覚醒
⋇暴力描写あり
⋇残酷描写あり
「や、やらせない。光斗くんは、絶対に殺させないっ! <破邪の蒼玉剣>!」
理解が追い付かないというのに、更に衝撃の情報が叩き込まれる。久遠が構える蒼玉の盾が一瞬にして消え去ったかと思えば、蒼玉の剣として彼女の左手に収まっていたのだ。
加えて明らかに恐怖に震えながらも、光斗を護るという意思を燃やし果敢にもグリーフに斬りかかって行く。
「やあああぁぁぁぁぁっ!!」
『ふん、目障りな輝きだ。ならば先にお前から片付けてやろう。己の無力さを存分に思い知らせてからな』
蒼玉の刃が蒼い軌跡を縦横無尽に描き、紅玉が紅き残像を残し受け流していく。
グリーフはともかく、久遠の動きも明らかに常人のものでは無かった。大地を踏みしめればコンクリート舗装の道路が砕け、剣を振るえば常人には認識できない速度で瞬間的に幾つもの斬撃が放たれる。人智を超えた超常の力は、正に<変彩光>に他ならない。
「な、何で久遠が、<変彩光>を……?」
だが絶対にあり得ない。この地球に落ち、光斗たちに力を与えた流れ星は四つだけ。当然<変彩光>を授かったのも四人。光斗、翠、宗二、そしてグリーフの四人のみ。だからこそ五人目の<変彩光>の持ち主など、想定すらしていなかった。
「いや、今はそれどころじゃない! 俺も、加勢しなくちゃ……!」
疑問は尽きないが、今は全てを脇に置く。恐怖に怯えながらも必死に自らを鼓舞し、単身グリーフと戦う久遠を見過ごす事など出来る訳もない。光斗は麻痺した肉体を叱咤し、起き上がろうと懸命に身体を動かす。
「あぎっ……!?」
『温い! その程度の力で私に敵うと思っているのか!? 大切なものが護れると思っているのか!?』
視線の先では恐ろしいほどに憤怒の叫びを上げるグリーフに、久遠が暴虐の限りを尽くされていた。彼女の小柄な身体が音速の蹴りを受けて吹き飛ばされたかと思えば、吹き飛ぶ身体に追いついたグリーフが更に追撃を加え弾き飛ばす。ピンボール染みた暴虐が何度も繰り返され、最終的には近くのビルの壁面に叩きつけられた。
鉄筋コンクリートでも殺せぬ勢いにより、久遠の身体は壁を突き破りビルの中へと消え去る。だが異常なまでに冷静さを失い、怒りに支配されている様子のグリーフは追撃の手を緩めない。自らもビルに飛び込むと、別の壁を久遠の身体で突き破り再び戻って来た。
常人なら当に粉微塵と化している攻撃を一身に浴びながらも、久遠の身体は原型を保っている。紛れもなく<変彩光>の持ち主として、肉体が強固に変貌しているのだろう。
「うっ、ごほっ……!」
とはいえ超音速の乱打や衝撃を数え切れぬほど受けて無傷で済むわけもない。十数メートルほど先に転がった久遠の身体はボロボロであり、血反吐を吐いて悶えていた。必死に立ち上がろうとするも、膝が笑いまともに身体を起こす事も出来ていない。
だがそれでも、蒼玉の剣を手放さなかった。震える手で固く握りしめたまま、グリーフに抗い光斗を護ろうとする意志はどこまでも強固だった。
『臆病で腰抜けな貴様が良く戦ったと褒めてやろう。だがここまで。遊びは終わりだ』
立つこともままならない久遠を前に、グリーフは不自然なまでに唐突に落ち着きを取り戻す。どこか人格でも切り変わった印象を受けるが、深く考察する余裕など無い。グリーフがブレード状の左腕を振動させ始めたのだ。
紅玉が奏でる耳をつんざく甲高い叫びが、恐ろしいほどの切れ味を予感させる。硬度自体は同じとはいえ、最早久遠のサファイアでは受けきれないだろう。それ以前に盾や剣を構えるための腕がまともに上がるかも怪しい。
『お前はそこで見ているが良い。幼馴染が無残に殺される様を』
「や、やめろ……」
最後に光斗を深紅の瞳で冷たく一瞥してから、グリーフは高周波ブレードと化した左腕を振り上げる。久遠の首が断ち切られる光景を幻視し、光斗は恐怖と絶望のあまり身を苛む全ての苦痛を忘れた。
