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光速超越せし救世主~サオシュヤント・ルチルクォーツ~  作者: ストラテジスト
第3章

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仲が良かった頃

 一つ深呼吸をして図書館に踏み込んだ光斗は、むせ返りそうになるほどの書物の香りに迎えられた。次いで迎えてくれたのは、大量の書物が収められた書棚が至る所に立ち並ぶ光景。さながら本の森であり、実際の森と異なるのは獣や虫の鳴き声の代わりに、ページを捲る音や紙面をペンが走る物音がBGMとなっている事くらいだった。

 これから取るべき行動も相まって、まるでRPGのラストダンジョンにも似た不気味さを感じてしまう。雰囲気に圧倒されながらも、光斗はごくりと息を呑んで歩みを進めた。


「……いた、久遠だ。人気のない場所で本を読んでる」


 そして図書館の一角に久遠の姿を発見した。何冊もの本を傍らに置き、机について読書に集中している様子だ。光斗の接近に気付いた素振りも無ければ、警戒している雰囲気もない。一昔前の文学少女のような見た目も相まって、実に絵になる光景であった。

 何より見た目も大変可愛らしい。清楚な白のワンピースに空色のケープを羽織り、キャスケット帽と呼ばれるボリュームのある帽子を被っているのだ。育ちの良いお嬢様を彷彿とさせる、簡素ながらも華やかな装いである。


『いつも何か読んでいますね、彼女。どんな本を読んでいるか分かりますか?』

「いや、ここからじゃ無理だ。もっと近くに行かないと」

『そうですか。あわよくば読んでいる本から情報が得られないかと思ったのですが、それならもう偶然を装い接触してしまった方が早そうですね。それでは光斗さん、ご武運を』

「ああ。行ってくる」


 書棚の陰に隠れて携帯で情報共有をした後、再び胸ポケットに仕舞い込む。

 今まではストーキングばかりで、直接接触する事など出来なかった。怖かったからだ。殺意に満ちた瞳を向けられ、憎悪のこもった言葉を投げかけられるのが。

 けれど今は状況が違う。恐怖は変わらないが、今回の接触は謝罪のためではない。久遠の無実を証明するため、そしてもしも久遠が無実で無ければ、人々を巻き込む所業を止めさせるためだ。

 謝罪のためだけならば勇気は出なかっただろうが、久遠への疑いを晴らすためならば訳はない。覚悟を決めた光斗は書棚の陰から出ると、一直線に久遠の下へ歩き出した。震える足を叱咤し、乾ききった舌と喉を必死に唾液で湿らせながら。


「……あ、あれぇ? も、もしかして、久遠?」


 さり気ない様子を装って隣の席に腰掛け、今気付いたかのような台詞で話しかける。

 自分でも呆れるほどに声が裏返っており、大根役者という表現以外に相応しい言葉が無かった。稚拙極まる演技に、携帯の向こうで宗二たちも頭を抱えている事だろう。


「えっ? あっ……ええっ!? こ、光斗くん!?」


 しかし読書に専念していた久遠には十分通用したらしい。一瞬の戸惑いを経て隣に座った人物が光斗だと認識したようで、飛び上がりそうになるほど驚き目を見開いていた。


「こんな所で会うなんて奇遇だな。も、もしかして久遠はよく図書館を利用するのか?」

「う、ううん。最近、か、通い始めたの……」

「そ、そうか……」


 久遠の疑いを晴らさなければ――使命感に燃えるは良いが、どうにも会話が進まない。恐怖と緊張の狭間で揺れ動くばかりで、碌に言葉が浮かんでこなかった。

 久遠の方から話題を提供してくれる事を期待したが、彼女は唐突に光斗が現れた事で動揺しているらしい。顔を赤くして俯くばかりで、自発的に話す様子が見られない。学校で話しかけてきた時はあれほど流暢に喋っていたというのにこの有様。どうやら不意を突かれると相当弱いらしい。


