地球外知的生命体
「えっと、は、初めまして。私は金見久遠と言います。光斗くんと同じ南十字高校の二年生です。よろしくお願いします……」
人見知りの気がある久遠は、光斗の隣でどこかオドオドした様子の自己紹介を行った。
五月二十七日、土曜日。グリーフとの苛烈な戦いから七日後。光斗たちは再び焼肉屋に集っていた。グリーフを退けた祝いと、新たな仲間である久遠の歓迎会だ。全員が負傷していたため当初は一月や二月先の開催を見据えていたが、三日程度で全員完治したため急遽開催の運びとなった。
グリーフの雷撃により感電し広範囲の火傷を負っていた翠と宗二も、右腕が丸ごと折れた光斗も、主に内臓を損傷していたと思われる久遠も、全員が三日で元通りなのだから驚きである。恐ろしい事に当日の時点で傍目からは負傷など分からない程度に回復していたのだ。恐らくこの異常な回復力も<変彩光>を授かった故のものなのだろう。
「よろしくー! あたしは風花翠! <変彩光>は磁性体金属の操作だよ! ねえねえ、久遠の能力は何なの?」
「<変彩光>……? 能力の事かな? 私の能力は、サファイアで出来た武具を具現する事だよ。具現している間は身体もより硬く堅牢になって、身体能力も高くなるの」
「へー、面白い能力だね。具現化系かぁ……」
久遠の説明に翠は興味深げな顔をしつつ、白米を牛タンで平らげて行く。
今回も費用は光斗持ちなのだが、相変わらず遠慮なく食べる翠にだけは自腹で払わせたくなるのであった。
「僕は真琴宗二と言います。天竺中学校の三年生です。<変彩光>は氷と冷気を操る事です。そして、僕があなたをグリーフではないかと疑った張本人です。申し訳ありません。決して光斗さんに非はないので、どうか彼を恨まないようにお願いします……」
「う、ううん、良いの。だっておかげで、光斗くんと仲直りできたから……」
深々と頭を下げ謝罪する宗二だったが、久遠は全く気にした様子を見せない。凶悪な化物と疑われたにも拘わらず、夢心地な微笑みを浮かべ光斗に熱い視線を向けてくる始末。理由は単純明快。疑われたのがきっかけで、仲良しの幼馴染に戻る事が出来たからだ。
歓迎会が開催されるまでの間、光斗と久遠は何度も電話やメールのやりとりを交わしていたのだ。お互いの五年間の溝を埋めるために。
結果、自分たちが大いに擦れ違っていた事が判明した。子供の頃の失言を鵜呑みにしていた久遠は光斗に憎まれていると考えており、光斗は逆に久遠に憎まれていると勘違いしていたのである。深く長い擦れ違いを修正できた今、最早確執など存在しなかった。
「むむっ、嫌らしいメスの気配……」
「メスとか言うな。失礼だぞ、翠」
しばし見つめ合っていると、何故か翠は恨みがましく睨みつけてくる。
尤も久遠の方はメス呼ばわりされながらも特に反論はないようで、むしろ頬を赤く染めて俯くだけだった。羞恥のあまりに言い返す事ができないか、あるいは図星を突かれて言葉も無いのか。元々人見知りな所があった久遠なので前者と思いたい所である。
とはいえ人見知りで臆病でも、ヒーロー活動への参加を表明してきたのだから驚きだ。恐らく無駄にした五年間を取り戻すためにも、光斗と同じ時間を過ごしたいのだろう。
『ククッ、見ていて実に愉快じゃな? モテる男は辛いのう、光斗よ?』
「うるさい! 茶化すな!」
「……光斗さん。いい加減気になって堪らないんですが、それは一体何なんですか?」
『むっ、それ呼ばわりとは失礼な奴じゃのう? ちゃんと人の形をしているであろう?』
宗二が戸惑いがちに視線で示したのは、相も変わらず光斗の隣に浮かぶ金髪少女。今は白いネグリジェ染みたドレスを身に着けているものの、衣装を含めて半透明で幽霊と見紛う姿なのは変わらない。
当初は幻覚か何かでそのうち消えるのではと楽観的に考えていたのだが、結局消える事無く光斗の傍らに侍っていたのだ。まるで背後霊である。
「光斗くん、その子は一体何なの? ゆ、幽霊とかじゃ、ないよね……?」
「さあ、何なんだろうな? 俺にも分からん」
「いやいや!? 何で光斗が知らないの!? 一週間は一緒にいるんだよね!?」
「本人に聞いたら二度手間になるから説明は後でって、教えてくれなくてさ。まあ害は無さそうだし別に良いかって流してたんだよ。その内消えるかもって思ってたし」
「よく未知の存在と七日間も暮らせましたね。僕なら発狂してますよ……」
この答えには翠だけでなく、他の面子もぎょっと目を見開く。