『――死ね』
「やめろおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
振り下ろされる紅玉の刃を前に、死に物狂いで飛び出す。
その速さは過去最高速。特に意識は埒外の加速を実現しており、振り下ろされる処刑刀の動きが亀の歩みにすら感じられるほど。意識と肉体の速度の差が大きいため、身体は粘性の高い液体に浸かっているかの如く遅々として進まない。意識だけがどこまでも速く加速していく状態に、肉体が付いてこなかった。
たった十数メートルの距離が永遠にも感じられるほど遠く、故に残酷な現実を理解してしまう。このままでは間に合わない。久遠を救う事は出来ないのだと。
「もっと、速さが……力が、欲しい……!」
砕けそうになるほど奥歯を噛み締め、脚をひたすら前に進めながら祈る。久遠を救えるなら、そのための速さを得られるのなら、悪魔にだろうと魂を売る覚悟で。
だが現実は創作のように都合の良い展開など起こり得ない。光斗に力を授けてくれる神も悪魔も存在しない――
『――力が、欲しいか?』
「えっ……」
はず、だった。
しかし光斗には聞こえた。若干ハスキーな少女の声が、鮮明に脳裏に響いたのが。
『力が欲しいのなら、叫ぶが良い。この力で何を成すのか、何を目指すのか、それを言葉にせい』
そして気が付けば、隣に一糸纏わぬ姿の見知らぬ少女が浮いていた。
年の頃は十二、三歳くらいだろうか。真っ白な肌に煌めく金髪、鮮やかな金の瞳を持つ、ぞっとするほどの美しさを持つ少女。起伏に乏しい身体は幽霊の如く透けており、腰元まで流れる金髪は気流とは無関係に炎の如く揺らめいている。明らかに尋常でない存在なのが一目で分かった。
何より彼女は光斗と並び意思疎通出来ている。肉体は超音速、精神はその何十倍もの速度で加速している光斗と。まるで同じ領域に存在しているかの如く。
「き、君は、一体……」
『そこを気にしとる場合か、たわけ。今は力が――速度が、欲しいのじゃろう?』
呆然と尋ねた光斗だったが、金色の少女は険しい瞳で諭してくる。
確かに彼女の言う通り。今重要なのは久遠を救う事。それ以外は全て些事。隣に幽霊染みた謎の少女が浮遊していようが、力をくれるというのなら是非もなかった。
「……欲しい」
『ならば、叫べ。己の理想を、己の憧れを、己の目標を。目指す果ての姿を!』
「俺が、目指すのは――」
困っている人を救うヒーローになりたかった。見た目こそ頼りないが、正にヒーローの如き精神を持ち行動する父親に憧れた。彼に倣い善行を重ね、いつか久遠に謝罪するために神頼みを続けた。
とても純粋なヒーローとは思えない行動理由。加えてそれらを纏め目指す果ての姿を想像し、叫べと言うのだ。何という難問だろうか。
だが今の光斗は、意識だけはかつてないほどに加速している。当然思考能力も極限まで極まっている。故に己が目指す理想の果てを導き出す事は実に容易かった。
「――<光速超越せし救世主>!」
叫んだ目指す果ては、不思議な事に己の意思とは無関係に別の言葉と化していた。
求めるは光よりも速く駆けつけるヒーローの姿。間に合わなかった、時間が足りなかった、悲しく理不尽な結末を追い越し絶対に人を救う救世主の姿。十数メートル先で今正に処刑されようとしている幼馴染を絶対に救い出せる、スピードの化身であった。
「これ、は……!?」
理想を叫ぶと同時、光斗の身体に劇的な変化が生じる。胸の中心に無色透明な輝きを持つ宝石が咲き誇り、全身に広がり始めたのだ。不思議な事に、宝石は水晶であると本能にも似た感覚で理解出来た。驚愕を覚える間に全身が水晶に覆い尽くされ、グリーフと同じ宝石の鎧を纏った姿へと変貌を遂げていた。
