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光速超越せし救世主~サオシュヤント・ルチルクォーツ~  作者: ストラテジスト
第2章

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墜落事故

「――なあ、アレって飛行機じゃないか?」

「本当だ。ていうか妙に低くね? もしかして、墜落してんのか……?」

「ちょ、ちょっと!? こっちに飛んできてない!?」


 予想が外れる事を願う光斗たちだったが、現実は非情であった。最悪の予想を見事に裏付ける台詞を、ガラス越しに外を眺める人々が叫び始めたのだ。

 そう、光斗たちが思い浮かべていたのは飛行機。空を駆ける巨大な鉄の塊だ。星宮タワー目指して真っすぐ突っ込んでくるなど、確実に制御を失い墜落しているとしか思えない。だからこそ翠も現状を受け止めきれず、微妙な反応を示していたのだろう。


『――皆さん、すぐに逃げてください! 飛行機が接近してきます! すぐに避難してくださいっ!』


 とはいえ展望デッキに放送用のスピーカーを通して警告が走ったのだから、最早認めぬわけにはいかない。あの飛行機は星宮タワーを直撃するコースで墜落しているのだ。

 人々は今の放送が何を意味するのか受け止められず、展望デッキには水を打ったような静けさが広がった。


「――に、逃げろおおぉぉぉぉっ!!」


 しかしそれも一瞬の事。すぐに人々は押し合いへし合いながら、我先にと逃げ始めた。悠長にエレベーターを目指す者もいれば、真っ先に外階段を目指す者たちも。誰もが焦燥と恐怖に駆られ、脇目も振らずに駆けていく。


「クソッ、まさかこんな最悪の偶然があるなんて……!」

「あばばばばっ! ど、どうしよう!? これ直撃コースだよ!?」


 混沌とした状況の中、光斗たちは逃げ惑う人々にぶつかられながらも窓際に辿り着く。

 目を凝らせば青空にぽつんと浮かぶ黒点が確かに確認出来る。まだ豆粒染みた大きさだが、速度を考えると直撃までは数分も無いだろう。

 人々は必死に逃げ惑っているが、恐らく誰一人として無事に地上まで辿り着く事は出来ない。地上百五十メートルにメインデッキが存在する東京タワーでさえ、階段での昇降には十数分かかるのだ。下りならもう少し早くなるとはいえ、倍の高さに存在する星宮展望デッキから数分以内に降りるなど不可能である。


「……翠。あの飛行機、止められるか?」


 だが超音速で走る事が可能な光斗なら、一秒未満で昇降する事が出来る。

 尤も星宮タワーの人々全員を逃がすには時間が足りないので、無茶振りと理解しながらも翠に尋ねた。制御不能の墜落により加速し続けているであろう、二百トンは下らない鉄の塊を止められるか、と。


「えっ!? あ、いや、正直、無理かなーって……あまりにも大きすぎて、あたしでも力が足りないと思う……」

「じゃあ、せめて衝突を遅らせてほしい。その間に俺がここの人たちを避難させるから、一秒でも長く」

「ぜ、善処します……!」

「それと飛行機の中にいる人たちが慣性の法則で吹っ飛んだりしないよう、ゆっくり少しずつ速度を押さえる形にしてくれ」

「前向きに検討させて頂きます!」


 引きつった笑みで返してくる姿には不安しかないが、内容を考えれば当然だった。加速し続ける二百トン以上の鉄の塊に対し、少しずつ速度を緩める繊細な受け止め方で対処しろと指示したのだ。止める事すら不可能なのに神業を求める辺り、今の光斗はだいぶ酷い男だろう。

 しかしここは翠に頼るしかないので、内心の罪悪感を堪えつつ最後の一押しを試みた。


「無理を言ってごめんな。でもお前ならできるはずだ。誰よりも頼りになる素晴らしい女で、俺の相棒のお前なら」

「っ……!」


 歯が浮く台詞を口にした途端、翠の表情が変わる。頬はバラ色に染まり、瞳は星を散りばめたかの如く煌めく。さながら少女漫画で片想いの男性に告白された主人公のような、恋する乙女の歓喜の笑みであった。

 普段なら見惚れていたかもしれないが、彼女の背後にはガラス越しに迫りくる飛行機が見えているので気もそぞろだった。すでに大きさが豆粒大からゴルフボール大に変わっていたので余計に。


「えぇい、そのような期待を寄せられたのなら仕方ない! ライトニングの伴侶に相応しき女である我、電磁気力支配せし正義の女神マグネーターに任せるがいい!」


 目論見通りやる気満々になってくれた翠が、首に装着していた金属製のチョーカーを変形させてドミノマスクを作り出し装着する。マグネーターの登場であり、テンションも最高潮といった具合だ。