実際光斗は金髪の少女が何者なのか欠片も把握できないまま、七日間共に過ごしているのだ。しかも彼女は光斗から離れられないらしく、それこそおはようからおやすみまで。
普通に考えれば羞恥や恐怖を感じて然るべき状況だが、不思議とこの少女に対して恐怖や忌避感を覚えなかったのだ。まるで双子の兄弟、あるいはもっと近い間柄の親近感すら感じるほどに。だからこそ七日間、全く説明が無くとも乗り切れてしまったわけである。
『まず自己紹介から始めるとするかの。わらわの名はルチル。遠き宇宙の果てよりやってきた、<結晶人>という鉱物生命体じゃ。まあ早い話、お主らの感覚で言えば宇宙人じゃろうな』
「う、宇宙人……!?」
遂に説明を始めた少女――ルチルだが、いきなりのぶっ飛んだ情報に早速ついていくのが難しくなってしまう。明らかに人間ではない事は一目で分かるが、宇宙人というのもまた予想外であった。
「現代ファンタジーかと思ったら、まさかのSFだった!? 熱い展開だね!」
「ま、まあ、超常の力を授かった身からすれば、信じられない事ではありませんね……」
「へー、宇宙人かぁ。本当にいるんだね……あれ、鉱物生命体……?」
翠は驚愕を示しつつも瞳を輝かせ、宗二も平静を取り繕おうと震える手で眼鏡の位置を直している。
ただし久遠だけは全く動じておらず、あっさりと宇宙人の存在を受け入れていた。そして何かに気付いたように、首を傾げて続ける。
「あの、ルチルさん。鉱物生命体って事は、もしかして私たちに<変彩光>を授けたあの流れ星がそうなんですか?」
『うむ。それこそ正にわらわの同胞の<結晶人>たち。この地にはわらわを含め、四人の<結晶人>が舞い降りたのじゃ』
「やっぱり。じゃあ名前がルチルって事は、もしかして宝石のルチルですか?」
『然り。わらわこそがルチル。数多の宝石の中で最も光り輝く、美の化身じゃ』
「自分で美の化身とまで言うか。ていうか宝石だって言うのなら、その姿は何なんだ? 何で幽霊みたいに透き通ってて、俺達にしか見えないんだよ」
<変彩光>を授けた流れ星が超常の存在である事は全員の共通認識だったので、実は不思議な力を宿す鉱物生命体だったというのはむしろ納得しか無かった。
とはいえその鉱物生命体が人間と変わらぬ外見を持ち、幽霊染みた姿を見せてコミュニケーションまで取れるとなると話は変わる。なので満を持して尋ねたのだが――
『この姿はいわば霊体じゃ。わらわの本体はお主の肉体と融合しておる故、自然と姿もお主ら人間に近くなったというわけじゃな』
返って来たのは更にとんでもない情報。いつのまにやら自分が宇宙人と融合しているという、色々な意味でツッコミどころのある事実であった。これには再び全員が驚愕に息を呑むが、中でも宗二の驚きようは群を抜いていた。
「待って下さい! 融合って、もしや僕らに寄生しているんですか!? 宇宙人が!?」
『寄生虫のような言い方をするでない。わらわたちは傷ついた身を癒すため、少しばかりお主らの肉体に間借りし栄養を貰っておるだけじゃ』
「やっぱり寄生虫じゃないか! どうりで最近食べる量が増えたと思いましたよ!」
『うるさいガキじゃな。宿主に<変彩光>という超常の力を授けておるのじゃから、それくらい良いではないか。お主らの身体も丈夫になるのじゃし、傷の治りも早くなるというのに、一体何が不満なのじゃ』
「未知の宇宙生物に寄生されているんですから、誰でも不満だと思いますよ!? ウィルスとか拒絶反応とかは大丈夫なんですか!?」
『まあ大丈夫じゃろ。たぶん』
「たぶん!? 今たぶんって言いましたよね!?」
<変彩光>に目覚めてからどうにも食事量が増えた理由と、接触したはずの流れ星本体が影も形も無い理由が判明した瞬間であった。
愕然とする宗二に対し、全く悪びれた様子を見せないルチル。光斗たちも多少思う所はあったが、言いたい事はほとんど宗二が言ってくれたので特に何も無かった。
話の内容から察するに、<結晶人>との融合は寄生というより共生と表現した方が正しい。自然界でも異なる種同士が相互関係を結び、互いに利益を享受する共生関係が生まれる時がある。
代表的な例で言えばカクレクマノミとイソギンチャク。クマノミはイソギンチャクの触手の毒を利用して外敵から身を守り、イソギンチャクもまた自らを食料にする魚をクマノミに追い払って貰う相利共生を結んでいる。宿主に<変彩光>を授ける代わりに栄養を分けて貰うという関係は、宿主がかなり得をしているものの理に適ってはいた。