身体から放たれる眩い金色の光が水晶越しに煌めく様子は、スタールビーが放つ星の輝きと瓜二つであった。
『さあ走れ、光斗! 走れ!』
謎が謎を呼ぶ状況、理解出来ない現象のオンパレード。
けれど今自分がすべき事だけは分かっている。故に全てを置き去りにする形で、光斗は大地を蹴り足を踏み出した。
渾身の一歩は今までとは比較にならない超速度。新たな輝きを得た肉体は意識の加速に追いつき、金色の流星となりグリーフへ迫った。振り下ろされる処刑刀よりも速く、さながら本当に光速に至ったかの如き速度で。
「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
『むっ!? この速度は――ぐっ!?』
絶望的に長い十数メートルと刹那の時間を乗り越え、握り込んだ右の拳をグリーフの胴に叩き込む。
相手はモース硬度九のルビーを全身鎧として纏う化物。当然の如く拳を覆っていた水晶が弾け飛び、グローブに仕込んだ金属は破壊され、右手の骨が無残に砕け散る。
だが尋常ならざる速度の一撃により、グリーフの身体は猛烈な勢いで吹き飛んだ。右腕と引き換えに久遠を救う事が出来たのだから、実に安いトレードである。
「随分動きが遅かったな、グリーフ! そんなもの着こんでるから鈍くなってるんじゃないか!?」
威勢良く挑発を口にするも、すでに身体は満身創痍。右腕は肩から指先まで骨が砕け使い物にならない。極限まで意識と身体の加速を行ったせいか頭痛も酷く、身体は今にも力が抜けて崩れ落ちそうなほど。
これ以上戦闘が続けば絶対に勝てない。だからこそ必死に余裕を取り繕い虚勢を張り、決して諦観と絶望は見せなかった。
『………………』
十数メートル先まで転がったグリーフはゆっくりと身体を起こし、深紅の光を宿す瞳で静かに光斗を見つめてくる。凶悪な悪魔の如き面貌に睨みつけられる恐怖に晒されながらも、久遠を背に庇い睨み返す。
数秒の膠着を経て、動き出したのはグリーフ。言葉も無く背を向けると、深紅の閃光を弾けさせ走り去って行った。謎の進化を果たした光斗の姿に分が悪いと悟ったのか、あるいは鎧の下に深手を負ったか。いずれにせよ退ける事に成功したのは確かだった。
「……久遠、大丈夫か?」
しばしの警戒を経てグリーフが去ったと確信した光斗は、傍らで膝をついていた久遠に無事な左手を差し伸べる。
彼女は見た目こそボロボロで足もふらついていたが、回復力も高いのか光斗の手を取ると淀みなく立ち上がった。
「う、うん。私、かなり頑丈になってるから……光斗くんは?」
「俺も大丈夫だ。腕がちょっとアレだけどな」
右腕は肩まで骨折しているものの、言ってしまえばそれだけ。命に拘わる負傷ではないため、痛みを堪え笑って返した。
「………………」
しかしすぐにどんな顔をすれば良いか、何を話せば良いか分からなくなり、視線を彷徨わせながら沈黙してしまう。彼女も同じ気持ちらしく、恥じらうように口元を押さえて戸惑いがちな表情を浮かべていた。
『ふむ。わらわの事を含め色々と話す事はあるじゃろうが、あの二人の容態の確認が先じゃろう。話し合いは日を改めるのが賢明じゃな』
何よりも気になるのは、変わらず光斗の隣に浮遊している幽霊染みた少女の事。五人目の<変彩光>の持ち主たる久遠にも疑問は尽きないが、金髪の少女の言う通り倒れ伏している仲間たちの安否が最優先だ。
「……久遠も、それでいいか?」
「う、うん、いいよ?」
どうやら久遠にも金髪の少女の姿と声が認識できているらしい。果てしなく戸惑ってはいたものの、今は全てを呑み込み頷いてくれた。
訳の分からない状況の連続に混乱しつつも、ひとまず光斗は翠たちの下へと戻るのだった。幼い頃のように久遠と肩を並べ仲良く歩ける喜びを、深く噛み締めながら。