 伴侶とまでは言っていないのだが、やる気を削ぐのは悪手なので黙っておいた。


「くおおぉぉぉぉぉっ!! 止まれデカブツうぅぅぅぅぅぅぅっ!!」


 そして翠はガラス窓に叩きつける勢いで両手を突き出し、<変彩光(シャトヤンシー)>を行使した。相当な出力で放った分周囲にまで影響が出たのか、天井の照明が翠と反対側に傾き、展望デッキ全体が鳴動し不気味に震える。

 運の悪い事に逃げ惑う人々はいよいよ衝突が近いのかと恐慌をきたし、狭い出入り口やエレベーターが詰まるほどに密集していた。


「あっ、重い! 凄く重い! 強引に振り切って突っ込んで来ようとするうぅぅっ!」

「頼んだっ! しばらく頑張ってくれ!」


 翠が時間を稼いでくれている今しかない。光斗は超音速で走り、人々を地上まで運び避難させるシャトルランを開始した。

 階段を使うという悠長な真似はしていられないので、外壁を垂直に駆け降り上がる。地上三百メートルを命綱も無しに生身で行き来するという、絶叫アトラクションなど比較にならない狂気の行動。これには心底肝が冷えるのだった。


「避難は何とか間に合いそうだ。でも問題は、あの飛行機の乗客乗員たちだ。翠ですら操りきれないのなら、墜落は止められない。じゃあ救えないのか……?」


 風を裂きタワーの外壁を駆け上がりながら、絶望にも似た心地で呟く。

 光斗は確かに速い。生物としては最速と言って差し支えない。しかしそれはあくまでも地上、踏みしめる大地があってこその話。空を行く鋼鉄の鳥には完全に無力であった。

 だいぶ近付いてきた飛行機はどうやら大型の旅客機らしい。となると乗客乗員は数百名は下らない。特別な能力を持っているというのに、数百名もの人間を見殺しにしなければならないなど、決してあってはならない事である。


「いや、何か方法があるはずだ! 俺は絶対諦めないっ!」


 きっと父なら諦めない。特別な能力が無くとも、人を助けようと最後まで足掻いた人だ。息子の光斗が特別な能力を持っているにも拘わらず諦めたとあれば、化けて出て来るほどに憤慨する事だろう

 故に、絶対に諦めない。何としても飛行機の乗員乗客も救うのだ。


「――避難完了だっ!」

「うぐぐぐっ! さすがライトニング信じてたっ! それでこれどうすれば良い!? どうすれば良いの!?」


 星宮タワー内の人々の避難を完了させて展望デッキに戻ると、床に膝を付きながらも必死に力を振り絞る翠の姿があった。マグネーターのマスクを着用しているにも拘わらず口調が素に戻っている辺り、どうやら相当限界が近いらしい。


「ゆっくり降下させる事は出来るか!? それかコースをずらすとか!」

「無理無理無理! こうやって減速させてるだけで精いっぱい!」

「クソッ、駄目か……!」


 毒づきつつ、迫る飛行機に視線を向ける。すでにバレーボール大に見えるほど迫ってきており、機首の形も鮮明に目視できる距離だ。展望デッキにも耳をつんざくエンジン音が届いており、嫌でも時間が無い事を意識させる。

 衝突までの猶予は二分も無いだろう。タイムリミットまでに乗客乗員を救うには――


「――飛行機のハッチとコックピットへの扉を開く事は出来るか!? 壊しても良い!」

「はいっ!? それくらいなら出来るけど、どうして!?」

「俺が直接飛び乗って、地面に落ちる前に乗客乗員全員を救出するっ!」


 墜落中の飛行機に飛び乗り、全員を安全な場所に運び出す。無謀に過ぎる行為だと自覚していたが、最早他に道はなかった。


「さ、さすがにそれは無理じゃない!? ていうかどうやって飛び乗るの!? 第一危険過ぎて話にならないよっ!」

「でも他に選択肢は無い! このままだと、あの飛行機に乗ってる人たちが全員……!」

「それで光斗が死んじゃったらやだーっ! だったらあたし、ハッチも扉も開けてあげないもん! 誰かを助けるために光斗が犠牲になるなんて、そんなの絶対認めないっ!」


 よりにもよってこのタイミングで翠がへそを曲げてしまう。空色の瞳に涙を溜め、沈痛な面持ちで慟哭する。

 彼女の反応に光斗は目から鱗が落ちた気分であった。グリーフが吐き捨てた通り、自己犠牲の精神など愚の骨頂。かつて幼馴染を傷つけた諸悪の根源たる、無知蒙昧な行動理念だ。それを理解しておきながら同じ道を辿ろうとしているのは正にお笑い種である。