『えぇい、面倒な奴じゃな。お主らが危惧すべきはわらわたちとの共生ではなく、この星の未来なのじゃぞ? 近い内にこの星は滅びるかもしれんのじゃ』
「おい待て、ルチル。それは一体どういう意味だ?」
『まもなく敵がやってくる。わらわたちの母星を滅ぼし、<結晶人>を絶滅の瀬戸際に追い込んだ怪物がな』
極めて真剣な面持ちで紡いだルチルに、場の空気は一気に緊張感を増す。誰もがごくりと息を呑み、光斗も肉を焼く手を止めざるを得なかった。
惑星を一つ滅ぼし、一つの種を絶滅寸前に追い込んだ怪物が地球に現れるというのだ。下手なジョークと笑い飛ばすには、彼女の表情は真に迫り過ぎていた。
「もしかしてルチルたちは、その怪物から逃げてこの地球にやってきたの?」
『逃げたのではない、戦略的撤退というやつじゃ。奴に対抗するため、わらわたちは宿主を得なければならなかった。しかしわらわたちが寄生――もとい、共生できる知的生命体はそう多くない。一縷の望みをかけ、この星に降り立ったというわけじゃよ。結果的にわらわたちは賭けに勝ったという事じゃな』
「今、寄生って言いかけましたね……」
「ま、まあまあ宗二くん……それでルチルさん、その怪物っていうのは一体どんな存在なんですか?」
『宇宙を我が物顔で遊泳し、数多の星々を渡りあらゆる鉱物を喰らい尽くす暴喰の化身。食らった鉱物の力を取り込み己の身を装飾し、より強靭な生命と化す虚飾の化物――宝喰竜ヴィーヴルじゃ』
「ヴィーヴル……」
その恐ろしい響きの言葉を口に出し、思わず震え上がってしまう光斗。
宇宙を渡る竜という時点で、最早人の手に負えない存在なのは明らかだ。何より危険なのは鉱物を主食にしている点。あらゆる鉱物と言うからには、宝石だけでなく金属や石くれすらも食らうのだろう。
最低最悪な事に、光斗たちが暮らすこの地球は岩石や金属を主成分とする惑星。地殻には大量の煌びやかな宝石も散りばめられており、ヴィーヴルから見ればフルーツ盛りだくさんのケーキか何かに見えてもおかしくない。
「待って待って。ヴィーヴルって確かフランス辺りに伝わる伝承上のドラゴンじゃなかったかな? 鉱物を食べるとか、実は宇宙怪獣だったとかは知らないけど」
「そうなんだ。翠ちゃんは物知りだね?」
「物知りと言うか、コイツは中二病だからな」
「ああ、病気を患っていましたか。道理で……」
翠の知識に素直に感心している久遠と、腑に落ちたのかしきりに頷く宗二。光斗も普段なら痛々しさに呆れたかもしれないが、この場に限っては彼女の病気に感謝を抱いた。
『ふむ。もしかするとこの星には過去にもヴィーヴルが襲来した事があるのかもしれんのう。恐らく伝承として残っておるのじゃろう』
ヴィーヴルの伝承が残っているのなら、調査すれば弱点が判明するかもしれない。だからこそ光斗は翠に感謝を抱き希望すら抱いたものの、ルチルの顔色は優れなかった。
『星が無事という事は、恐らくその時のヴィーヴルは幼体だったのじゃろうな。しかし今回は話が違う。すでに成体と化し、そして我ら<結晶人>を大勢喰らっておる』
「……おい、それってまさか」
その言葉に、脳裏に最悪の予想が走り抜ける。見れば宗二も蒼褪めており、同じ事を考えてしまったのは明白だった。
翠と久遠は沈痛な面持ちを浮かべているが、あくまでも<結晶人>が大勢死んだ事に対しての同情や憐憫に違いない。もしも光斗たちと同じ事を考えていたのなら、とてもルチルに対する気遣いなど見せられるはずも無いのだから。
「ルチルさん。先ほど、あなたは言いましたね。ヴィーヴルは『食らった鉱物の力をその身に取り込む』と。つまり、<結晶人>を食らったという事は……」
固い表情の宗二が動揺を押し殺しつつも、決定的な問いを投げかける。
ルチルの話によれば、<結晶人>は超常的な能力である<変彩光>を持つ鉱物生命体。では喰らった鉱物の力を取り込むヴィーヴルに<結晶人>が捕食された場合、果たして何が起きるのか。光斗たちが危惧していたのは正にその点だった。
『うむ、身に着けておるのじゃろうな。我ら<結晶人>の<変彩光>を』
「……最悪だ」
「ええ。これは想像以上に最悪を極めていますね……」
「えっ!? それじゃあ宇宙怪獣があたしたちみたいに<変彩光>を使うの!?」
「だ、だとしたら、一つ二つじゃないよね? 一体、どれくらいの<変彩光>を使うんだろう……?」
ルチルが硬い表情で返してきたのは、最悪の予想を裏付ける答え。ようやく事の重大さを悟ったらしく、翠たちも顔面蒼白となっていた。