「えっと、隣に座っても良いかな――って、あっ、悪い。もう座ってたな……」

「あ、うん……い、良いよ……?」

「そ、それじゃあ。このままで……」


 何とか言葉を絞り出すも、下手なジョーク以下の寒い台詞となってしまう。

 とはいえ拒絶されなかった辺り、予想よりは受け入れられているらしい。あるいは不意打ちに焦っており正常な判断が出来ないのか。いずれにせよ会話を続け、彼女がグリーフではない確たる証拠を得なければならない。故に光斗は意識のみを加速させて思考速度を速める絶技を用い、話題を探すという実に勿体ない事に能力を行使した。


「その……久遠はどんな本を読んでるんだ?」


 だが加速した思考の果てに叩き出した話題は宗二の丸パクリ。情けない自分に涙が出てくるが、個人的には話しかける事が出来ただけでも表彰物であった。


「えっ、あっ、あのね! 最近は、ほ、宝石についての本を読んでるの……」


 とはいえ努力は報われた。ある種望まない形で。

 普段なら何も怪しくない答えだっただろう。しかし宝石と言えば、光斗たちにとってはグリーフが纏う紅い鎧の事。このタイミングで宝石の事を調べているなど、確定とは言えないまでも非常に怪しいのは確かだった。


「……どうして、宝石についての本を?」

「えっと、その……な、何となく……?」


 そして反応も実に胡散臭い。久遠は頬を赤くしたまま目を泳がせ、明らかに嘘をついている素振りを見せる。

 やはりこれは確定かもしれない。宗二なら間違いなく確信する事だろう。しかし光斗はどうしても信じられなかった。心優しい幼馴染が悪に堕ちたなど、決して。


「宝石、か。実は俺、名前を知りたい宝石があるんだ。良かったら教えてくれないか?」

「も、もちろん。どんな宝石、なの?」

「そうだな、確か――星みたいな光が輝く、血のように深い紅色の宝石だ」


 だからこそ、危険を承知で核心に迫る問いを投げかけた。グリーフがその身に纏っていた、星の如き煌めきを宿す紅い宝石についての問いを。

 久遠がグリーフなら、何かしらの反応を示すはず。結果光斗の身に危険が迫るかもしれないが、全て覚悟の上だった。確かに疑わしい所があるものの、彼女があの悪鬼羅刹の如き恐ろしい怪物だとは到底思えなかったのだ。


「………………」


 問いに対し、久遠は丸眼鏡の奥でワインレッドの瞳を細める。

 空気が張り詰めた感覚を覚えながら、光斗はごくりと息を呑んだ。それは次の瞬間に高速の拳が己の胸を貫くかもしれない恐怖か、あるいは凛々しく知的な表情を浮かべた幼馴染の姿に魅了されたのか、どちらが原因かは分からない。

 緊張に満ちた沈黙が場を支配する中、やがて久遠は静かに唇を開いた。


「それはたぶん、スタールビーだね。赤色ならガーネットかなって思ったけど、血のような紅色って言うならルビーだと思うよ?」


 戦々恐々としていた光斗だったが、彼女の反応は極めて真面目に問いに答えるという肩透かしのもの。加えて傍らに積み重ねた書物の中から一冊を引き抜き、パラパラと捲り特定のページを開き差し出してきた。

 戸惑いながらも受け取り視線を落とすと、ちょうどルビーについて解説しているページであった。中でも目を引くのは写真による解説。映り込んだルビーの美しさ、そして深紅の輝きは正にグリーフの鎧と瓜二つであった。


「ほら、これがルビーだよ。コランダムっていう鉱物の変種で、不純物によって赤く色付いて見えるの。宝石の硬さを示すモース硬度の数値は九で、天然の宝石ならダイヤモンドの次に硬いんだよ」


 久遠は丁寧に解説まで行ってくれた。光斗が持つ本を横から覗き込みながら、お互いに何の確執も存在しないかのように楽し気に。

 おかげで彼女がグリーフである可能性は薄くなったが、同時に新たな疑問も生じる。あれだけ酷い言葉を投げかけて傷つけた張本人に、何故彼女はここまで優しく接する事が出来るのだろう。何故心底楽しそうに、活き活きとした笑顔を浮かべているのだろう。理由が分からず、戸惑う他に無かった。