「血は争えないんだね、父さん……」


 正に三つ子の魂百までという諺の体現。散々自分を苦しめた自己犠牲の精神の実践を考えるなど、最早苦笑する他に無かった。


「他の方法探そうっ! 光斗を犠牲にするくらいなら、あたしまだ頑張れるからっ!」


 自嘲し思考を止める光斗とは裏腹に、翠は珠の汗を流し呼気を激しく乱しながらも再び立ち上がる。絶望的な状況にでも決して希望を捨てない精神性は正にヒーロー。自ら命を投げ捨てる愚か者など比較にならない。正に彼女こそ本物の英雄だ。

 とはいえ他に選択肢はなく、時間の猶予も無い。故に光斗は覚悟を決めたが――突如響き渡ったガラスの砕け散る音に気を取られ固まった。


「――僕の手伝いはいりますか? ヒーローのお二方」


 音の出所に目を向ければ、ガラスの破片を纏った銀髪碧眼の小柄な少年が佇んでいた。知的な印象を与えるスクエア型の眼鏡をかけており、レンズの向こうの青い瞳は切れ長で鋭い。硬い髪質なのか所々尖った髪も相まって、少々近寄り難い印象を受ける少年だ。服装もボタンをきっちり締めた無地のワイシャツや、新品同様に見えるスラックスなど、神経質な性格を感じさせる。

 しかし彼の最も目を引く部分は別にあった。周囲に白煙と微かな煌めきを漂わせているのだ。白煙は冷気を思わせるほど寒々しく足元を流れ、煌めきは氷の粒が光を反射し形作るダイヤモンドダストの如き輝き。彼を中心に気温が氷点下にまで低下しているとしか考えられない光景だった。

 更に彼に最も近い窓ガラスは白く凍り付いており、十センチ以上の厚みを誇りながらも大きな風穴が開いている。常人が強化ガラスを体当たりでぶち抜けるわけもなく、また凍結させる事も不可能だ。そもそも地上三百メートルにまで外から到達する事も出来ない。恐らく、この少年は――


「僕の名前は真琴(まこと)宗二(そうじ)。家族を助けて頂いたお礼に力をお貸しします。まさかこんな台詞を口にする日が来るとは夢にも思いませんでしたが――僕の能力は氷と冷気を操る事です」

「君が、最後の能力者……!?」

「うそぉ!? こんなタイミングでぇ!?」


 光斗、翠、グリーフに続く、最後の能力者。土壇場での登場に光斗たちは開いた口が塞がらなくなってしまう。

 この絶望的な状況下で最後の能力者と遭遇できるのは少々都合が良すぎるが、飛行機の人々を救い出せるのなら何も問題は無かった。彼が現れたおかげで、多少は現実的な救出方法を一つ閃いたからだ。


「……氷と冷気を操れるって言ったな。氷の橋とかスロープとか作れるか?」

「可能です。一度あなたに地上に下ろされた後、ここまで氷の螺旋スロープを作りながら冷気の噴射で上ってきましたからね。さすがにちょっとヒヤヒヤしましたが」


 運のいい事に、彼――宗二は可能だと答えてくれた。視線を辿って窓の外を見れば、地上から割れた窓ガラスの付近まで氷の螺旋スロープがそびえ立っていた。

 特に支えも無くスプリング染みた形状を保っていられるのなら強度に問題はない。救出作戦を滞りなく実行できる事を確信した光斗は、翠に向けて心配するなという意味の視線を向けた後、宗二に向き直った。


「かなり無茶な作戦だけど、手を貸して欲しい。頼めるか?」

「もちろんです。そのために来ましたから」

「よし、それじゃあ手短に説明する。まず君にお願いしたいのは――」


 時間が差し迫っているため、手早く簡潔に作戦を説明する。実に荒唐無稽な内容だったので翠も宗二も揃って目を剥いたものの、他に手は無いと理解したのだろう。説明を終えるなり、己の役目を全うするために全霊を賭してくれた。


「――くおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 タワー衝突まで残り約三十秒。翠は極限まで力を振り絞り、一秒でも長く時間を稼ごうと精魂燃やしていた。対する光斗は己の出番が来るまで精神集中を行いながら、迫る飛行機を見上げている。

 最早機首が目測で高さ二メートルほどになるまで近付いており、衝突コースも正確に予測できる。寸分の狂いも無く、星宮タワーの展望デッキを直撃するコースだ。やはり人々を避難させておいて正解だった。


「終わりました! どうか人々を救ってください、ライトニング!」


 逸る気持ちを抑え佇んでいると、遂に宗二が窓ガラスの大穴から戻ってくる。彼は二十秒足らずで見事自分の役目を全うしてくれたのだ。ならばここからは光斗の番である。


「おんどりゃああぁぁぁぁぁぁっ!! 行けえぇぇぇっ、ライトニング!」

「任せてくれ! 必ず皆、救い出すっ!」


 翠の若干女の子らしさに欠ける気合の雄叫びを合図に、超音速の世界へと踏み出す。目指すは先ほど宗二が入って来た窓の風穴。飛び上がり潜り抜け、地上三百メートルの空へ身を躍らせた。

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