が良い。主に翠のせいで会計も馬鹿にならないのは目に見えているので、多少増えても誤差の範囲だ。なので半ば自棄になり、タブレットで大量に肉の注文を始めた。
『これでお主らの中に眠る<結晶人>も、近い内に目覚める事じゃろう。後はお主らがそれぞれ心を通わせ、<星彩光>を得るために励むが良い』
「真なる<変彩光>――<星彩光>……くーっ、興奮してきたっ!」
「ヴィーヴルやグリーフを相手取るには必要不可欠ですね。早く目覚める事を祈ります」
「戦うのは怖いけど、私も頑張るよ。光斗くんのために」
生命力を注がれたせいなのか、三人は妙に高揚しておりやる気に満ちている様子だ。
<星彩光>が強大な力である事は、会得した光斗自身が誰よりも深く理解している。何せ走行速度を計測するとマッハ三十という恐るべき速度を叩き出したのだ。しかもまだまだ速度を上げられる気配すらある。全員が<星彩光>に目覚めれば、グリーフに対抗する事も可能となるだろう。もしかするとヴィーヴルを打倒する事もできるかもしれない。
「それじゃあ昼メシを再開しようぜ。俺の奢りだから遠慮せずいっぱい食べてくれ」
「はーい! ごちになりまーす!」
「お前はもうちょっと遠慮してくれ。頼むから」
希望が見えてきた光斗は懐へのダメージを度外視し、皆のやる気を削がないように太っ腹な発言を口にした。尤も明らかに別格な量を喰らっている翠にだけは苦言を呈したが。
「ああ、そうだ。ルチル、最後に一つ聞かせてくれ。ヴィーヴルは何時頃地球に襲来するか分かるか? 出来れば場所も分かると最高なんだが」
『ううむ、何とも言えんな? 一週間後かもしれんし、一月後かもしれん。じゃが、さほど遠くない未来じゃ。そして奴が現れるとすれば、わらわたちの匂いを辿り間違いなくこの星宮市に落ちて来る事じゃろう。決して警戒は怠るで無いぞ』
「責める気はありませんが、時期が分からないのは痛いですね。まあ大雑把にでも場所が分かるだけマシかもしれませんが」
「そうだね。時期も分からないのに避難を呼びかける訳にもいかないし……」
ルチルの返答に宗二も久遠も表情を曇らせてしまう。地球を滅ぼす宇宙怪獣の襲来日時が分からず、場所も星宮市のどこかだけでは対策の取りようが無い。
再び重苦しい沈黙が流れ、暗い未来に絶望を感じてしまう光斗たちだった。