「……どうしたの、光斗くん?」

「えっ? あっ、いや、久遠が凄く詳しくて驚いてたんだ。その、良ければもっと教えてくれないか? 俺も興味が出てきたよ」


 とりあえず情報収集を続けるために、あえて久遠の話に乗る。

 尤も実際興味が出てきたのは確かだ。グリーフが纏っている宝石がルビーだというのなら、性質を調べておけば戦いを有利に運べるかもしれない。そして何より、五年ぶりにもなる久遠の笑顔をもっと堪能したかったから。


「……うん、良いよっ!」


 手酷く傷つけたクソ野郎が相手だというのに、久遠は笑顔で頷いてくれた。感極まっているのではないかと思えるほどに瞳を潤ませ、顔を綻ばせながら。しかも椅子を引いて身を寄せ、ほとんど肩が触れ合う距離にまで詰めてくる。

 未だ久遠がグリーフかもしれないという疑いは消えていないが、それでも幼い頃の懐かしい距離感に恐怖を忘れ胸が躍るのであった。


「さっき言ったスタールビーはね、星彩効果っていう光学現象を持つルビーの事を言うんだよ。これは宝石に見られる光学現象の一つで、内部に含まれた特定の不純物が星みたいに煌めいて見える現象の事を言うの。アステリズムとも呼ぶらしいよ」


 不意に聞き覚えのある言葉が出て来た事で、思考は脇道に逸れてしまう。

 光斗たちの能力である<変彩光(シャトヤンシー)>もまた、宝石の光学現象に同じ言葉が存在する。加えてグリーフが身に纏っているのは宝石の鎧だ。これは果たして偶然の一致なのか。分からない事だらけで混乱しそうになる光斗だった。


「実は星彩効果を引き起こす不純物っていうのも、また別の宝石なんだよ。まるで琥珀みたいに、宝石の中に別の宝石が閉じ込められた状態なの。あっ、琥珀も宝石の一種なんだよ? 宝石でもあり化石でもある不思議な存在なんだ」


 しかし宝石の知識を語る久遠の笑顔を眺めていると、不思議と心が落ち着いてくる。

 よほど興味のある事柄だからなのか、彼女は実に楽し気に語っていた。その純粋な笑みに悪意や邪気は欠片も感じられない。光斗に対する憎しみすら、微塵も感じ取る事が出来ないほどだ。

 久遠はグリーフではないのかもしれない。光斗の事も恨んでいないのかもしれない。実に都合の良い事を考えてしまうほど、彼女の笑顔は無垢で清らかであった。

「ねえねえ、光斗くんはサファイアっていう宝石知ってる? 実はルビーとサファイアって同じ種類の宝石なんだよ。どっちも同じコランダムで、不純物の違いで色が違うだけなの。赤色のコランダムがルビー、それ以外の色はサファイアって区分けされてるんだよ」


「……へぇ。サファイアって青色だけじゃなかったんだ?」

「うん。ファンシーカラーって言われてて、黄色や緑、紫やオレンジ、白いサファイアもあるんだよ。ピンクのサファイアもあるけど、その色の濃さによってはルビーって判断される事もあるみたい。ルビーとサファイアの違いは色だけだから、ピンクサファイアとルビーの境界は凄く曖昧なの」

「えっ、何だよそれ。そんないい加減な区別なのか?」


 気が付けば光斗は情報収集も忘れ、笑いながら久遠の話に付き合っていた。まるで仲の良い昔馴染みに戻ったように、実に気安く遠慮無い口調で。


「し、仕方ないよぉ。だって割って確かめたりするわけにはいかないもん……」

「そりゃあそうか。割るのは勿体無いしな。というか赤色以外は全部サファイアとか大雑把すぎるだろ。誰だよそんな分類にしたの」

「あっ、それは私も思った! 世間だとルビーとサファイアは同じくらいの扱いされてるけど、実際はルビーの方が肩見狭そうだよね?」

「分かる分かる。何かこう、五人家族で一人だけ男って感じの浮き方してるよな?」

「ふふっ。何だか疎外感感じちゃうね?」


 くすくすと笑い、久遠は満足気に微笑んでいた。友人との語らいを楽しんでいるかの如く、あまりにも純粋無垢な反応を零して。

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